第437話 卒業文集はお好きですか? 1
薄井白鳥高校――
「皆、最後だし写真撮らない~?」
「あ、賛成~」
「私も賛成~」
赤石と同日、卒業式を執り行っていた薄井白鳥高校で、女子生徒、船頭は写真を撮っていた。
「これじゃゆかりちゃん入らなくない?」
「大丈夫大丈夫! 私プロカメラマンだから」
「いつからプロカメラマンなったの」
女子生徒たちが声を上げて笑う。
「ゆかり、おっす!」
「あ、智也お~っす。超久しぶりじゃない?」
上背の高い男子生徒、飯野智也が、船頭に話しかける。
ちすちす、と言いながら船頭は飯野に近寄った。
「今写真撮ってるんだけど智也も入る~?」
「え、入る入る!」
いぇ~い、と言いながら飯野は写真撮影に混じった。
「ちょっと男子~、女子だけで撮ってるんだから空気読んでよ~」
「本当それ~」
「いや、だってさっきゆかりが……」
「男子~!」
「分かった、分かったよ」
飯野は写真撮影のフレームから出た。
「ごめんね、智也~」
女子生徒たちとの記念撮影が終わり、船頭は飯野に話しかけた。
「いやいや、全然。俺らも写真撮らね?」
「あ、いいよ~」
船頭は内カメラにして、飯野とツーショットを撮る。
「じゃあこれ、後で送っとくね~」
「オッケー、サンキュー」
飯野は指を鳴らした。
「あ、てかさ、今日一緒にどっか行かね?」
この後ツレいるしさ、と飯野は船頭を誘う。
「あ~……」
船頭は目を泳がせる。
「う~ん、あ~……」
船頭は腕を組み、悩む。
「うん、私は大丈夫。皆で楽しんできて」
「え~、またかよお前~」
受験期に入り、船頭は遊びの約束をことごとく断っていた。
「え、てかなんで? 何か用事とかある?」
「用事っていうか、う~ん……受験勉強もしたいし」
「なんかゆかり、付き合い悪くなってない? 前みたいにまたボーリングとかバーベキューとかしに行かね?」
ほらほら、と飯野は釣りやバーベキューのジェスチャーをする。
「いや、受験勉強あるからなぁ~……」
船頭は苦笑して断った。
「てか受験終わってるっしょ? 別に行っても良くね?」
「一応まだ後期とかあるしぃ~……」
「いやいや、もうそんなこと気にしても仕方なくない? なるようになるでしょ」
「う~ん、まぁそれもそうなんだけど~……。う~ん……」
船頭自体は後期試験に向けて力を入れていなかったが、赤石が後期試験に力を入れている手前、自分自身も受験勉強を続行するより他なかった。
「え、聞いてなかったけどさ、ゆかりってどこ志望?」
「あ、北秀院」
「え……」
男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「え……北秀院!?」
「うん、北秀院」
「いやいやいや」
男は笑った。
「俺らの学力じゃ絶対無理っしょ。本当は?」
船頭の属する薄井白鳥高校から北秀院大学への進学は、高望みと言われていた。
およそ、普通に考えて進学は不可能だろうと、船頭は校内でもそう言われてきた。
「いや、本当に北秀院……」
「……え」
男は硬直する。
「いやいやいや、お前そんなキャラじゃなかったじゃん! え、なに、ガリ勉!? ガリ勉キャラなっちゃったわけ、お前!?」
「う~ん……そう、なのかも、ね」
船頭はにこ、と笑いかけた。
「はぁ~……」
男はため息を吐いた。
「俺ら高校三年間絶対青春して楽しもうな、って言ってたのに、さぁ~……」
飯野はがっくりと肩を落とす。
「ゆかり、なんでそっち系になっちゃったのよ~」
おいおいおい、と男は泣くふりをした。
「なんでだろうねぇ~、本当」
船頭は頭をかいた。
「こんなもんまで付けちゃって」
飯野は船頭のカバンについて学業成就のお守りを指さした。
「あ、あんまり触らないでね。大切だから」
「大切って……さぁ~」
男はため息を吐く。
「ま、本気で北秀院行きたいからさぁ~」
「まぁもう受験終わってはいるんだけどなぁ」
飯野はへぇ~、と適当な相槌を打つ。
「じゃあ、今度またピアスとか開けね? そろそろふさがりかけてるっしょ?」
「良いかなぁ、今は」
「なんで?」
「なんかモテなさそうって言うか~」
「いやいや、ピアス開けてない方がモテないって、絶対」
「いやぁ~……」
船頭は飯野の言葉を受け流す。
「そうか……まぁ、じゃあ、頑張ってくれ」
「うん、ありがと」
飯野は船頭と遊びの約束を取り付けることが出来ず、そのままその場をあとにした。
「……よし」
船頭はカバンを持ち、他の級友たちと写真を撮りに行った。
「卒業式そろそろ始まるね」
赤石たちは卒業式を前にして、そわそわとしていた。
「こんなことやったって何の意味もない。調子乗ってる奴が調子乗ったことするだけの会」
「まぁ一理ある所は確かにある」
黒野の発言に、赤石が同調する。
「でも卒業式はやっぱり記憶に残るものなんじゃないか。お前も卒業式を楽しんで記憶に残すしかないんじゃないか」
「そんなこと思わない。どうせ忘れるし、覚えてたとしても悪い意味で覚えてる。人によっては卒業式だとか華やかな舞台を用意されたことで、逆に嫌なことがあっても忘れられなくなる。何かをして黒歴史になる方がよっぽど悪」
「なるほど」
赤石は特段卒業式に思い入れがないため、黒野の発言を聞き、少し考えを変えた。
「黒野さん、いちいち私たちのテンションを下げるようなこと言わないでくださいまし」
「本当それ」
花波と平田が黒野に反発する。
「私は赤石と喋ってるだけ。私と赤石との会話を勝手に聞いてお前らが勝手に怒ってるだけ。私たちの会話に勝手に入ってきて勝手に怒るの止めてくれない?」
「むむむ……」
花波が唇を噛む。
「ぐうの音も出てない」
「なら、私たちに聞こえないようにやってちょうだい」
「……分かった」
赤石の前の席に座っている黒野は、より一層赤石に椅子を寄せ、近づいた。
「なになに」
「――――」
「なるほどな」
赤石は花波をちら、と見る。
黒野は赤石に耳打ちする。
「え? いやいや、それはさすがにやりすぎだろ」
「――――」
黒野は再び赤石に耳打ちする。
「ははは、確かに分かる。そういう所あるよな、やっぱり。直した方が良いと思うな、それは俺も」
「――――」
「いいな、それは俺もやってみたいな」
「――――」
「ははははははは」
赤石は手を叩き、大仰に笑う。
「もう止めてくださいまし」
花波が赤石と黒野の席を遠ざける。
「逆に不快ですわ」
「お前が静かに、って」
黒野が抵抗する。
「赤石さんも、そんな風に大袈裟にお笑いになって。そういうキャラじゃありませんでしょ? 何を言っているか気になりますのよ、そういうことをされると」
「いつも世界に満点笑顔を届ける、正義のヒーロー、赤石悠人だよ」
「嘘吐きなさい」
花波が赤石と黒野を引き離した。
「あぁ~あ」
クマのひどい目で、黒野が花波を睨みつける。
「天の川できた」
「大げさすぎるだろ」
黒野は赤石の席との間に出来た隙間を見る。
「どうせお前は大学行ったら赤石と離れ離れだから、大学に行ってからは何も出来ないのにね。私は同じ大学になるかもしれないけど、お前は忘れ去られるだけ。私は赤石と一緒に過ごせるけど、お前はずっと離れ離れ。じゃあね、ばいばい。お疲れ。さよなら」
黒野が花波に手を振る。
「くっ……赤石さん、この人殴っても良いですか?」
「駄目だろ」
「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!」
花波が地団駄を踏む。
「私も協力するわ」
「ぼこしましょう」
平田と花波が黒野を取り囲む。
「タスケテ……」
二対一の状況になりい、黒野が赤石に助けを求める。
「カッカするなよ、お前ら。黒野はこういう人間なんだから」
「なんでもかんでも許してるあなたがおかしいんですのよ」
「お前こいつにだけ本当甘いよな。こんなゴミ」
「まぁまぁ」
赤石は平田と花波を押しとどめる。
花波はふん、と黒野を睨みつけた後、自席に戻った。




