第433話 卒業式の決別はお好きですか? 2
「……」
赤石たちと櫻井たちの視線が交錯する。
櫻井はゆっくりと赤石の前を通り過ぎ、自動販売機へと向かった。
「……」
「……」
「……」
赤石、平田、新井の三人は櫻井たちを見る。
「あ、これ美味しそう~」
「何飲む?」
「……そうだなぁ~」
櫻井は生返事をする。
「……ねね」
たたた、と葉月が赤石たちの下へとやって来た。
赤石は葉月の本性を、知っている。
葉月が今まで何をして、何を考えて、今何をしようとしているのか、おおよそ見当がつく。
「それ、美味しかった?」
葉月が平田の飲み物を指さした。
「え? あ、あぁ、うん」
「にゃるほど~」
ふふふ、と葉月は妖艶に微笑む。
「……それは?」
葉月は赤石の持っている水を指さした。
「ただの水、味なんかない」
「……にゃるほど~」
試すようにして、葉月は赤石を見る。
「……」
「……」
赤石と葉月の視線が交錯する。
お前は何を言うつもりなのかと、そう言いたげな目で葉月は赤石を見据える。
「女狐め」
「や~ん、なんでそういうこと言うの~」
だが、赤石は何も言わない。
二人はお互いについて何も言わないということで、既に了承している。
全てを知ったまま、何も言わない。
何をも知った上で、口外しない。
お互いにメリットのないことを避けた結果であった。
「由紀……」
櫻井が新井に近寄る。
「んべ」
新井は櫻井に舌を出し、赤石の背に隠れた。
「……」
やはり全部こいつが仕組んだことだったのか、と櫻井は赤石を睨みつける。
赤石は肩をすくめる。
「……由紀ちゃん、何かあったの?」
櫻井と新井のただならぬ関係を見た水城は、新井に声をかける。
「別に」
新井はつんとして、水城の話を正面から聞かない。
「関係ないし」
「由紀ちゃん……」
水城は困り眉で赤石を見た。
「赤石君も何か関係あるの?」
櫻井と赤石、新井の関係性を見て、水城は赤石に尋ねる。
「さぁ」
赤石は大仰に肩をそびやかす。
「まぁあったとて、もう関係ないしな」
はは、と自嘲気に赤石は嗤った。
「赤石君……」
「……」
水城は大きなため息を吐いた。
「ごめんね、私も最後だと思うから言うね」
水城は深く、息を吸う。
「赤石君もさ、もう大人になろうよ」
「……」
赤石は水城と対峙する。
「ううん、別に全然良いんだけどね。赤石君のことなんだから全然好きにしてもらっても良いんだけどね、赤石君もさ、もうそろそろ大人になろうよ。ね」
水城は手を合わせる。
「いつもいつもスカした態度取ったりさ、他の人を見下したり、分かったような気で上から目線で話しかけられても、話しかけられた方はなんだこいつ~、って思っちゃうでしょ? ううん、分かるよ。私にもそういう時期あったから、分かるよ。でもさ、もう成人だよね、私たち」
水城は嗤ったような顔で、言う。
「大人になろうよ、赤石君。自分だけが特別だとか、自分には優れた才能があるとか、自分は人から一目置かれる存在だ、とかさ。そういうの普通に、ダサいよ。見てて痛々しいよ。もう止めようよ、何も持ってないのに何かを持ってるみたいな顔で、上から目線で人のことを判断して、あいつは駄目だとかあいつは足りてないとか、そうやって人のこと馬鹿にするのはさ」
「……」
水城が何を思っているのか、赤石は今まで知らなかった。
自分に対してこんなことを思っていたのか、と赤石は少し動揺する。
「赤石君はさ、別に、何者でもないよ。自分には隠れた才能があるんだ、とかさ、人より優れてるんだ、とかさ、人より発想が飛びぬけてるんだ、とかさ、普通の人が出来ない発想で皆を驚かせることが出来るような人間なんだ、とかさ。自分は周りの人より特別で、周りの人より優れてて、だから周りの人間が馬鹿に見えて仕方ないんだ、って。そう思ってるんだよね。ううん、分かるよ。私にもそういう時期あったから。あったけどさ」
水城は小さくため息を吐いた。
「大人になろうよ、赤石君。赤石君は人より優れてるわけでも、人気があるわけでも、独創的なアイデアがあるわけでも、面白いわけでも、運動が出来るわけでも、勉強が出来るわけでもないよ。赤石君は……ううん、私たちは、きっと皆そのあたりにいるような、平凡で、何の特徴もない、人から一目置かれるような人間じゃないよ。赤石君だって、そう。だからさ、そうやって自分が特別であるって思い込むのは、もう止めない? 自分を特別だと思い込んで、皆を見下したりするようなのは、もう止めない? もうさ、大学生になるんだよ。終わりにしようよ、そういうの。赤石君は決して特別なんかじゃ、ないよ。ただただ自分の足りてなさを補うことが出来ない、幼稚な人間なだけだよ。人に甘えて、自分の幼稚さをずっとひけらかしてるだけだよ、赤石君は。もう、卒業しない、そういうの?」
「……」
水城が赤石に、投げかけた。
幼稚であり、特別ではない。
「……」
赤石は水城に投げつけられた言葉を、ゆっくりと反芻した。
櫻井たちと赤石たちが、お互いに見合う。
「そういう言い方――」
平田が一歩、前に出る。
赤石は平田を押しとどめた。
「お前は、ずっと俺にそう思っていたのか」
赤石はゆっくりと、水城に話しかける。
「いや、ずっとそう思ってたって言うか、私も同じだったから、一緒に直していけたらいいね、って」
「……」
水城はずっと、こうであった。
あくまであなたのためを思って言っている。自分もそうだった。
無理矢理に理由をこじつけることで、相手のために言っている、という印象を意識づけるような言い方を、する女だった。
自分は悪くない。全てお前が悪い。
そう言いたげな言葉の装飾が、節々が、見て取れた。
「……そうか」
赤石は足元の砂を、軽く足で払った。
「俺は今までも凡庸だし、これからも凡庸に生きていくよ。人の上に立つような人間でも、人に目をかけてもらうような人間でもないことは自覚してる。性格の悪さは生まれつきだ。これからも凡庸に、生きていくよ」
赤石は切なく、笑った。
「……」
「……」
水城、櫻井は何も、言わない。
「どしたの、こんな所で皆集まって」
騒ぎを聞きつけたのか、暮石、上麦、鳥飼がやって来た。
「うわぁ~~~~~~~!」
何の脈略もなく、上麦が赤石と櫻井の間を走って横切る。
「上から丸見えだったよ、ここ。何話してるかな、って気になって来ちゃった」
暮石はべ、と舌を出し、赤石の近くにやって来た。
暮石が赤石に手を出す。
「……」
赤石は新井のカフェオレを渡した。
「私の……」
「卒業式もじきに始まるし、そろそろ皆持ち場についた方が良いんじゃない?」
暮石がカフェオレを飲みながら、言う。
カフェオレを新井に返し、赤石から水を奪い取り、飲む。
「モメてたの?」
暮石が振り返って、言った。
「自信あるんだよ、人とモメるの」
「止めてよ、そんなのまた」
暮石は水を飲み干し、ペットボトルを潰した。
「第二ラウンドといこうじゃないか!」
「なんで止める側に回らないんだよ」
暮石が入り、第二幕が開かれようとしていた。




