第427話 卒業前はお好きですか?
卒業まで、残すところ後少しとなった。
「おはようございます」
「おはようございます」
朝、廊下で赤石は花波から声をかけられる。
「朝からご丁寧ですわね、赤石さん」
「お前もな」
「女の子にお前なんて言うの、止めてもらえません?」
「お嬢さんもね」
「急に年寄り臭いですわ」
花波は眉を顰める。
「大学、どこ受けたんだ?」
「清蘭を受けましたわ」
「女子大か」
「ええ」
花波は隣の県にある女子大を受けていた。
「お嬢さんも、受かったら引っ越しか」
「変な呼び方しないでください。そうですわね。大体皆、どこか違うところに引っ越してしまうのではないですか?」
「……そうだな」
小学校、中学校、高校、少しずつ、同級生たちとの、親との距離が開いていく。
とりわけ、大学は親とも同級生とも距離が離れることが多く、独り立ちすることになる。
「あ」
ガラガラと扉を開けると、赤石の席に、暮石が座っていた。
「おはよう」
「……ああ」
赤石は暮石から目を逸らしながら、自席の横に立った。
「昨日の今日ですわね」
「だな」
赤石は踵を返した。
「どこ行くの、赤石君?」
「席が空くまで散歩」
「いやいや、空けるよ!」
暮石はどうぞどうぞ、と席を立った。
「温めておきました!」
「温めないで良いです……」
赤石は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「ほらほら、座ってよ、王様」
「王様じゃない」
暮石は赤石の肩を掴み、席に座らせた。
「足揉みましょうか、王様?」
「普通にしてくれ」
赤石は暮石の厚意を断った。
「私が温めた席はどう?」
「温かい」
「嬉しい?」
「人間味を感じて気持ち悪い」
赤石は席にカバンを置いた。
「ひっど~い! 折角赤石君のためを思って温めておいたのに!」
「この地球という広い世界には、多様な人材が揃ってるから。厚意が伝わらないこともある」
「恋人の使った箸とかも使えない系?」
「結構いるだろ、そういう奴も。他人の握ったおにぎり食べれない奴がいっぱいいるんだから」
「モテないよ?」
「モテなくて結構」
赤石はカバンから教科書を出し、机の中に入れた。
「そろそろ朝顔持って帰らないと卒業式の日に困るよ?」
「小学生か、俺は。育ててない、そんなもの」
「給食袋持って帰った?」
「小学生か、俺は。そんなもの持ってない」
「置き勉とかしてたら駄目だよ。早く持って帰った方が良いよ」
「小学生か、俺は。もう授業もほとんどないだろ」
「火星と木星の間にあるやつだよね?」
「小惑星か、俺は。しがない一般市民だ」
「ふふふ」
暮石が赤石の肩をバンバンと叩く。
「やっぱり面白いね、赤石君は」
「面白いの基準が低くて羨ましいよ」
暮石は小さくジャンプした。
「何しに来たんだ?」
赤石はようやく暮石の真意を尋ねた。
「この一年間で埋められなかった赤石君との仲を埋めようと」
「もう卒業なんだからどうでもいいだろ」
「いやいや、そんなことないよ」
暮石は、はぁ、とため息を吐く。
「大学どこ受けた?」
「北秀院」
「実は、私も」
「え?」
暮石は、にやり、と笑った。
「私も赤石君も受かったら、少なくともあと四年間はこれが続くよ」
「そう……なのか」
暮石のことを全く知らなかった赤石は、少々面食らった。
未だに暮石に対する怒りは収まらないが、聞かれれば喋る程度のことは出来た。
「赤石君の名誉回復のために、あかねの吐いた嘘も、ちゃんと嘘だった、って皆に伝えてる所なんだよ」
「だから、いいって……」
鳥飼が自身の嘘を白状している最中と聞き、赤石はげんなりとする。
「でも嘘は嘘だから」
「今さらどうしようもないし、あまり積極的に話題に出さなくても良い。聞かれれば答えるくらいで」
「赤石君は誤解されたままでいいの?」
「いい」
赤石は首を振った。
「赤石君の名誉が回復できるんだよ? 一体何が不満なの?」
「目立ちたくないんだよ」
「ライトノベルの主人公みたいだね」
「だとしたら、この世界にいる人間の大半はライトノベルの主人公みたいなやつだよ」
自ら表立って目立とうとする人間は、この世界には少ない。
「赤石さん、いつものやれやれを披露してあげてはいかがですか?」
「そんなやれやれ言ってない」
割って入って来た花波に返す。
「やれやれ……」
「言ってますわ」
赤石は額に手を当て、頭を抱えた。
「邪魔」
「あ、ごめん……」
赤石と暮石の間を、平田が通って抜けた。
「……そういえば」
暮石がおとがいに指をあてる。
「平田さんと赤石君って、いつの間に仲良くなったの?」
何故平田が来ているのか、暮石は気になっていた。
「はぁ!? 別に仲良くとかなってねぇから、そんなブス!!」
「え、私ブス!?」
「そいつだから」
平田は顎で赤石を指す。
「赤石君、どうやってともと仲良く……」
「金で手懐けた」
「もらってねぇわ!」
平田が口を大きく開き、赤石を威嚇する。
「平田の家に行ったら押し倒されて指輪をもらった」
「いや、端折りすぎだから!!」
平田がダンダン、と床を踏む。
「どういう関係!?」
暮石はこの一年、平田に何があったのか、詳しく知らない。
「え、付き合ってるの、二人!?」
「ばっ……、付き合ってねぇよ!」
赤石が声を荒らげた。
「付き合ってねぇよ……」
「付き合ってる人の反応じゃん……」
「……」
そして赤石は黙りこくり、荒々しく座った。
「付き合ってる人の反応じゃん……」
「おい、止めろマジで馬鹿、お前」
平田が赤石を睨みつける。
「とも……」
暮石が珍しい物を見たような目で平田を見る。
「いや、本当に違うから! 本当に付き合ってない、って!」
「でも、赤石君……」
「こいつ、私を馬鹿にしてわざとこんな誤解されるようなことしてるだけだから! 私で遊んでるんだ、こいつ!」
「赤石君、本当?」
「……」
赤石は暮石から顔を逸らす。
「とも……」
「いや、本当だって! おい、なんとか言えよブス! 殺すぞ、お前!」
平田が赤石の胸ぐらを掴む。
「ラブアンドピース……」
赤石が力なくピースサインをした。
「意味分かんねぇから!」
「とも、死んじゃうって!」
「死ねばいいんだよ、こんなクソゴミ!」
平田は赤石を解放した。
「赤石君、一年経っても変わってないね」
「意味分かんないから」
「エンタメなんだよ、これが赤石君なりの。私たちに気を遣わせないための」
「お前、頭おかしいんじゃない? どうやったらこれがそんな風に見えるわけ? 何? こいつの信者なの?」
平田は大きなため息を吐いた。
「男のこういう調子乗ってる所本当嫌いだわ」
「駄目だよとも、主語が大きいよ」
「ゴミみたいなやつばっかだろ、こいつら。全員まとめて死んだら良いのに」
平田の言葉が、無関係の男子同級生にも刺さる。
「言ったな。もうお前の家寄らないぞ?」
「はぁ? 別に寄って欲しいとか思ったことないから」
平田が肩をそびやかす。
「お前のお母さんに、今度是非家でご飯をご一緒したいです、って言われてんだよ」
「……ちっ」
平田は舌打ちをする。
「なんであのクソババアは毎回余計なことするわけ?」
「家族ぐるみじゃん……」
暮石は怯える。
「出来上がってるじゃん」
「違う、って! たまたま家が近いだけだから!」
平田が赤石を指さす。
「引っ越しする時も、朋美の荷物の整理手伝ってくれたら嬉しいな、って」
「はぁ!? 嘘か本当か分かんねぇからって適当なこと言うなよな!」
「本当に言われたんだ、って」
赤石は釈明する。
「何なの、お前。好きなの、私のこと?」
「好きじゃねぇわ」
「私のことヒロインか何かだと思ってるわけ?」
「男をとっかえひっかえするようなヒロインがいてたまるか」
赤石と平田が睨み合う。
「人間としては愚かで滑稽で、見てて面白いと思う奴も多いかもな」
「……いや、褒めてないだろ」
平田が赤石から視線を外す。
「私の知らない一年間に、一体何が……」
暮石はわなわなと震える。
女子学生のボスだった平田は凋落し、徹底抗戦をしていた赤石と話している姿が、不思議でならなかった。
「死ね、ブス!」
平田は最後に一言、放った。




