第422話 卒業前はお好きですか? 6
「どうしてわかったんだい?」
霧島がニコニコしながら赤石に聞く。
「別に」
赤石は霧島と対峙する。
「声をかけたらたまたまお前が出て来ただけだ」
「あっちゃ~。悠人君の策にしてやられちゃったなぁ~」
霧島はぺし、と自身の頭を叩く。
「つけてたのか?」
「いかにも! 悠人君が急に歩き出すもんだから、そりゃあつけさせてもらったよ」
「悪趣味な奴だな」
赤石は学校の中に入った。
「それにしても、まさか冬華ちゃんがあんな恐ろしい女の子だったなんてなぁ~」
霧島はスマホを見ながら恐怖に怯える。
「怖すぎて撮影しちゃったよ」
霧島のスマホには、葉月と赤石の一連のやり取りが記録されていた。
「お前は」
お前は。
「お前は、一体いつから、どこまで知ってたんだ?」
「うん~?」
霧島がにっこりと小首をかしげる。
「買いかぶりすぎだよ、悠人君。冬華ちゃんのことだって、僕はついさっき知ったばかりさ。僕は何も知らないよ」
「……そうか」
きっと、霧島はずっと前から知っていたんだろう。
葉月のやり口はあまりにもお粗末で、情報を統制できているとは、言い難い。
霧島が知らないと考える方が、おかしいだろう。
ただ、そのやり口を知った上で、わざと、泳がしていたんだろう。
そっちの方が面白いから。
そっちの方が面白いことになりそうだから。
霧島の行動原理はいつも単純で、ただ、一つの思想にのっとって動いている。
面白いか、面白くないか。
「どうしようか、これ?」
霧島は赤石に尋ねる。
どうしようか。
葉月の動画を流出しようか、止めようか。
「止めてやってくれ」
面倒なことになりそうだと直感した赤石は、そう答えた。
「いいのかい? 皆を……恭子ちゃんを、由紀ちゃんを、平田さんを毒牙にかけた張本人なんだよ」
「ああ」
赤石は肩で風を切る。
「何より、誰の何を持ってるか分からないからな」
「あぁ~」
霧島は膝を打つ。
葉月を刺激したら、誰に何が当たるのか分からない。
「お前の動画とかもあったりしてな」
「勘弁してほしいよ、全く。僕なんて、ギリギリで生きてるんだから」
「もっと余裕持って生きろよ」
「悠人君も写真渡されてたでしょ。あれヤバい写真だったんじゃ?」
「俺はいいが……」
新井がどうなるか、分からない。
「ま、僕もそこまで可哀想なことはしないさ。いいよ、黙っててあげる」
霧島が赤石の肩に腕を回す。
「ねぇ、非モテ連盟、同士よ」
「まだその設定生きてたのかよ」
赤石は霧島の腕を引きはがした。
「あとちょっとの高校生活、大いに楽しもう!」
「そうだな」
うおおおおおぉぉぉ! と言いながら、霧島はそのまま駆けて行った。
「廊下を走るな」
霧島は小走りでそのまま去った。
「……はぁ」
赤石はその場で立ち止まり、外を見た。
天気は晴れ。それも、快晴。
鳥の鳴き声や葉擦れの音が、耳に心地よい。
「あっ!」
暫くして、女子生徒がやって来た。
「やっと見つけた……」
女子生徒、八谷は赤石の隣にやって来た。
「……」
「……」
八谷は隣にやって来たまま、何も話さない。
八谷と赤石は二人、外を眺めている。
「何かあった?」
「……そうだな」
八谷が口を開いた。
「そう……」
「そう」
「……」
「……」
それ以上、何も追及して来なかった。
何かを聞いて欲しい、という感情と、何も話さないで欲しい、という感情がない交ぜになり、赤石は複雑な表情を湛える。
「家」
「家?」
八谷は赤石にスマホの画面を見せた。
「家、決めた?」
「あぁ」
八谷は既に、合格後の賃貸マンションについて、調べ始めていた。
「何も考えてなかったな」
「早くしないと借りれる家どんどんなくなっちゃうわよ」
「でもまだ受かってるか受かってないか分からないだろ」
「でも調べとかないと」
八谷はスマホに目が釘付けになる。
「ってか、賃貸に住むか住まないか微妙な距離じゃないか?」
「私は全然住もうと思ってるけど」
「あぁ、そう。同じ県だし、人によるかもな」
北秀院は家から通えば遠いが、かといって通えない距離ではない。
絶妙な距離感が、あった。
「一人暮らしとかして、一人で生活できるようになりたいし」
「へ~」
「それに、一人で住めば自由だし」
「そうだなぁ」
そういう一面もあるか、と赤石は思った。
確かに一人暮らし、悪くないかもしれないな、と赤石はぼんやりと思う。
「ね、ねぇ、今度一緒に家探ししない?」
「あぁ~……」
微妙なところだった。
後期試験への勉強をするべきか、受かったと信じて家探しをするべきか。
「いや、もうちょっと勉強してみる」
「そ……っかぁ」
八谷は悲しそうな顔で笑った。
「赤石は北秀院受かったら一人暮らしする?」
「する……かもなぁ」
何より、赤石自身も一人暮らしに憧れがあった。
「二人とも受かったら、授業終わりに一緒にお酒飲んだりしない?」
「そうだな」
「でさ! でさ! 一緒に家でバラエティ番組見てタコパとかしちゃったりして!」
「ああ」
「それでね、それでね、絶対こんなのないでしょ、とか二人で笑いながらテレビに突っ込んだりするの」
「楽しそうだな、お前」
はしゃぎながら話す八谷を見て、赤石は薄く笑った。
「ご、ごめん」
八谷は顔を赤くして黙り込む。
「いや、いいよ。未来の楽しいことを数えながら、俺たちは生きていくんだよ」
「赤石も楽しそうって思う?」
「そうだな」
「大学って授業とか少ないらしいからさ! 夏休みとか、皆呼んで家でゲームしたり!」
「楽しそうだな」
「須田君とか皆呼んでさ!」
「いいなぁ」
赤石もぼんやりと夢想する。
そんな未来があれば、確かに楽しいかもしれないなぁ、と。
「で、赤石が意外にお酒強くて、私がすぐ酔っぱらっちゃったりしてさ!」
「どうだろうな」
「それでね、私が赤石の家で戻しちゃったりしたらどうする!?」
八谷が楽しそうに、話す。
「トラウマにならないように何もなかった、って言うだろうな」
「あはははは、楽しみ~」
八谷は足で小さなステップを踏む。
「じゃあさ、じゃあさ、二人で大学受かったら、絶対今のしようね!」
「ああ」
「指切りして」
「指切り指切り」
赤石は空で指を切る仕草をする。
「小指出して」
「なんでこんな年になって本気の指切りしないといけないんだよ」
「指切りげんまんね! 指切りげんまん」
「そんなことできるか」
赤石は指切りを拒否した。
「ケチ!」
八谷は赤石を蹴る。
「蹴るな」
「自業自得でしょ」
八谷は不機嫌に鼻を鳴らした。
「……」
「……帰るか」
赤石は教室に戻る。
「あとちょっとね、高校」
「そうだな」
赤石たちは二人、教室へ戻った。
そしてその夜――
「まぁ最後だしね~」
霧島は自宅で一人、スマホを触っていた。
「これは楽しみなことになるぞ~!」
一人、けらけらと、笑っていた。




