第424話 冤罪はお好きですか? 2
赤石たちは鳥飼を見る。
赤石は近くにいる霧島に水を向ける。
「どうやって撮ったんだよ、こんなもの」
「うん?」
付近に霧島の姿は、見当たらなかった。
「どうやって、って悠人君を背後からつけて、だけど」
「……」
納得が、いかなかった。
いや、納得のいっていないフリをしているだけなのかもしれない。
暮石と面と向かって話さないといけないこの状況を回避するためだけに、霧島に水を向けているだけなのかもしれない。
「しいて言えば、悠人君に渡したペンがあるじゃない。あれで盗撮してた」
「……」
「わけではなく、普通にスマホで撮影してたよ」
霧島はスマホを取り出した。
「そんなもの持ってるわけがないし、そもそも持ってても学校に持って来るわけないじゃないか」
あはは、と霧島は笑う。
「でも僕が悠人君にペンを渡したじゃない?」
「……ああ」
「悠人君自身も、もしかしたらこれは録画できるペンだ、って思ったんじゃない?」
「そんなわけないだろ」
「微塵も?」
「微塵も」
と、言い切って良いかどうかは分からなかった。
「……まぁ、それならそれでもいいかな。悠人君も、録画機能付きのペンが付いてると思って、大胆な行動をしてくれると思ってさ。結局、結果的にそうなったわけだし」
「……」
録画機器を持っているから、自分が大胆なことをしても、誰かが証明してくれる。自分が悪くないことを、誰かが証明してくれる。
他者に大胆な行動をさせるがための、ブラフ。
まるで霧島の意図とは違った動きとなったが、結果的には、霧島の思い通りの行動を、していた。
果たしてそれを意識していたのかしていなかったのか、赤石本人にも、分からない。
「とはいえ、録画機能があるわけじゃないからね。僕が普通にスマホで撮影したんだけれど」
霧島はスマホをぷらぷらとさせる。
「そんなデータ持ってたなら、もっと早く出してくれたら良かっただろ。そうしたら、こんなにこじれることもなかった」
「あははははははははははははははは!」
霧島は腹を抱えて、笑う。
「僕がそんなことするわけないじゃないか、悠人君」
霧島は涙を拭う。
「そんなすぐに発表しちゃったら、面白くないじゃないか」
「俺は一年間も面白くない日々を過ごしたんだが」
「君が面白くなくても、それを端から見ている僕は面白かったんだよ」
こいつ、新井のことも葉月のことも、全て分かった上で、面白いから、という理由で何もしなかったんじゃないだろうな、と赤石は疑いの目で見る。
「もう最後だから、一年間楽しませてもらったことだし、こうやってあかねちゃんが断罪されるシーンを見て新たに楽しもうかな、って思ったわけ!」
霧島が指を鳴らした。
「……」
霧島の発言で、再び鳥飼に視線が注がれる。
霧島の是非については、もう赤石にはどうでも良かった。
「ほら、あかね」
暮石が鳥飼の背中を押す。
「赤石君にごめんなさいしよ、あかね」
「……」
鳥飼は不貞腐れた顔で、赤石を睨みつける。
「ごめんね、赤石君」
暮石が鳥飼の頭を掴み、頭を下げさせる。
そして暮石も、頭を下げる。
「ごめんね、赤石君。あかねのせいで……」
「……」
暮石は頭を上げた。
「あかねも悪気があってやったわけじゃないと思うからさ。私たちのことを思ってやったことだと思うから。私も、あかねも謝るからさ、許して、欲しいんだ、赤石君」
暮石が上目遣いで、赤石を見る。
「……」
「赤石」
上麦が赤石の裾を掴む。
高梨たちは、ただ傍観する。
「ごめんね、赤石君。赤石君が望むなら、土下座もするからさ」
暮石が床に膝をつく。
「ほら、あかねも」
暮石が鳥飼の肩を掴み、床に膝をつかせる。
「もう高校も卒業だしさ。最後は私たち、笑って卒業したいからさ……。本当にごめんね、赤石君。私が勘違いしたせいで……」
「……」
鳥飼はそれでも、口を開かない。
「何回土下座したら、許してくれるかな?」
「……」
赤石は暮石と鳥飼を、見る。
見下げる。
「いや」
赤石はようやく、口を開いた。
そして。
「許さねぇよ」
一言、そう、呟いた。
「一回の土下座じゃ……駄目かな?」
あはは、と暮石は頬をかく。
「土下座なんてしなくて良い。むしろして欲しくない。俺がお前らを許す口実を、お前らに与えたくない」
「赤石……」
上麦が赤石の裾をぎゅっ、と掴む。
だが。
それでも。
赤石は、止まらない。
「許すのが美徳だとか、友達なら許すべきだとか、人の過ちを看過できる器量を持てだとか、そんな綺麗事を聞いてもなお、やっぱり、俺は許す気にはなれないね」
「……」
「立ってくれ」
暮石は暗い表情で、鳥飼はそのまま赤石を睨んだまま、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね、赤石君。何が……何が、駄目、かな? わたし、私、あやまるから……謝るから、赤石君ともう一回仲直く、したいな」
「俺はしたくない」
赤石はつっけんどんに突っぱねる。
「悪いことをしても謝ったら許してもらえるだとか、土下座をしたら許してもらえるだとか、誠心誠意謝れば通じるだとか、心に訴えかければ必ず響くだとか、そんな言葉は聞きたくないし、別に求めてない。仲直りをする必要だってあるとは思えない」
「赤石君……」
暮石は心底見下した表情で、赤石を見る。
「私があの時勘違いをしちゃったのはごめんなんだけど、でも、赤石君も歩み寄ってくれたら、嬉しいな、って思ったりするかな……」
暮石はおずおずと、意見する。
「歩み寄れって――」
赤石は鼻で笑った。
「お前らのせいで俺がどんな目に遭ったか分かってんのか?」
「……」
暮石たちは、何も言わない。
「お前らのせいで俺の三年目、どんな生活になったか分かってんのか。全部お前らが……お前が切っ掛けなんだよ、鳥飼。さっきから何も言ってねぇけど、どうせ悪いとも何とも思ってねぇんだろ。謝罪はパフォーマンスか何かだと思ってんだろ」
赤石は鳥飼に詰め寄る。
「赤石君……!」
「お前だってクラスの前で気持ち悪いとかよくよく抜かしてくれたもんだな、えぇ、暮石よ?」
「……」
暮石は唇を噛んだ。
「なんで俺がお前らを許さないといけないんだよ。お前らは自分のしたことに責任を持ってんのか? 自分たちがやったことを自覚してるのか? なんで俺がこんなことを言ってるか分かってるのか?」
赤石は声を震わせながら、訴える。
「俺は……俺は、お前を信じてたのによ、暮石」
肺から絞り出すようにして、赤石は暮石を、刺した。
「何がずっともだよ、何が一生友達だよ、お前。よくもまぁ、思ってもいねぇことがあんなポンポンポンポン出てくるもんだな、お前は」
「……」
暮石は鳥飼を支えたまま、うつむく。
「あの時は、本当にそう思ってたから」
「将来簡単に心変わりするような奴が絶対だとかずっとだとか、偉そうに強い言葉を使ってんじゃねぇよ、なぁ。元来の嘘吐きか、お前は? 人に嘘を吐くために生まれて来たのか? 自分で何も保証出来ねぇなら、ポンポンポンポン人を期待させるような言葉吐いてんじゃねぇよ。あの時はって、なんだよ。自分の吐いた嘘を正当化しようとしてんじゃねぇよ」
「……」
暮石は静かに、耐える。
耐え続ける。
「赤石君」
高梨が割って、入って来る。
「赤石」
上麦も、割って入ってくる。
「言いすぎよ、あなた」
高梨が赤石の肩を掴んだ。
「俺は言いすぎで、こいつらは言いすぎじゃないのか? 俺は間違ってて、こいつらが正しいのか? 俺はそうは思わないね」
赤石は暮石たちを指さす。
「……」
暮石たちは、ただ、黙り込む。
「黙ってねぇで何とか言えよ」
「……」
暮石たちは、ただ、黙って、聞いていた。




