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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第42話 高梨八宵はお好きですか? 2



 月曜日の朝――


「赤石、悪かった」

「…………」


 校内で櫻井に連れられ、赤石は軽く頭を下げられていた。

 

 赤石は奇妙なものを見る目で櫻井を見やる。


「悪かった、赤石。俺のせいで今回の事件が起こった……」


 櫻井は頭を上げ、地に視線を移しながら、ぽりぽりと頬をかいた。

 赤石は冷ややかな目で櫻井を見ると同時に、一種の感情が湧き出た。


 素直な奴だな。


 素直な奴だな、と思った。

 男に対してはひとひらの興味も見せないのにも関わらず、女が絡んでくる事態に対しては気持ちが悪いほどに素直だな、とそう感じた。

 泥をすすってでも、誰に頭を下げてでも、女たちとの関係性を続行させようとする行動力と素直さが、櫻井にはあった。

 素直と言うべきか、愚直と言うべきか、女に対する示威行為のような櫻井の行動は全て女に嫌われたくないという自身の本心を偽らないからなのだろうか、と黙考する。


 これが、男しか関わりのない事態なら関与すらしなかっただろうな、ということを考えれば、女に対する櫻井の行為は酷く真面目に思えた。

 少なくとも普段自分に対して向けられる厚意よりは、確実に正当なものであるな、と感じた。


 赤石は櫻井に謝られている状況に深い違和感を感じ、むず痒く思う。


「悪かった赤石。今回の件、俺が出るべきだったよな……。出たくても出れなかったんだけど、本当に悪かった!」

「別に気にしてない」


 赤石はこれ以上櫻井と関わりたくなかったため、早めに話を切り上げようとする。が、櫻井はそれを止める。


「ごめんな……赤石。俺が……俺が恭子を守るべきだった。俺がちゃんと恭子を守ってれば……俺の恭子への思いが足りなかったからだ。ごめん!」

「…………」


 俺がちゃんと恭子を守っていれば。

 それは、赤石には恭子を守るだけの能力がない、と言外に言いたいのか。

 赤石には恭子を守るだけの覚悟も権利もない、と言いたいのか。恭子を守る役目は、俺のはずだった。


 そう、言いたいのか。

 

 果たして、その紙背に隠れた櫻井の思惑は何なのか。


 八谷のことを守れなかった、と自身を卑下するような櫻井に、擁護して欲しいかのような言葉を発する櫻井に、虫唾が走る。


「いや、もういいから……。お前も俺と関わってるところを見られたら教室で碌な目に合わないぞ。じゃあ、先にお前は帰れ」

「悪いな赤石…………じゃあな!」


 櫻井は赤石を置いて教室へと駆けだした。

 赤石は櫻井を見送るでもなく、近くの窓辺に背中を預けた。


「…………はぁ」


 首をめぐらせ、空を見る。


 少なくとも女絡みの案件に対してだけは櫻井は素直だった。自分ならああは出来ないだろうな……女に媚びていると思われるのが嫌だから、少なくともあんなことは言えないだろうな……。


「…………」


 櫻井には、櫻井には負けたくはないな、と不意に思った。

 櫻井の何に負けたくないのかは分からない。だが、女のことしか考えていない櫻井に、自分が負けてはならないと、そう思った。

 櫻井よりも、幸せになりたい。

 女を侍らせる櫻井が間違っていると、そう証明したい。

 全員から好意を寄せられているにも関わらずその全てを蔑ろにする櫻井が間違っていると、そう言いたい。

 男が関与する事態に対しては不誠実な態度をとるのは間違っている、お前は間違っていると、その事実を突きつけたい。


 だが、自分にはそれだけの能力がない。 

  

 櫻井を、負かしたい。

 自分は櫻井よりも、幸せになる。


 漠然とした思いが、胸中を走った。 


 櫻井よりも幸せになって、あいつが間違えていたと、そう思わせよう。


 赤石は突如生まれた感情と、胸の内にある漠然とした嫉妬のようなどす黒い感情とをない交ぜにし、そう決意した。




 赤石は自身の心と暫く葛藤を続け、ゆっくりと教室へと歩みを始めた。








 ガラララララ。


「……っ⁉」

「わっ…………」

「ひっ…………」

「…………」


 赤石は教室へ入るや否や、目を伏せて辺りの状況を見回した。


 赤石に怯える者。

 距離を取る者。

 無関心な者。

 興味本位で見ている者。

 胡乱な者。


 ありとあらゆる三者三様の感情が、赤石に向けられた。

 

 赤石は苦虫を噛み潰したような表情で、自席に着く。

 自席は周りの机から不自然に離され、ひそひそと陰口が叩かれる。


 赤石は教室内で無類の狂人として、認知されていた。

 最早赤石に仲間はおらず、誰も赤石に近寄らない。実害があることは何もされず、陰口をたたかれる程度ではあったが、赤石は露骨に同級生から距離を取られていた。


「…………」


 八谷もまた、憂慮や不安、申し訳なさなどを秘めた瞳で、赤石を見つめていた。


「…………ふふ」


 高梨は面白そうな顔をして教室の光景を眺めていた。








 赤石は無言のまま古文の単語帳をめくり、陰口も叩かれ続けたまま、朝のホームルームの時間がやって来た。


「じゃあ今日の出席確認するぞ~。お前ら今日の欠席者教えろ~」


 神奈はいつものようにホームルームを始めた。

 生徒たちは欠席者を神奈に教える。


「欠席者はそれだけか~?」


 気怠げな態度で神奈は出席を取り終わり、赤石の席を瞥見した。


「……」


 赤石の出席を確認した神奈は、ほんの少し相好を崩した。


「じゃあホームルーム終わりだ~、授業頑張れよお前ら~」


 そう言い残し、神奈は職員室へと再び帰っていった。


「…………」


 赤石は無言で、授業の用意をし始めた。











 つつがなく授業を終え、昼休みになった。


 赤石は持ち前の弁当を持ち、須田の下へと向かった。

 一刻も早く、この教室の重苦しい雰囲気から抜け出したいという思いからだった。


 速足で教室から逃げ出し、四組へと向かう。


「よ、悠!」


 須田は四組の前の廊下で赤石を待っていた。


「…………」


 赤石はほっとした顔で須田の横に並んだ。

 もしかしたら欠席や休日を挟んだことで須田の自分への対応が変わるかもしれない、と不安げに思ったが、そんなことはなかった。


「そろそろ桜も散ってきたことだし、もうあんま人いないだろなぁ……」


 須田は歩きながら、何ともなしにそういった。


 言外に、人は少なくなってるだろうからそこまで人の目を気にしなくてもいいぞ、という須田の気遣いのように聞こえた。


 赤石は先日の一件で二組のみならず、近隣のクラスの生徒にも毒を吐いた。

 赤石の悪評は校内に広まり、少なくとも同学年においては多くの生徒たちが赤石を避けていた。


 赤石は須田を見ると、緩慢な動作で口を開いた。


「統、お前は俺と一緒にいて…………」

「問題ねぇよ」


 途中まで言った所で、須田は口走るようにそういった。


「問題ねぇに決まってんだろ? 悠、お前は俺がこれから何かあったらすぐに俺の傍から逃げ出すのか?」

「…………いや」


 赤石が何を言おうとしたのかを察し、須田は言葉を発する。


「なのに俺がお前を避けて逃げ出すわけねぇだろ?」

「…………そうか」


 赤石は申し訳なさや配慮やら、ありとあらゆる感情を胸に抱いた。

  

 須田の厚意は、変わらなかった。  


 赤石は須田に向き合い、口を開いた。


「じゃあ、俺は今後お前がなんかピンチに陥ったら逃げ出すわ」


 赤石はいたずらっぽく須田に笑いかけ、速足で階段を駆け下りた。


「ばっ……馬鹿、悠てめぇ!」


 須田も慌てて赤石を追いかけた。


 赤石と須田は二人で笑い合いながら、いつものように階段を駆け下りていた。










「…………」

「…………」


 赤石と須田はすっかり人が少なくなった、いつもの庭にやって来ていた。

 須田の言った通り、中庭には既に人はまばらにしかいなかった。常時中庭を昼食をとる場所として使っている生徒しか、いなかった。

 休日に雨が降ったこともあり、桜の木は既にその花を散らせていた。


「薄情な奴らだ」

「桜の花が散ったらすぐに興味がなくなるからか?」


 ぽつりと呟いた赤石の言葉に、須田が質問した。


「桜が花をつけてる間だけはちやほやとするのに、花が散ったらこの様だ。人間社会と同じだな」

「出た、赤石節! いや、そういうもんだろ、花見って」

「花を咲かさない桜の木に最早あいつらは興味を示さない」

「いやいやいや、悠。こう考えてみろよ? 桜が最も隆盛で皆に見て欲しいときに、皆がやって来るんだ。渡りに船ってやつだろ? んで、充電期間でこんな姿見られたくない! って時には、皆はその気持ちを察して見ないでいる。そう、つまり需要と供給の関係が成り立っている訳だ」

「なるほど……?」

「それに悠も俺と一緒に花咲いてる期間だけ花見してたじゃねぇか」

「反論の余地がない」


 須田は鼻高々に喋る。

 基本的に赤石と須田は思想が真逆の人間であり、よく意見が対立するが、赤石にも須田にも、意見の対立を認めるだけの器量と余裕があった。


「馬鹿な話をしているのね、あなたたちは」

「……?」


 赤石と須田の会話に割り込むように、女が声をかけて来た。


 何事か、と二人は声のした方を振り向く。


「振り向くタイミングも二人とも同じなのね。驚いた」


 自分の弁当を持った高梨が、そこにいた。



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