第430話 卒業式前の自由時間はお好きですか? 1
卒業式――
「おはよう~」
「おはよう」
「お~っす」
ついに最後となった高校の登校日に、生徒たちはいつもよりも感傷に浸った挨拶をする。
「……おはよ」
朝、いつもよりも早く教室にやって来た平田が、赤石に挨拶をする。
「……」
「おい」
平田が赤石の頭にカバンをぶつけた。
「え?」
赤石は呆気にとられ、平田を見る。
「おはよ」
「……ああ、お、おはよう」
赤石は若干引き気味に、平田に挨拶を返した。
「なに、そのテンション」
「いや、なんで叩かれたのかと思って」
赤石は後頭部をさする。
「お前が無視するからじゃん」
「してない」
「してた」
「してない」
「してた」
「してない」
「もう止めよう。分かった分かった、俺が悪かった。争いは何も生まない。ごめんごめん、全部俺が悪かった。許してくれ」
「何その自分が正しいけど、間違ってる相手をなだめるために自分が折れてやってるみたいな態度。」
平田が額に青筋を立てる。
「なんで無視したわけ?」
「このセリフ言ってまだ話戻って来ることあるのか」
赤石は顎をさする。
「いや、普通に聞こえなかった」
「こんな綺麗な声なのに」
「どこがだよ」
「……」
平田が赤石を睨みつける。
「いや、確かにな。声綺麗すぎて七面鳥かと思ったよ」
「七面鳥はクリスマスに丸焼きで出てくるイメージしかないんだけど」
はぁ、と平田はため息を吐いた。
「本当にそれだけ? 無視したら私がどんな表情するんだろ、とか思ってなかった?」
「それいいな。今度試してみよう」
「言うんじゃなかった……」
平田は頭を抱える。
「まぁ聞こえなかったのもあるし、普通に他の誰かに挨拶してると思ったんだよ。見てなかったから」
「あ、そ」
平田は興味なさげに、話を切り上げた。
「何見てたわけ?」
平田が赤石に顔を近づける。
「あれ」
赤石は校庭を指さした。
ライン引きで校庭に絵を描き、教師に怒られている男子生徒が、いた。
「何あれ」
「な」
「超バカじゃん」
「でもこれから先世界を回していくのは、ああいうバカなのかもな……」
「シーエムみたいなこと言うじゃん」
平田が赤石の背中を叩く。
「主人公っぽいよな」
「あ~ね」
「卒業式、最後の日にああいうバカが出来るのはいかにも主人公って感じするよな」
「凡人の憧れって感じ」
「誰がだ」
平田は席にカバンを置いて、戻って来た。
「まだ怒られてんじゃん」
平田が帰って来ても、生徒はまだ怒られていた。
「いつまで怒られてると思う?」
「さすがにあと二、三分くらいで終わるんじゃない?」
「賭けてみるか」
「負けたら?」
「これから先、名前がか行で始まるやつにはご主人様、とつけるようにする」
「罰ゲームすぎるでしょ!」
平田が赤石に詰め寄る。
「お前はあと二、三分か。三分一秒以上だったら無条件で俺の勝ちだな。俺は三分一秒」
「いやいやいやいやいや」
平田が全力で拒否する。
「え、てかいつから怒られてるわけ?」
「二十分くらい前から」
「いや、じゃあ無理じゃん!」
平田はさらに赤石に詰め寄った。
「前提条件違うじゃん!」
「あと二、三分で終わるか三分以上かかるかは分からないだろ」
「二十分以上怒られてたら継続する可能性高いじゃん!」
「パチンコみたいなこと?」
「いや、知らないけど!」
平田は校庭の男子生徒を指さして言う。
「六カ月学校に来てない奴がいたら、明日も絶対来ないじゃん! そういうこと! 前提条件が違うんだから、フェアじゃない!」
「……はあ」
「しかも、お前が後出しじゃんけんしたから、私の勝ちはゼロ秒から三分までなのに、お前の勝ちは三分一秒以上ならいつでもじゃん! 全然確率違うじゃん!」
平田は赤石にまくしたてる。
「俺は難しいことはよく分からない。だが、邪悪に対しては人一倍敏感だ」
「メロス止めろ!」
平田は舌打ちをして、スマホを取り出した。
「……ったく」
「なんだ?」
平田はスマホを赤石に向けた。
「おい」
そして赤石を撮影した。
「いきなりなんだ、お前は」
「いや、写真撮ろ、って前言ってたじゃん」
「いきなり撮るなよ」
「写真っていきなり撮るもんでしょ」
平田が撮った写真をスワイプして赤石に見せる。
「うわ、ぶっす~……」
「失礼だな、お前は」
赤石は眉を顰める。
「事務所通してくれ」
「俳優か、お前は」
「母が勝手に受験票送って……」
「俳優か、お前は」
平田は赤石の写真を消した。
「じゃあ撮るよ~」
平田はスマホを内カメラにして、赤石と二人で撮った。
赤石は目元を指で隠す。
「いやらしい写真みたいなったんだけど」
赤石は目元を隠し、平田は決めポーズで写真に写っていた。
「この写真送ってくれ」
「こんなの欲しいの?」
「家宝にする」
「友達少なすぎでしょ」
平田は赤石に写真を送った。
「俺も撮って良いか?」
「許す」
平田も同様に目元を隠し、舌を出した。
赤石が平田の写真を撮る。
「すごい悪い写真を撮ってしまったな……」
赤石は平田に写真を見せた。
「エロくない?」
「色んな意味で、かなりいやらしい写真を撮ってしまったな」
赤石はスマホをしまった。
「私にも送って?」
「あれを?」
「あれを」
「はあ」
赤石は平田に写真を送った。
「今度からこの撮り方しようかな」
「滅茶苦茶ともだち選別されるぞ」
サンキュ、と平田は赤石に小さく感謝する。
「二人で撮らない?」
「目元隠して?」
「いや、普通に!」
平田は内カメラにして、普通に赤石とのツーショットを撮った。
「ウケる~」
「別にウケない」
平田はきゃはは、と笑った。
「……」
「ぶっす~」
「……まぁ美的センスって人によって違うっていうし……うん、そうかもしれないね」
ははは、と赤石は苦笑する。
「私がおかしいこと言ってる時の反応じゃん」
「大丈夫大丈夫、平田さんはそのままで大丈夫だよ、あはは……」
「本当腹立つわ、お前」
平田は舌打ちをした。
「まぁこれから先世界を変えていくのは、そういうやつなのかもな……」
「別にそれ、そんな万能な言葉じゃないから」
ふん、と平田は腕を組んだ。
「……」
赤石は腕時計を見る。
「なに?」
「いや」
「……」
そして再び腕時計に視線を落とした。
「え?」
「……」
「何でそんな時間気にしてるわけ?」
平田が赤石の腕時計を見た。
「キラだから」
「嘘吐け」
赤石を見ると同時に、校庭に視線がいく。
「……あぁ~」
平田も腕時計を見た。
「三分、経ってますねぇ~……」
約束の時間から、三分を過ぎていた。
「まだ怒られてるな」
「……」
平田は嫌そうな顔をした。
「肩を揉む、とかだっけ?」
「何してますの?」
花波が教室に入って来た。
「おはよう」
「おはようございます、赤石さん、平田さん」
花波はスカートの端をつまみ、軽く膝を曲げた。
「俺の要望が通ってる」
「ええ、赤石さんはこの挨拶が良かったんですものね」
「次はアイスの種類を増やしてほしいな」
「スーパーのお客様の声じゃありませんのよ」
ふふふ、と花波は微笑んだ。
「平田さん?」
黙り込んでいる平田の顔を、花波がのぞく。
「花波はか行だな」
「……? ええ、そうですわね」
「――ま」
「ま?」
「ご主人様ぁ!」
「えぇ?」
花波が悪い物でも見たような顔で平田を見る。
「具合が悪いんですの?」
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
平田が赤石を殴り、蹴り回した。
「近年若者の暴力化が問題になってるらしいが、今俺はその問題の最前線で戦ってるみたいだな」
「随分余裕ですわね」
赤石は平田のパンチをいなしていた。




