第439話 卒業文集はお好きですか? 3
「赤石、写真撮らない?」
卒業文集のメッセージを書いている最中、八谷が赤石に声をかける。
「写真撮りたいのか?」
「うん」
「分かった」
赤石は自身のスマホを取り出した。
「じゃあそっち座ってくれ」
赤石は窓側の席に八谷を誘導し、スマホを向けた。
「良い感じじゃん。そろそろ緊張解けてきた?」
「なんでプロカメラマンみたいなこと言うのよ」
八谷は赤石にスマホをしまわせる。
「私が撮るから、そっち座って」
八谷は赤石を窓際の席に座らせる。そしてスマホを取り出し、赤石に向けた。
「ポーズ取って?」
「ポーズ……」
赤石は近くにあった紙を両手で持ち、胸の前で掲げた。
「捕まるときのやつじゃないのよ、それ」
赤石は紙を置き、両手を上げ、手の甲を八谷に見せた。
「それ執刀医!」
赤石は腕を組んだ。
「それラーメン屋の店主!」
「腕組むのくらい良いだろ」
「他の!」
赤石は人差し指を鼻の下に当てた。
「それ少年漫画の主人公の幼少期!」
「よく出たな」
赤石は手を頬の横に添えた。
「それ化粧水のシーエムに出るモデル!」
「よく出たな、これも」
赤石は頭の後ろで腕を組み、唇を尖らせた。
「それテスト前日!」
「結構諸説ありそうだけどな」
赤石は普通にピースをした。
「……」
「……」
八谷が無言になる。
「早く撮れよ」
「ごめん、動画だったわ」
赤石と八谷との一連が、動画で記録された。
「なんで動画で撮ってんだよ」
「ううん、でもこれでいいかも」
八谷はにこやかに笑った。
「私も入るわ」
八谷は自身のスマホを高く掲げ、赤石の隣に座った。
「勘弁してくれよ、こんな撮り方」
八谷がスマホを内カメラにして、赤石とツーショットを撮る。
「こっち向きなさいよ」
「いやいや……」
赤石は顔を背け、八谷のカメラに視線だけ向ける。
カメラに向かってはにかむ八谷と、嫌そうにして距離を取る赤石のツーショットが、撮れた。
「こんな撮り方、サッカー部員しかしてないだろ」
「サッカー部員への偏見がすごいわ」
八谷はスマホをしまった。
「写真撮ってんの?」
須田が赤石の下にやって来る。
「あぁ」
「俺らも撮らね?」
「いつでも撮れるだろ」
「高校のこの教室で撮れるのは最後なんじゃね?」
「あぁ」
須田は内カメラにして赤石と二人で写った。
「え~、今日は高校最後の日です」
「お前も動画かよ」
赤石は須田の肩越しに顔を出す。
「悠、高校三年間本当楽しかったよなぁ~」
「楽しくねぇよ」
「高校卒業最高~!」
須田は意気揚々と声を上げる。
そしてすぐさま、表情が曇る。
「……あれ、あそこの遠くに見えるのなんか……」
須田は目を細める。
「いや、気のせいか。気のせいだよな。高校卒業最高~!」
再び須田は表情を明るくした。
「後々見つかる、一般的な高校生が宇宙戦争の切っ掛けに気付いた瞬間の動画みたいになってないか?」
「さすが悠人、俺の気持ちを察してくれる」
「変なコンセプトで動画を撮るな」
須田は再び内カメラにして、赤石とツーショットを撮ろうとする。
「じゃあ撮るぞ」
「ああ」
赤石は須田の後ろでピースサインをする。
「なんか上半身だけ出して俺のこと見てる、みたいならない?」
「ラノベの表紙じゃないんだから」
赤石は須田の後ろから肩越しに姿を現した。
「はい、撮れた」
「なんか言えよ」
須田はスマホをしまう。
「あとで写真送っとくわ」
「ああ、頼む」
赤石は自席に戻った。
「私の時はツーショットしてくれなかったのにね」
赤石と須田のツーショットを見ていた八谷が、責めるように言う。
「感じ悪いよ、赤石」
「いや、俺と統と、俺とお前じゃ関係性が違うから……」
「差別だ」
「いやいや……」
赤石はどもる。
「後でちゃんと撮ってよね」
「分かった、分かったよ……」
赤石は八谷からの追求から逃れた。
そのタイミングでカシャ、と音が聞こえた。
「にへへ」
黒野がスマホを触る。
「撮った?」
「撮った」
「何を撮ったのよ! 消しなさいよ、その写真!」
赤石が黒野のスマホを奪い取ろうとする。
「止めろ! 私は何も撮ってない!」
「盗撮現場みたいなってる……」
新井が赤石と黒野の下にやって来る。
「まさしく盗撮現場になってるんだよ」
赤石はため息を吐いた。
「撮るなら言えよ。ポーズ取るから」
「どうせ初期エモートみたいなポーズしか取れないでしょ」
「誰が無課金ポーズしか取れない男だ、誰が」
赤石は無表情でパチパチと手を叩く。
「初期エモートだ!」
黒野が赤石にスマホを向ける。
「超嬉しい~」
赤石は感情の籠っていない、抑揚のない声でそう言う。
「初期ボイスだ!」
黒野は興奮する。
「でも黒野さん、盗撮したのは消した方が良いと思いますわ。そういうの、相手もあまり喜ばないですし……」
話を聞いていた花波が割って入って来る。
「私も盗撮をされたか毎日気になって過ごしてますの。あまりいただけませんわ、そういうことは……」
「うるさい!」
黒野が花波に牙をむく。
「私は女だぞ! 女が盗撮して何が悪い!」
「裁判所でしか聞かないセリフすぎる」
赤石は苦笑する。
「赤石さんもいいんですの?」
花波は心配そうに赤石を見る。
「何撮ったんだ?」
「……」
黒野はしぶしぶ、撮影した写真を見せた。
赤石が須田の肩に手をかけて写真を撮っている写真が、出て来た。
「BLっぽくて……」
「変な妄想しないでくれよ」
「消さなくてよろしいのですの?」
「いいよ、好きにしてくれ」
赤石は手をひらひらと振った。
「まぁ、統にも聞かないとだけど」
「須田さんは」
「いいよ!」
須田は何も聞かず、そう答えた。
「だって」
赤石が黒野を見た。
「何も聞いてませんでしたわよ、須田さん」
花波が赤石と須田を見やる。
「花波の言うこと全部聞くマンになってるな。お金貸してって言ってみてくれ」
「須田さん、千円貸して――」
「いいよ!」
須田は財布から千円を出し、渡す。
花波は困惑する。
「千円ちょうだい、にしたら良かったな」
「受け取れませんわよ、こんなもの」
花波は須田に千円を返した。
「返すの早いね!」
「この速度で貸し借り成立したことになってるのかよ」
「そう!」
須田は大声でそう言う。
「大声でごまかそうとしすぎてる」
「なんだか悪いことをしてしまった気分ですわ」
「赤石が変なノリに付き合わすから……」
新井たちが冷たい目で赤石を見る。
「なんで俺が怒られてるんだよ。俺は被害者だぞ」
「被害者を名乗る人物には気を付けた方が良い……」
黒野はボソ、と呟く。
「お前が加害者だよ!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」
黒野はがるる、と赤石に唸る。
「大声を出した人間の意見だけ通る空間なのか、ここは?」
赤石は肩をそびやかした。
「あ、ところで私たちともお写真――」
花波が言い始めたところで、放送が鳴った。
『十時から、卒業式が始まります。卒業生の皆さんは、体育館にお集まりください』
卒業式前の自由時間を楽しんでいた赤石たちに、卒業式の案内がやって来る。
「後で撮るか」
「ええ、そうしましょう」
「皆お母さんとかお父さんとか来る?」
須田が聞く。
卒業式終了後は母親や父親がやって来て、そのまま車に乗って帰って行くことも少なくなかった。
「来るかな……」
新井は感情のない声でそう言う。
「俺は多分来るな」
「俺も」
「じゃあ写真は無理かしら……」
花波がそう呟いた。
「まぁ終わってもしばらく自由な時間はあるだろ。その時に撮ればいい」
「えぇ、そうしましょう」
花波はにこ、とはにかんだ。
「じゃあ行きましょうか、体育館」
「そうだな」
赤石たちは卒業式を行うため、体育館へと向かった。




