第436話 卒業式の決別はお好きですか? 5
「……」
櫻井は水城、甘利、葉月と別れ、一人、とぼとぼと歩いていた。
「……ん?」
思い返す。
赤石と共にいた、鳥飼の姿を。
鳥飼の、姿を。
「……んん?」
おかしい。
明らかに、おかしい。
赤石と鳥飼の間には、大きな溝がある。到底、共にいられるはずもないほどの大きな溝が、ある。
その二人が同じ場に、いた。
「……おかしい」
明らかに、おかしい。
確執のある二人が同じ場にいることに、大きな違和感を持った。
「あいつ……」
今までバラバラだったパズルのピースが、はまっていく音がした。
ああ、そういうことかと、理解する。
鳥飼をも囲い、赤石は自分をハメようとしているんだと、気が付いた。
「ふざけんなよ、あいつ……!」
櫻井は引き返す。
「ね」
引き返した櫻井の傍に、一人の女子生徒がいた。
長身で筋肉質、切れ長の目をした女子高生、鳥飼あかねが、そこにいた。
「お、お前……」
櫻井が鳥飼を見て、硬直する。
「何しようとしてた?」
「何って、それは……」
言葉に詰まる。
「私が赤石に脅されてると思った?」
「……違うのか?」
「……」
鳥飼は窓の外を見た。
「ううん、違う。全部私のせい」
「……」
鳥飼は自分に言い聞かせるかのように、赤石と自分に起こった全てを、話した。
「全部、誤解……いや、私が嘘を吐いただけ。赤石は私のせいで巻き込まれただけ。何も悪くない。今の私は、赤石に生かされてるだけ。それだけのことをしたから、私は私の身をもって清算しないといけない」
「……なんでそんなこと」
「なんでだろうね。なんでかな。ううん、分かってる。全部、私自身の弱さのせい」
鳥飼は櫻井の横を通り過ぎる。
「あんたも自分の弱さと向き合える時が来ると良いね」
「……」
櫻井は足を止め、鳥飼の背を見送った。
「やっほ、櫻井君!」
傷心の櫻井の下に、京極がやって来た。
「元気? そろそろ卒業式始まるけど、大丈夫そう?」
京極は櫻井の顔を覗き込む。
「あぁ……京極」
櫻井はぐったりとした顔で、京極を見た。
「え、どうしたの櫻井君。すっごい体調悪そうだよ?」
「……ちょっとだけ肩、借りて良いか?」
「え、も、もちろんだよ。何かあったの?」
櫻井は京極の肩を借りる。
「はぁ……」
櫻井は大きなため息を吐いた。
「ど、どうしたの?」
京極が控えめに、聞く。
「僕でよければ何でも相談に乗るよ! といっても、僕が乗れるのは自転車と一輪車くらいのものだけどね。わっはっは!」
「……」
京極の軽口にも、櫻井は無言で返す。
「本当に何があったの?」
「いや……」
櫻井が不器用に、笑った。
「俺って、本当駄目だよな、って……」
あはは、と櫻井は苦笑する。
「どうしようもないことで皆を失って、どうしようもないことで失敗して、そうやって俺は間違いばかりを重ねていって、本当はずっとそばにいて、一番大切だったものまで失くしちまうなんて……な。本当、俺って、馬鹿だったなぁ……」
あはは、と泣きそうな顔で櫻井は頬をかく。
「そ、そんなことないよ! 櫻井君はいっぱい頑張ってるよ! 僕が言うんだから間違いないさ!」
元気出して、と京極が櫻井の背中を撫でる。
「ははは、ありがとな、明日香……」
櫻井は弓なりの目で京極を見る。
「お前のおかげで、ちょっとは俺も元気出たよ」
「そう? それなら良かったんだけど……」
京極は頬を赤く染め、照れる。
「皆、ちゃんと櫻井君のことを分かってくれたら良いのにね。こんなに皆のために頑張ってるのに、なんで誰も櫻井君のことを気付いてあげられないのかな……」
「いや、俺が全部悪いんだよ、きっと。俺って、本当駄目だったんだなぁ……」
櫻井は天を仰いだ。
「眩しいなぁ、皆……」
櫻井は一人、そう呟いた。
「……」
赤石たちは櫻井と別れ、静かに帰っていた。
上麦は目をこすりながら、赤石の後ろをついて行く。
「……」
かちゃかちゃと、上麦から音がした。
「お前、子供用の靴履いてる?」
「子供?」
上麦は足を見る。
「音鳴ってるけど」
「子供用の靴は確かに音が鳴るわよね」
高梨が赤石の近くにやって来る。
「お菓子入れてる」
「お菓子がこすれてるのか……」
上麦は赤石にお菓子を見せる。
「食べる?」
「いらん」
赤石は上麦から視線を外した。
「これでもう終わりかしらね、赤石君」
「どうだろうなぁ……」
隣にやって来た高梨と赤石が話す。
気付けば、卒業式の時間まで、残すところあとわずかとなっていた。
「赤石君の三年間の思いをぶちまけて来たわよ」
「なんでお前がぶちまけるんだよ。しかも三年間じゃないし」
「私も言ってやりましたわ」
「言いすぎだろ、お前は」
花波が歩調を落とし、赤石の隣に来る。
高梨に隠れてこっそりと傍にいた須田もまた、赤石の下に寄って来る。
「でも、一つの恋が終わると思うと、少し物寂しいですわね……」
「……」
花波は自身の手首を見た。
「お前は恋を追いかける前に、まずは自分自身としっかり対話をした方がいいかもしれないな」
「まぁ、失礼しちゃいますわね」
花波がぷい、と赤石から視線を外す。
「命があっただけマシと思わな明ければいけないですかね……」
花波はぼそ、と呟いた。
「良かったな、今も生きてて」
「何かあったの?」
須田が赤石と花波の間に入って来る。
「飛び降りて病院行き。病院で患者を殴りつけ、看護師に止められ、何とか一命をとりとめる。その後、男子生徒と殴り合いの喧嘩をし、一命をとりとめる」
「マジ? すごい一命とりとめてるじゃん。偉人伝説みたい」
「偉人伝説だって、良かったな、花波」
驚嘆する須田を尻目に、赤石が花波に親指を立て、いいねを送る。
「いろんな方のエピソードが混ざってますわよ、いろんな方のエピソードが」
花波がどうどう、と赤石を止める。
「うるさいわね、さっきからあなた。私とキャラが被るから喋らないでよ」
「まぁ、ひどい。どう思います、赤石さん?」
花波が目を大きくして高梨にかみつく。
「キャラ被ってるな。どっちかキャラ変えろよ」
「あなたが変えなさいよ」
「私ですの!?」
花波は大仰に驚く。
「どっちが悪いと思います?」
花波は赤石に裁可を託す。
「高梨」
「なんでよ。あなたはいつだって私の味方をしてくれるって言ったじゃない。あんまりよ」
「そんなこと言ってない……」
とは言い切れないか、と赤石は考えを思い直した。
「じゃあ花波が悪い」
「なんですの、あなた。赤石さんはずっと私の味方をしてくれるって言ったじゃないですの」
「多分言ってない」
「ひどいですわ。泣いちゃいそう」
ぐす、と花波は涙を見せる。
「じゃあ高梨が悪い」
「やた」
「女の涙に絆されるんじゃないわよ」
高梨が額に青筋を立て、怒る。
「もう面倒くさいから静かにしてくれ。どっちもどっちなりの良さがあるだろ」
「あら、嬉しい」
「ふん」
花波は両手を握り、顔の横に持って来る。
「そもそもキャラ被ってるの?」
須田がおずおずと聞く。
「「被ってる!!」」
「すいません……」
高梨と花波は須田を一喝した。
「須田、間違えてない」
「大変だなぁ、全く……」
赤石たちはそれぞれの教室に戻りつつあった。




