第423話 冤罪はお好きですか? 1
「大変だ、大変だ~~!」
翌日の休憩時間に、赤石の下に霧島がやって来た。
「なんですの?」
花波が赤石の前に立ち、話を聞く。
「てぇへんだ、てぇへんだぁ!」
霧島はわざとらしく、肩で息をする。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「早く言ってくれませんの?」
霧島は肩で息をしたまま、親指を立てる。
「裕奈ちゃんは今日も可愛いね」
「そんなことを言いに来ましたの?」
花波は眉を顰める。
「いや、そうじゃなくて」
霧島は赤石を捉えた。
「悠人君あてに、こんなものが……!」
霧島は赤石に手紙を渡す。
「ラ、ラブレター!?」
霧島は自分で渡し、自分で驚く。
「お前が書いたんだろ?」
近くにいた黒野、新井、八谷が集まって来る。
「違う違う! 三葉ちゃんから!」
「……」
赤石は沈黙した。
暮石三葉、元友人。
クラスメイトの前で気持ち悪いと言われた、思い出したくもない記憶のある、元友達。
「じゃあラブレターじゃないことだけは確かだな」
赤石は霧島に手紙を返した。
「そうかもしれないじゃん! 見てあげるくらいしなよ! 女の子が必死の思いで書いた手紙を読まずに返すなんて、男の風上にも置けないわ、悠斗さん!」
霧島がハンカチを噛むようなジェスチャーを取る。
「どうせずっとお前が嫌いでした、とか書いてあるんだろ。見なくても分かる」
「悠人君は卑屈だなぁ」
「これまでの経緯から導き出した、非常に可能性の高い推測だ」
「大事なことかもしれないじゃあないか。ほらほら、早く」
霧島は再び赤石に手紙を渡す。
赤石は渋々ながら、手紙を開いた。
『今日の昼休み、別棟の空き教室で』
それだけ、書いてあった。
「……」
赤石は霧島を見る。
「暮石に伝えたのか?」
「え、駄目だったのかい?」
「……」
いつも昼食を取っている場所を、霧島が知らないわけがなかった。
「いや、そんなことはない。行って来る」
「やっぱりラブレターじゃないか!!」
霧島は興奮しながら叫んだ。
「違う違う。用件は分からないけど、行って来る。そこが俺の死地になるかもしれない」
「そんなことを手紙でポンポン伝えるわけないじゃないか」
霧島がやれやれ、と肩をそびやかす。
「私も行きますわ」
「僕も行かせてよ」
「まぁ俺一人って書いてないし、いい……のかな」
赤石は手紙の表と裏を見たが、同様の記載はなかった。
「ドレスコードは大丈夫か?」
「逆に赤石さんは大丈夫ですの?」
「俺自身がドレスコードみたいなもんだから」
「早く行けや」
平田が赤石の足を蹴った。
「きったな」
赤石は制服のパンツについた足跡を払う。
「お前来世覚えとけよ」
「滅茶苦茶先の話じゃん」
赤石たちは別棟の教室へと向かった。
「……あ」
「あ」
別棟の教室の扉を開くと、暮石、鳥飼、上麦、高梨がその場にいた。
「なんでそんなに……」
暮石が動揺する。
「ほら、だからラブレターだ、って言ったじゃないか!」
霧島が赤石を小突く。
「だとしたら相手側も多すぎだろ」
「女の子の告白って、いっぱい他の女の子いるもんだから」
「なんだその知らないあるあるは」
赤石は教室の中に立ち入る。
「お前……」
赤石は上麦と目を合わせた。
「赤石」
上麦がとことこと歩いてやって来る。
やはり縁を切った、というのは嘘だったか、という気持ちと、本当に縁を切っていなくて良かった、という安心感が半々で襲って来る。
「今日、久しぶり、会った」
「……そうか」
縁を切った、という点については嘘ではなかった。
「赤石……」
上麦が赤石の背中を押す。
「押すな押すな」
「赤石君~! こっち向いて~!」
「推すな推すな」
霧島の軽口に答える。
「赤石君」
「……ああ」
赤石は暮石と対峙する。
暮石の後ろには鳥飼が控え、高梨と上麦が赤石の後方に控える。
「久しぶりだね、赤石君」
「クラス変わったからな」
赤石は平常心を保つように努めながら、話す。
今でも暮石と対峙すると、唐突に気持ち悪いとなじられるのではないか、と気が気ではない。
「元気だった?」
「俺に元気な時なんてない」
「そっか……」
「……」
要領を得ない会話が続く。
「お前は」
「私は……うん、元気だったよ」
さぞかし楽しい三年生を過ごしたのだろう、と赤石は心中で悪態をつく。
「今日は赤石君に言いたいことがあってね」
「……ああ」
赤石は一歩、後退する。
「……」
暮石は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……?」
赤石は頭を下げた暮石に、恐怖を感じる。
「何が?」
「今までの、全部」
「……」
何故こんなタイミングで謝罪をさせられているのか、理解が出来ない。
何のために、何をもって、そんなことをしているのか。
「なんで?」
「……」
暮石がスマホを取り出した。
そして、その暮石のスマホには、
『何故ならお前にとっての友達は、所詮お前の妄想したまがい物だからだ』
赤石の発言と同時に、鳥飼が赤石の腹に蹴りを入れた動画が、映っていた。
赤石はそのまま右頬を殴られ、腹を蹴られ、華奢な体はそのまま壁に激突した。
鳥飼から乱暴される様子が、映っていた。
「これ……」
赤石と鳥飼に何があったか正確には知らない高梨たちが、目を丸くする。
鳥飼が体育倉庫の扉を閉め、そこからは音声だけの動画となる。
くぐもった音声が、聞こえてくる。
『自分が嫌われてでも相手を諫めるだけの勇気を持て』
その後、赤石の悲鳴と共に大きな衝撃音が聞こえてくる。
「……」
「……」
「……」
「……」
その場にいる誰もが、黙って、動画を見ていた。
『そ、そういう感じ!?』
暮石が、登場する。
暮石はそこで動画を再生し終え、スマホをしまった。
「……」
「……」
そんな動画が、あるとは思っていなかった。
「霧島君から、この動画が送られてきて」
暮石がぼそ、と呟いた。
「……」
赤石は霧島を見る。
霧島はピースサインをした。
「いつから撮ってたんだ?」
「いつからって、最初からだよ」
「途中で止めてくれたら良かっただろ」
「あははは、無理だよ赤石君。僕は見ての通り超虚弱体質」
霧島は両腕を広げて見せる。
お世辞にも、たくましいとは言いづらい体つきである。
「赤石君くらいの筋骨隆々ならともかく」
「誰がだ」
「僕みたいな虚弱体質の人間が割って入って行ったって、あかねちゃんにボコボコにされて終わってただけだよ」
全員の厳しい目が、鳥飼に集中する。
「その点、逆に証拠を撮影していた僕に感謝するべきだね、悠人君は」
「今さらすぎるだろ……」
その場にいる誰もが、剣呑な目で、鳥飼を、刺していた。




