第425話 冤罪はお好きですか? 3
「去年と今の俺を、お前らは見たことがあるか?」
赤石は尚も言い募る。
「ひどい目に遭ったよ、お前らの……お前のせいで」
赤石は鳥飼を見る。
「一年間だぞ。一年間、俺は耐え続けたんだよ。お前の軽率な発言のせいで、俺は一年間も囚われ続けたんだぞ。なぁ、分かってんのか?」
「……」
「高校三年の一年は大きいよ。俺にとっても、俺じゃない誰かにとっても。お前がどんだけ謝ったって、千の言葉で取り繕ったって、俺の一年はもう返ってこないよ。完全に失ったんだよ、俺は高校三年の一年間を」
「……」
「お前は俺のことを少しでも思ってくれたか? この一年、お前は少しでも俺のことを考えたか?」
「……ちょっとは、考えたよ」
暮石がぼそ、と呟いた。
「ちょっとお前らが頭を下げたからって、俺が簡単に許すと思うか? 返せよ。俺の一年、返せよ!」
「……」
赤石はヒートアップする。
「これからも一緒に遊ぼうね、だなんて言ってだろ、お前」
「……」
「お前が俺を裏切ることなんてないって言ってただろ、お前」
「……」
「何かあったら俺の味方をしてくれるんじゃなかったのかよ」
「……」
「どんなことがあったって、俺のことを信じてくれるんじゃなかったのかよ」
「……」
暮石は、何も、言わない。
「俺はお前のことを信じてた! お前に何かあったら手を貸そうって、思ってた! お前が苦しんでたら一緒に苦しんで、お前が困っていたら肩を貸して、お前が誰かに恨まれるようなことをしたら、一緒になって謝ってやろうって、思ってた! 俺は、思ってたよ! お前のために俺自身が……俺が一緒になって怒られてやろうって、思ってたよ! お前のことを、俺はずっと信じてたよ! 大切だって、思ってた! お前のことを大切だって、心底思ってた! 信じてた。お前との縁を、失いたくなかった! ずっと、これからも大切にしようって、ずっと、ずっとずっとずっとずっと思ってたよ!」
「……」
熱が、入る。
「絶対に俺のことを裏切らないって、思ってた! 絶対に俺と、俺たちと一緒にいてくれるんだって、思ってた! 楽しいことがあれば共有して、悲しいことがあれば笑い飛ばしあって、苦しいことがあれば協力して、これからも……この先も、ずっとずっと、そういう関係が続いていくんだって、信じてたよ!」
「……」
赤石は叫ぶように、かすれた、声を、なんとか、絞り出すように。
「ずっと、そうなるって……信じてた……」
赤石は目尻を拭う。
「なのに……なんだよ、お前……」
気持ち悪いよ。
未だに、暮石に言われた言葉が、鮮明に脳裏をよぎる。
「お前を……」
赤石は暮石を指さした。
「お前を……お、お前のことなんて……信じるんじゃ、なかったよ……」
赤石はがっくりとうなだれた。
「信じてたよ」
「……」
赤石は肩を震わせる。
「友達だって、思ってた。俺の話を少しでも聞いてくれるって、思ってた。あの時も、あれからも、ずっとお前とは仲良くやっていけると、思ってた……。思ってたよ……」
「……」
暮石がバツの悪そうな顔で唇を噛む。
「でも……赤石君は全然そんな風に見えなかったよ」
「お前っ……」
赤石は目を見開く。
そして、やはり、うなだれる。
「もういいよ。お前を信じた俺が馬鹿だった。人間なんて、所詮こんなもんだったよ。信じれば裏切られて、依存すれば切られる。窮地に陥れば踏みつけにされて、相手の得にならなければ交流もなくなる。人間関係なんて所詮、利害関係で付き合っているだけの薄っぺらな関係にすぎなかったんだよな。そうだな。そうだよな。俺が、馬鹿だったよ」
赤石は自分に言い聞かせるようにして、つらつらと言葉を述べる。
「暮石三葉、お前なんかを信じた、俺が馬鹿だった」
「……」
赤石は暮石に背を向け、とぼとぼと歩き出す。
「許して、くれる!?」
背を向けた赤石に、暮石が叫ぶ。
「許さないって、言ってるだろ」
「どうしたら許してくれるの?」
「一年間、お前らが甲斐甲斐しく俺の世話でもしてくれたらいいんじゃないか」
ふっ、と自嘲気に、赤石は嗤う。
「なっ……」
暮石は視線を外した。
赤石はそのまま暮石に背を向け、帰る。
「あっ、赤石君だって、悪かったと思う!」
「……」
暮石はそう言い放った。
「赤石君だって、悪かったと思う! 皆の前であんなこと言って、赤石君だって、悪かったと思う!」
「……」
赤石は光のない目で暮石を見る。
「そうだな……。そうだ、俺も悪かったよ。だからもういいだろ」
赤石はため息を吐いた。
「お互いに許さない。これからもお互いを憎しみあって生きていく。それでいいだろ。人間関係なんてあやふやなもんだ。どうせこれから先お前らと会うことなんて一生ないんだから、許そうが許さなかろうがどうでもいい」
目の前の二人のことが、もう、どうでも良くなった。
いや。
そう、思いたかっただけなのかも、しれない。
自分の気持ちに蓋をしただけかも、しれない。
「あかねがやったことも、ちゃんと皆に教えるから」
「良いよ、そんなことしなくても。終わった問題だよ。今さら真実が分かったって、俺は何も得をしない。そいつが嫌な目に遭うだけだ」
今度は鳥飼が人間の悪意に、さらされることになる。
無駄な被害が出るだけだ、と赤石は考えた。
あるいは。
そのことについてまた何か聞かれるのが面倒になっただけなのかも、しれなかった。
「断罪しようなんて気はない。真実を知らしめてやろうなんて気もない。広く皆に訴えるんだ、なんて気もなければ、もう終わったことだからどうでもいい」
「でも、これから赤石君と関わる人が……」
「お前ともそいつとも、あるいは他の奴らとも、高校を卒業してから関わることなんてないだろ」
「でも……」
許してほしかった。
話を続けて欲しかった。
ただ、相手に許しをもらうための、理由が、欲しかった。
暮石はただ、赤石に許しをもらいたい、だけだった。
「いい加減にしなさいよ、あなた」
高梨が割って、入って来る。
「赤石君にだって悪かったところはあるはずよ。もういいじゃない、許してあげたら。仲良くしなさいよ」
「無理」
「赤石……」
上麦が潤んだ瞳で赤石の裾を掴み、懇願するように上目遣いで見る。
「お前の頼みでも無理」
取りつく島も、なかった。
「何もかもは彼女のせいじゃなかったはずよ。あなた自身の責任だって大きいわよ。あなたが喧嘩なんて売らなかったら、こんなことにはならなかったじゃない!」
高梨が赤石を叱る。
「頭では分かっていても、心は納得してない。なんでもかんでもあいつらのせいに思える」
「……馬鹿!」
高梨はそうとしか、言えなくなった。
「そもそも、そこのそいつも納得してないだろ」
未だに何も喋らない、鳥飼を見た。
「そいつはお前らを失いたくないからあんなこと言ったんだよ。当の本人のお前らが俺なんかと和解したら、一体俺がどんな目に遭うか分かったもんじゃない。いつか刺し殺されかねない。よく見てみろよ、そいつのこと」
鳥飼は眉間に皺を寄せて、赤石を睨む。
「私からも言った。話した。ずっと。長い時間、話したよ。あかねがそんなこと思ってるなんて、思わなかった。私は……ううん、私たちは、あかねがそんなこと思ってるなんて、考えもしなかった。私たち自身にも、悪い所はあったんだよ……。ずっとそばにいたのに、あかねのことをずっと軽んじてきた。私たちが招いた問題でもあるんだよ……」
「……」
暮石と上麦はうつむいた。
「もう……いいよ、どうでも……」
ただ、悲しかった。
赤石は握りしめた拳も、怒気も、悲しみも、なにもかも、ぶつける先がなくなって、ただただ、うなだれて、いた。




