第426話 冤罪はお好きですか? 4
「どうしたら、許してくれるの?」
暮石がおずおずと、聞く。
「どうしたって、許さないよ」
赤石は冷たい目で暮石を見る。
「赤石君」
高梨が赤石の手首を掴む。
「お前だって、俺のこと信用してなかっただろうが、馬鹿がよ」
「……」
高梨は唇を噛む。
「私は、あなたを信じてなかったわけじゃないわよ! あなたが自分を……自分自身を、軽んじてたからじゃない!」
「……」
赤石は高梨を黙殺した。
聞く価値もない、と言わんばかりに。
暮石への怒りが反転、関わる者全てに怒りをぶつけ始める。
「なんでもするから」
暮石が、赤石に請う。
「何もしてくれない奴も同じこと言ってたよ」
赤石は鼻で笑った。
「……」
よし、分かった、と暮石が小さな声で呟いた。
「うん」
暮石が赤石を見据える。
「え」
「え」
「は」
「え?」
「え?」
「……っ」
暮石が制服を、脱いだ。
制服を脱ぎ、暮石のキャミソールが露わになる。
「何してんの!?」
遂に口を開いた鳥飼が、暮石の肌を隠す。
「うひょ~~!」
霧島が声を上げる。
「止めて、あかね」
暮石が鳥飼を怒る。
「意味分かんないから!」
「止めて!」
暮石が語気を強く、鳥飼に言う。
赤石はその場で、硬直した。
「ねぇ」
暮石は鳥飼を突き放し、自分の肢体を見せつけた。
「撮っても良いよ、霧島君」
「嘘、本当に!? ラッキーーーーーー!!」
霧島はすぐさまスマホを取り出す。
「おい」
「殺すわよ」
「あっ、ちょ、ちょっと、ごめん、冗談! 冗談だから!」
近くにいた新井と高梨が霧島を取り押さえ、拘束する。
「何してるの、三葉!」
鳥飼が暮石の制服を持って、再び暮石の下に近寄る。
「来ないで、って!」
暮石が叫んだ。
「……」
赤石はただ、この眼前の異様な光景を、黙って見ておくことしか、出来なかった。
「赤石君が嫌な思いをしたのは分かるよ。分かった。うん。一年間だもんね。うん。長いよね、確かに」
誰と喋っているのか。暮石は赤石の目を見ず、一人で、話す。
「だから私もそれだけ嫌な思いをしたら、きっと許してくれるよね」
暮石は体を震わせながら、赤石に体を見せつける。
「写真、撮っても、良いよ」
暮石は、あはは、と、笑った。
幸い別棟の教室は薄暗く、カーテンで中が見えないようになっている。
だが、もし誰かが教室に入って来れば、その限りではない。
暮石の下着姿は、途端に晒される。
「……」
赤石はどうすれば良いか分からなくなり、その場に縫い付けられたかのように、暮石と対峙していた。
「あ!」
暮石がポン、と手を叩いた。
「そっか……。うん、そうだ」
暮石はそう呟きながら、赤石の下に向かった。
赤石の胸に、飛び込み、抱き着いた。
「一年間、本当に私が赤石君の面倒を見ても良いよ」
暮石が赤石の胸に、顔をうずめた。
「三葉!」
鳥飼が悲壮な表情で暮石のことを見る。
赤石の胸に飛び込む暮石のことを、凄惨な表情で、見る。
「良いよ、一年間私が赤石君の面倒を見てあげる。それなら許してくれるんでしょ?」
「……」
赤石は黙り込んだ。
「三葉! お願い、お願い止めて、三葉! それ以上、自分を傷つけないで!」
鳥飼の声に、暮石は耳も貸さない。
「お願い、三葉!!」
「一年間、赤石君の恋人になってあげても良いよ! うん。そうだ、そうだね、そうしよう! 最初からそうしたら良かったんだよね!」
暮石が赤石の胸に、人差し指で円を描く。
「赤石君も~、実はそういう経験とかないんでしょ~? 実は私もそういう経験とかないんだけど~お互い初めてだったりして~」
暮石は口を尖らせながら、言う。
「でも、一年間、赤石君のどんなエッチな頼みも、聞いてあげるよ!」
うっふ~ん、と茶化したように、暮石はポーズを取る。
「これなら、赤石君の失った一年も返って来るんじゃ、ないかな?」
「お願い、お願い、止めて三葉……」
鳥飼がその場にくずおれる。
「私と赤石君の初めての共同作業だよ!」
あはは、と暮石は快活に、笑った。
まるで昔の暮石の、ように。
冗談めかして。
「……」
赤石は暮石の手首を、掴んだ。
「何、赤石君? も~、学校なんかでそんないきなり……」
暮石は頬を染めた。
赤石は暮石に顔を近づける。
「薄汚ねぇ人間だな、お前は」
赤石は眉間に皺を寄せ、暮石をそう、なじった。
「卑怯な人間だよ、お前は」
赤石は暮石を見下す。
「俺は利害関係で成り立っている人間関係が大嫌いだ。薄っぺらな人間関係を構築してるお前らみたいな薄っぺらい人間が、大嫌いだ。さっきも言っただろ。俺はお前みたいな人間が大っ嫌いなんだよ。それを聞いた上で、そう言えば俺がお前を許すと思ったんだろ? どうせ俺はそれを望まないから、こう言えば俺が許すと、そう思ったんだろ?」
赤石は額に青筋を立て、暮石を詰める。
「それともまた俺を騙す気か、お前は? 甘いんだよ、馬鹿が。お前みたいな程度の低い人間の考えてることなんて手に取るように分かる。お断りだ、馬鹿野郎。俺の意志を軽んじて自分の意志を貫こうとしてんじゃねぇよ、クソ馬鹿がよ」
赤石はそう言い、暮石の手首を放した。
「じゃあ!」
暮石が金切り声を、上げた。
「じゃあ、どうしたら良いって言うのよ!」
暮石は赤石の眼前で、叫ぶ。
「私だって、何も考えずに一年過ごしてきたわけじゃない! 何も感じずに一年過ごしてきたわけじゃない! この一年間、ずっと楽しい思いをして生きてきたわけなんて、全然ない! 赤石君が勝手に私のことをそう決めつけるから! 赤石君の気を悪くしないように、何も否定しなかっただけだよ! なんでもかんでも、私の言うことが全部間違ってて、自分の言うことが全部正しいみたいな言い方しないでよ! 私の考えてることなんて全然分かってないくせに!」
暮石が赤石の胸を殴った。
「私だって、あれからずっと考えてた! 赤石君にああ言ってから、ずっと考えてた! 自分が悪かったんじゃないか、って考えてた! 赤石君の夢だって、この一年で何度も見たよ! 赤石君に悪いことをしたのかな、って思った! 自分がもしかしたら間違ってたのかな、って思ったよ! ずっと、ずっとこの一年間、私も考えて来たよ!」
暮石は目に涙を溜める。
「でも赤石君はくれなかった! チャンスをくれなかった! 赤石君と話すチャンスなんて、全然なかった! 私を見つけたらいつも避けて、私と話そうとなんて、してくれなかった!」
赤石は舌打ちをする。
「当たり前だろうがよ。加害者に近づくわけないだろうが。話したいならいくらでも方法なんてあっただろうがよ! 全部お前の過失だろうが」
「そうだよ! 全部私が悪かったよ! 全部私の間違いだよ! 話そうと思えたら話せたよ! 私が赤石君に話しかけなかっただけだよ! 赤石君が私を避けてたのと同じように、私だって赤石君を避けてただけだよ!」
支離滅裂。
意味不明。
まるで、議論にもならない。
「何が言いてぇんだよ、お前は」
「私だって、分かってたよ! でも、心がついてこなかったんだよ! 赤石君と話そうとしても、怖くて何も話せなかったんだよ! もうちょっとちゃんと話そうって思ったよ! もうちょっと話しあったら解決するかもしれないって、思ったよ! 私が間違えてるだけなのかもしれないって、思ったよ! 赤石君と話そうって、ずっとずっとずっとずっと思ってたよ! でも、心が、ついてこなかったんだよ! 私だって、何回も話そうとしたけど、足が動かなかったんだよ! すくんで動けなかったんだよ! 何度も何度も、赤石君と話そうとしたよ!」
暮石は居直り、赤石を責める。
「結果的に何もしてないんだから、何の意味もない。理由なんて後からいくらでもつけれるだろ」
「そうだよ!」
「何がしたいんだよ、お前は」
「許して、欲しいんだよ!」
暮石は赤石の胸に頭を預けた。
「私だってこの一年、ちゃんと悩んだんだよ……。あかねは何も話してくれないから、自分のしたことが本当に正しかったのか分からなくなったよ。途中で白波とも縁が切れて、これから私とあかねの縁も切れちゃうかもしれない、って思ったら、怖くて怖くて仕方なかったんだよ……。小さいころからずっと一緒だった私たちの縁が切れちゃうんじゃないかって、怖かったんだよ。白波がいなくなって、あかねと私の縁も段々と疎遠になっていくんじゃないかって、怖かったんだよ。だから、私は自分と向き合ったんだよ。私が悪かったんじゃないか、って考えたんだよ。赤石君とも話そうとしたんだよ。でも、駄目だった。無理だった。あんなことを言っておいて、赤石君ともう一度話そうとするのが怖かった。怖かったんだよ……。ごめん、ごめんなさい……」
暮石は静かに、呟くように、小さな声で、赤石に、そう言った。
「……嘘だね。自分の正当性を主張してるだけだ。虚構で妄言。本当は俺に対して何も思ってないはずだ」
赤石は無表情で、そう返す。
「なんで、なんでそんなこと言うの……」
暮石は恨みがましい目で赤石を見る。
「なら、上麦ともう一度仲良くしたいから渋々謝る、ってことか。こいつに謝ったらどうだ?」
赤石は親指で上麦を指す。
「違うよ! ちが……違わないけど、違うよ!」
暮石がそう、叫ぶ。
「……」
上麦はどうして良いか分からず、おろおろとしていた。
「切っ掛けが、欲しかった、だけなんだよ……。私は、赤石君と話す、切っ掛けが、欲しかっただけだった」
「……」
赤石は暮石から、一歩離れた。
「……」
赤石に体を預けていた暮石は少しよろめき、立ち止まる。
「……じゃあ」
暮石は、微笑する。
「じゃあ、もういいよ」
暮石は自身のキャミソールに手を伸ばした。
「そこまで言うなら、赤石君が負ったのと同じだけ、私が傷ついたら、許してよ!」
暮石はキャミソールを脱ぎ捨てた。
そして最後の砦である下着に、手を伸ばす。
「もう止めて!!」
暮石の背後で鳥飼が大粒の涙を流しながら、そう訴えていた。
「もう、止めてください……」
暮石と同じ姿になった鳥飼が、その場で、小さく、うずくまり、丸く、なった。
脚を畳み、額を床につけ、赤石に向かって、土下座を、していた。
「もっ、申し、わっ、わけ、ありま……せん……でした」
声を、震わせながら。
鳥飼が、謝罪、する。
「こ、このたびは、あっ、あっ、赤石さんに、たっ、たっ、多大な、ご、ご迷惑を、を、おかけして、ほん、本当に、申し訳、ございませんでした」
「……」
「……」
その場にいる誰もが、息を、飲んだ。
「ほっ、本当に、本当に、申し訳、ございません、でした……。私の、私の嘘のせいで、赤石さんの、赤石さんの、大事な、一年を奪ってしまい、本当に、本当に、申し訳ございませんでした。謝っても、許されない、私は、大きな、大きな過ちを、犯しました。本当に、本当に、申し訳ございませんでした。本当に、本当に、申し訳、ございませんでした……。本当に、申し訳、ございませんでした……」
壊れたラジオのように、何度も、何度も、何度も。
「おっ、お願いします……。お願いします。もう、本当に……許してください。お願いします、お願いします、お願いします、お願いします……」
鳥飼の悲痛な声が、漏れて聞こえる。
「……」
ああ。
「お願いします、赤石さん、もう……もう、これ以上、三葉を追い詰めるのは、止めてください。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。全部、全部……私のせいなんです。三葉は何も悪くない。三葉を騙して、白波を騙して、赤石さんに迷惑をかけて、全部、全部私だけが悪いんです。お願いします、お願いします、私は許さなくても良いから、せめて……せめて、三葉だけは……許してください。お願いします……」
ただただ、鳥飼は平謝りを、する。
「全部、全部……私の嘘のせいで、赤石さんを……追い詰めて、しまいました。本当に……本当に、私は、許されないことを……しました。私の愚かで矮小な望みのせいで、無関係の……赤石さんに、本当に、申し訳ないことを、して、しまいました。全部……全部、三葉と白波が赤石さんと一緒にいるのが、憎くて……憎くて、憎くて憎くて憎くて、嫉妬して、嫉妬して嫉妬して嫉妬して、どうにか……おかしくなってしまいそうだったんです。全部、全部私が悪いんです。全部……全部私が、悪いんです。私の愚かな嫉妬が、赤石さんを今まで、ずっとずっと追い詰めて……しまったんです」
どうしてこうなってしまったんだろう。
「お願いします。お願いします。どうか、三葉だけは……許してください。許してやってください……。三葉は、私に騙されただけの、被害者なんです。三葉も、被害者なんです……。だから、だから、もう三葉を、許してあげてください。お願いします……お願いします……」
暮石は下着一枚を残したまま、鳥飼を、見る。
赤石を、見る。
「お願いします、お願いします、お願いします、お願いします、お願いします……」
鳥飼はただただ、赤石に、請う。
「あかね……違うよ。私も悪かったんだよ。ごめんね、私も悪かったんだよ。赤石君の話を何も聞かずに、一方的にあかねのことを信じて赤石君のことを責めた、私も悪かったんだよ。あかねだけが悪いんじゃないよ……」
暮石は鳥飼の背中をさする。
「……」
「ごめんね、あかね。ごめんね、ごめんね。こんなことさせちゃって、本当にごめんね……」
「……」
鳥飼のうめき声が、聞こえてくる。
洟をすすり、震えた声が、聞こえて、くる。
肩をぷるぷると震わせて、泣きわめき、ただただ土下座する鳥飼が、そこには、いた。
寄り添って泣きわめく二人の女が、そこに、いた。
「……」
鳥飼、暮石、そして最後に赤石に、その場の視線が、注がれる。
「……俺だけが悪者扱いかよ」
赤石は吐き捨てるように、そう言った。
女の子二人を前にして謝罪させている悪者が、そこに一人、立っていた。
「なんで俺がこんな目で見られなきゃいけねぇんだよ……」
許せ、と。
これはやりすぎだ、と。
周囲の人間の圧力が、赤石に、集中する。
「……」
ああ。
なんでこうなってしまったんだろう。
赤石は一人、たった一人でその場に立ち尽くし、眼前の光景を、見ていた。
鳥飼の背中を撫でる暮石。
そして、鳥飼と暮石を可哀想な目で見る、観客たち。
「……」
そして教室でたった一人、ただ唯一誰とも心を通わせず対峙しているのが、赤石だった。
こんなことをさせるつもりじゃなかった。
泣いて謝罪させるつもりなんて、なかった。
元々、謝罪なんて欲していなかった。
許すつもりも、責めるつもりも、なかった。
ただ、赤石にとって眼前の光景は、どうでもいいものだった。
だが。
赤石は。
素直になれなかった。
相手が泣いて謝るまで、相手を責め続ける。
相手が泣いて許しを請うまで、蹴り続ける。
相手が自分に下るまで、ひたすらに、相手を、なぶり続ける。
ただ、ひたすらに、自身の、心の、裡を。
気の、赴くままに。
心の、赴くままに。
ただ。
相手を、ひたすらに。
口汚く。
罵る。
「……」
なんで、こうなってしまったんだろう。
赤石はただ一人、ただ一人、考えていた。
どうやったて、自分は人と心を通わせることが出来ない。
どうやったって、赤石は素直になれない。
敵か味方か。味方か敵か。
赤石は相手をどちらかに分類しなければ、気が済まない。
敵なら殺し、味方なら守る。
敵と認定した暮石と鳥飼には、自分に下り、泣いて謝罪させなければ、気が、済まない。
「……」
いや。
考え直す。
そんなものは、結果論だ。
結果的に相手が折れただけで、そうでなければそのまま教室から出て行っただけだ。
赤石は考え直す。
自分は悪くない。
自分は全く悪くないんだ、と。
擁護するように。
自分の主張を、守る、ように。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
鳥飼はずっと、謝り続けていた。
「許してください、お願いします、お願いします……」
鳥飼は肩を震わせたまま、謝り続ける。
鳥飼にとっては、暮石を傷つけられることが、一番あってはならないことだった。
自分のせいで友達が傷つけられている。
自分のせいで友達が心にひどい傷を負おうとしている。
暮石にそうさせてしまった自分を、鳥飼は、恥じた。
暮石にそこまでさせてしまった自分を、恥じた。
自分が、軽率な行動を取ったから。
自分が、謝らなかったから。
自分のプライドのために暮石をそこまでさせてしまったことを、そして、自分がしでかしてしまったことを、鳥飼は、恥じていた。
暮石の行動を見て、ようやく、自分がとんでもないことをしてしまったんだと、自覚した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
鳥飼はただ、謝り続けた。
「……」
赤石はため息を吐いた。
投げ捨てられた暮石のキャミソールを拾い、暮石に投げてよこす。
「もういいよ」
「……」
暮石は不安そうな目で、赤石を、見た。
また何かされるんじゃないかと、不安そうな、小動物のような、目で、赤石を、見る。
「もう、いいよ」
赤石は目を細める。
「許して、くれる!?」
「……」
赤石は小さく、ため息を吐く。
「もう、いいよ。それで」
「……」
鳥飼は、涙と洟でびちょびちょになった顔で、赤石を、見る。
「早く服を着てくれ。誰か来たらまた俺が悪者にされる」
「本当に!?」
「早く着てくれ」
「本当にいいの!?」
「早くしろよ」
「本当の本当の本当に!?」
「くどい」
暮石は服を着る。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」
「もう……いいよ」
赤石は無気力に、そう言った。
「じゃあ、もう、俺、帰るから」
「待って!」
暮石が小走りで、赤石の手を、後ろから握る。
「本当の本当の本当に!?」
「もう、いいって……しつこいな」
「また一緒に遊んでくれる?」
「機会があったらな」
「また友達って、言ってくれる?」
「機会があったらな」
「本当に私のことを、許してくれる?」
「もう、いいって……」
赤石は暮石の手を振りほどく。
「……」
暮石が赤石の背中に、抱き着いた。
赤石はどうしようも、なくなる。
「ごめんね、本当に、ごめんね……」
「……」
暮石に何を言われても、面と向かって気持ち悪い、と言われた時の感覚は、頭に焼き付いている。
欲しい時に欲しい言葉を、言ってもらえなかった。
信用している友達だと思っていた人に裏切られた。
肝が冷えるような。
心臓がぎゅっと掴まれるような。
脂汗が出ることを自覚できるような、あの時の感覚は、ずっと現実的なものとして赤石に、ねったりと、澱のように、粘ついて、付着していた。
「……」
暮石を見る。
もしかしたら上麦と仲を取り戻すために、思ってもいないことを言っているだけなのかもしれない。
どうせ自分からは何も差し出すことなく、自分の行為は誰かが止めてくれる、と期待しただけの、ただただ我欲で動いている、薄汚い人間なのかもしれない。
どうせこいつも、霧島からの動画の提供がなければ、謝罪することも会話することもなく、高校生活を終えていたのだ。
そう思うと、どうしても、暮石に対して怒りが、こみ上げてしまう。
「……」
だが、赤石は、断れない。
自分に対する好意を振りほどくことが、できない。
たとえそれが虚構で、上っ面なものであったとしても。
どんなにこっぴどく、手痛く傷をつけられても、好意を示されれば、赤石は断ることが出来ない。
赤石は、弱い人間だった。
自分に対する好意は結局のところ、受け入れてしまう。
自分に対する好意を振りほどくことも、自分に対してひどく接してきた人間のことも、結局は最終的に、許してしまう。
赤石は、人間が嫌いだった。
そして同時に、人間を愛しても、いた。
どうしようもない。
二律背反。
弱く、頭の悪い、愚かで、扱いやすい、どうしようもない、一人の、人間だった。
「……じゃあ」
赤石は教室を出た。
「絶対だよ!」
暮石は赤石の背中に、そう言う。
「……」
赤石は無言で、そのまま、歩く。
どこに行くでもなく。
ただ、歩く。
「……」
赤石の後ろから、誰かがついて来ていた。
「……」
八谷が静かに、赤石の背後について来ていた。
「頑張ったね」
八谷が赤石の頭をポンポンと、撫でた。
「……」
赤石は八谷の手を振りほどき、そのままどこへ行くでもなく、歩き続けた。




