第438話 卒業文集はお好きですか? 2
「赤石……」
黒野と花波とのやり取りが一通り終わったところで、八谷が赤石の席にやって来る。
「どうした」
突然の八谷の来訪に、緊張感が高まる。
「卒業文集、書いて」
「え? あ、あぁ……」
赤石たちは既に卒業文集を受け取っており、卒業文集の後半は白紙ページで埋められていた。
生徒たちは卒業文集の白紙ページにそれぞれ、卒業前に一言メッセージを書きあい、お互いに最後の気持ちを文にしたためていた。
「で、どこのページいっぱいに書けばいいんだ?」
「どうしてページいっぱい分も書こうとするのよ。プロスポーツ選手じゃないんだから」
「確かにプロテニス選手とかテレビ画面いっぱいにサイン書いてるけども。実は今日のためにサイン練習してきたんだよ、俺は」
赤石は腕を回す。
「ううん、じゃあいいわ。ページいっぱい分にサインを書いても」
「言ってみるもんだな」
「でも普通のも書いてね」
「いや、お前のページいっぱいにサイン書くの嫌だよ。変な目立ち方しそう。普通に書く」
「別に書いてくれても良いんだけど……」
赤石はサインを書くことを取り止めた。
八谷は残念そうな顔をする。
「赤石が初めてだから、たくさん書いてね」
「エロい言い方」
黒野が八谷に茶々を入れる。
「割と観測者次第でもあるだろ」
「私も書いて」
「良いよ。俺のも書いておいてくれ」
赤石は黒野に卒業文集を渡した。
「体に書いて?」
黒野は服を一枚、ぺろ、とめくる。
「嫌だよ。消えるじゃん」
「新しい扉開けるかも」
「そんなことしてないで、早く文集渡しなよ」
「サンキュ」
八谷が赤石と黒野の間に入り、黒野の卒業文集を赤石に渡した。
「で」
赤石は八谷に再び相対する。
「いつだって、涙を流す子の近くには虹がかかるんだよ。そうやって虹を渡って、皆はお互いを知っていくんだ、みたいな感じで良いか?」
「なんでそんなポエミーな感じで書こうとするのよ。止めて、普通に書いて」
「普通に、って言ってもなぁ……」
八谷と出会ってから今まで、様々なことがあった。
一行で表せる気もしなければ、今の八谷に対して複雑な感情を持っていることは確かだった。
「……」
赤石は少し考える。
「私も赤石の、書きたい」
八谷が赤石の卒業文集を指さす。
「ああ、黒野が書き終わったらな」
黒野はちら、と八谷を見た。
べ、と舌を出す。
「ヤなやつだな、お前は」
赤石は呆れかえる。
「は? 舌出しただけですが? こんなことで嫌な奴だと思う方がおかしいんじゃない?」
「ヤな言い方」
「赤石の初めて、私がもらったから」
赤石の卒業文集はまだ誰にもメッセージを書かれていなかった。
「エッチな言い方だな」
「エッチな言い方したからね」
「そこは観測者次第であってくれよ」
赤石は八谷の卒業文集と、再び向き合った。
「……」
考えに考えた上で、
大学になってからもよろしく。
高校時代は色々あったけど、最終的には仲良くしてくれて嬉しい。
これからもよろしく。
そう、当たり障りのないメッセージを、書いた。
「もっと」
八谷は赤石のメッセージを見て要求する。
「もっと!?」
「もっと欲しい」
「贅沢だな、お前は。贅沢覚えると人間良くないよ」
「早く書けよ」
黒野が赤石を指摘する。
赤石は八谷の卒業文集に、メッセージを追加で記入する。
最初はいがみ合ってたけど、色々あってお互い話せるようになって、良かった。
正直今もどう思ってるかよく分かってないところはあるけど、
大学に入ってからも頑張って。
再び当たり障りのないことを書いた。
「頑張って、じゃない。一緒に頑張ろ」
「あ、ああ」
赤石は頑張って、と書かれた文字を塗りつぶし、一緒に頑張ろう、と書きなおした。
「……今も昔のままと一緒よ」
八谷はぼそ、と呟いた。
「クソキモ根暗ぼっちと思ってるってことか!?」
「そんなこと言ってないわよ!」
「似たようなこと言ってたぞ」
赤石と八谷はぎゃあぎゃあと口喧嘩する。
「終わったなら早く私の書いて」
「あぁ、はいはい」
黒野は赤石に卒業文集を返した。
「……ってお前、これ何書いてんだよ」
赤石の卒業文集の空白ページの一ページ目から、卑猥な言葉で埋め尽くされたメッセージが、書かれていた。
「なんで卒業文集のメッセージに伏せ字が出てくるんだよ! 変な描き文字も!」
黒野のメッセージは伏せ字だらけで、付近にはハートマーク付きの卑猥な描き文字が飛び散っていた。
「赤石もオトコノコだから。こっちの方が良いかな、って」
「良いわけないだろ。最悪だ、俺の卒業文集の一枚目から……」
「んほぉ!」
「黙れ、お前。読み上げるな」
「一コメ、とか書いた方が良かった?」
「一コメもクソもないだろ、こんなもの。どうするんだよ、後から書くやつ」
「格の違いを見せつけていくぅ!」
「お前にあるのは格の違いじゃなく年齢レートの違いだろ。人の卒業文集で好き勝手しやがって。お前覚えてろよ」
「ごめんね……」
黒野が瞳を潤ませ、上目遣いで赤石に謝る。
「いや、別に怒ってないけども……」
「なんだ。泣き損じゃん」
黒野はけろっとする。
「いつか誰かの怒りを買うなよ、お前」
「は~い」
赤石はそのまま卒業文集を八谷に手渡した。
「私もヤラしいこと書けば良いよね?」
「良いわけないだろ。こういうのは続くやつが一番大事なんだからしっかりしてくれよ」
赤石は黒野の卒業文集にメッセージを書き始める。
「楽しそうなことしてますわね」
「俺も書いてよ」
「お前いつ来たんだよ」
花波と須田が赤石の背後に立つ。
「はい、じゃあ並んで並んで」
赤石は花波と須田を手で乱暴に仕分ける仕草をする。
「やりましたわね」
花波が卒業文集を両手で抱え、ぴょんぴょんと小走りで走り、八谷の後ろに立った。
「いやぁ、俺も欲しかったんだよなぁ、サイン」
須田も花波と同様に卒業文集を両手で抱え、花波の後ろに並んだ。
「……」
その様子を見た平田、新井も無言で須田の後ろに並ぶ。
「なにこれ」
黒野は八谷の後ろに並ぶ行列を見て、口をぽかんと開けた。
「何やってんねん、これ」
「相変わらずでござるね。楽しそうだから参加するでござる」
どこから来たのか、三矢、山本は新井の後ろに並んだ。
「サイン会場みたいなってるじゃん」
「え」
赤石は背後を振り返った。
「お、久しぶりお前ら。効率悪いだろ。好き勝手書けよ」
「でも面白かったでしょ」
平田、新井たちは卒業文集を持って次々にメッセージを書き始めた。
「俺の卒業文集どれだ?」
「まだ私書いてる」
赤石の質問に八谷が片手を上げ、答える。
「お前いつまで書いてんだよ。反省文じゃないんだから」
「半分反省文みたいなものよ……」
八谷は赤石の卒業文集に長々と書いていた。
「統のは?」
「あ、背表紙光ってる奴」
「そんな卒業文集があってたまるか。なんでお前の卒業文集だけレアガチャみたいな扱いなんだよ」
「あはは、ウケる」
新井がからからと笑う。
「須田君本当面白いね」
「さっきのは俺と統貴の共同作業だっただろ」
「皆卒業文集書いてるの~?」
新井に好意を寄せる佐藤がやって来る。
「あ、書いたげるよ、私」
「え、いいの!?」
佐藤は喜び、新井に卒業文集を渡す。
「私のもなんか書いといて」
「え、う、うん!」
佐藤は辺りを見渡した。
「で、え~っと……」
それぞれがそれぞれに卒業文集を広げている。
「どれが新井さんの?」
「なんか適当に書いとけ。誰かしらの卒業文集が当たるだろ」
「なんか一ページ目からすごい卑猥なこと書いてる卒業文集が……」
「それは赤石の」
黒野が顔もあげずに、言う。
「良かったじゃん、すぐに誰のか分かって」
「良いわけあるか」
「え、これ誰が書いたの?」
「私。赤石に脅されて……」
佐藤の質問に、黒野が手を上げる。
「脅してねぇ」
「キスマークとか付けとけばよかった」
「昭和のアイドルか、お前は」
「いや、どれがどれ!?」
「もう滅茶苦茶だな」
赤石たちはお互いに卒業文集にメッセージを書き連ねていた。




