第418話 卒業前はお好きですか? 2
「久しぶりやな」
「ああ、久しぶりだな」
「久しぶりでござるな」
「久しぶりだな」
赤石は三矢、山本と他愛もない雑談を交わす。
「それどこに売ってましたの?」
「パンは?」
「この人数で写真撮るわけ?」
「学校ってあと何日あるんだっけ?」
「何すんねん、お前」
「やかましいわね」
一気に人が増え、騒がしくなったため、赤石は集団から離脱した。
「……」
赤石は廊下に出て、学校の中を探検し始めた。
三年間、特に何とも思っていなかった学校ではあるが、いざもう来なくなると思うと物悲しいものもあるな、と思う。
「待って」
「……?」
赤石の後方から、声がした。
「どこ行くつもりよ?」
「あぁ」
髪を乱した八谷が、追いかけて来ていた。
「ちょっとお花を摘みに」
「嘘」
「散歩」
あっさりと看破された赤石は正直に答えた。
「……」
「……」
赤石と八谷はお互いに黙り込む。
「見たわよ」
「?」
「北秀院で」
「あぁ」
赤石と八谷は、共に北秀院大学を受験した。
二次試験は須田と二人で行ったため、現場で何人かの同級生と会ったが、多くは会話しなかった。
お互いにベストな環境に身を置いて受験しよう、という赤石の提案で、それぞれがそれぞれで受験することとした。
赤石、須田、三千路、八谷、黒野、船頭。
赤石の知るうちの数人が、北秀院大学を受験していた。
「受かると良いわね」
「あぁ」
「私も受験してたんだけど、見た?」
「あぁ」
「同じことばっかり言わないで」
「……あぁ」
受験が終わったからか、どことなくいつもより快活な八谷を見て、赤石は薄く笑った。
「今は少子化だからどこの大学でも名前書いたら入れたりな」
「そんな甘くないわよ、人生」
「……そうだな」
赤石と八谷は二人、ゆっくりと廊下を歩く。
「大学」
「……」
「大学一緒に入れたら、どうする?」
「……」
八谷の質問に、赤石は怪訝な目をする。
「どうする?」
「うん」
「どうするも何もないだろ。どうもしないしどうにもならないだろ」
赤石は頭に疑問符が浮かんだまま、答える。
「遊んだり」
「ああ」
ようやく八谷の言っている言葉の意味が分かる。
「まぁ、お前がそれを願うなら、な」
「……嫌な言い方」
八谷はそっぽを向く。
「男子大学生なんかゴミみたいなもんなんだから、人に物申す権利ないだろ」
「またそうやって自分を卑下する」
「別に卑下してない。客観的な観測だよ」
「客観的でも、自分のことを悪く言うのは良くないわよ」
「良くても良くなくても、事実は認めないといけない。事実を認めないと、成長できない」
「そもそも、男子大学生がゴミなんてことないわよ」
「どうだか。男子大学生なんかほとんど悲惨な学生生活送ってるもんだけどな」
赤石はつん、とする。
「見たことないじゃない」
「伝聞の量が他の比じゃないだろ」
「赤石だって、ゴミなんかじゃ、ないわよ」
「どうだか」
赤石はふん、と視線を逸らした。
「じゃあ私が誘ったら遊ぶのね」
「時と場合による。状況次第」
「何もなければ?」
「そうだな」
赤石は立ち止まり、外を見た。
鳥が二羽、電線に止まっている。
赤石は窓を開け、のんびりと空を眺めた。群雲がゆっくりと、ゆっくりと動いている。
「やりたいことは、ある?」
八谷は話しを途切れさせないように、続けて赤石に聞く。
「大学に入って?」
「うん」
「なんだろうな……」
改めて考えると特にないな、と思った。
「お前は?」
「遊びたい」
「はは」
赤石は目を線にして笑った。
「そうだな。勉強ばっかりだったもんな、この一年」
赤石は目尻を拭う。
「大学は人生のモラトリアムって言うからな。人生で最も楽しい時期が来ると考えると、少しばかり気分も浮かぶかもしれないな」
赤石は上機嫌になった。
「赤石の家とか、行っていいかしら?」
八谷がおずおずと尋ねる。
「一人暮らしになる可能性もあるからなぁ」
同じ県内ではあったが、実家から大学までが遠いため、受かった場合は一人暮らしになるかもしれなかった。
「いいじゃない、一人暮らしでも。私も一人暮らしになるかもしれないし」
「あぁ、そうなのか」
「それで、どうせ卑猥な本でも隠すんでしょ」
「昭和の男子中学生じゃないんだから」
と返すとともに、八谷がこんなことを言うのは意外だな、と赤石は少し面食らった。
「パンチシスターズでもしましょ、家で」
「パンシスなぁ」
世界で大流行している家庭用ゲームの名前が出る。
「やぁやぁやぁ、お二人さん」
赤石と八谷が外を見ている所に、一人の男子生徒が会話に入って来る。
「ご機嫌いかがだい、悠人君?」
にやにやとしながら、霧島がやって来た。
「ご機嫌いかが、じゃないだろ」
「おやおや。折角受験も終わったというのに、悠人君はご機嫌斜めだねぇ。お金持ちのお嬢様を彷彿とさせるよ」
「俺はお金持ちでもないしお嬢様でもない」
「言葉の綾、というやつさ」
ハハハ、と霧島が大仰に笑う。
「恭子ちゃんは赤石君の隣で何をしてたのかな?」
「……別に」
八谷は霧島から視線を外す。
「やれやれ、恭子ちゃん。一体君はいつからそんなに嫌な感じの女の子になっちゃったのさ」
「感じが悪いのは割と最初からそうだろ」
「そりゃそ~だ」
ハハハ、と再び霧島が笑う。
そしてカシャ、という音と共に霧島が赤石と八谷を撮影した。
「盗撮をするな、盗撮を」
「ちょっと!」
赤石と八谷が声を荒らげる。
「大丈夫大丈夫。悠人君と恭子ちゃんに送ったげるから」
霧島が赤石と八谷に写真を送った。
「これはちゃんと消去するからさ」
霧島が赤石と八谷を招き、写真を削除した。
「アプリに残ってたらダウンロードできるけどな」
「やれやれ、君は本当に目ざといね」
霧島は写真をアプリからも消した。
「……」
八谷は自身のスマホを見る。
「写真が欲しいかな、と思ってね」
霧島はスマホをくるくると回す。
「いらんわ」
「……」
赤石は八谷の前に出て霧島と話す。
「全く、お前のせいで俺の高校生活は非常に脅かされたぞ」
「おやおや、そうかい。大学でも同じになったりして」
「勘弁してくれ」
「アハハハハハ!」
霧島が高らかに笑う。
「そんなこと言って、赤石君だって僕が主催した合コンによく行ってたじゃないか」
「よくは行ってないし、合コンって建前でもなかっただろ」
八谷が赤石を覗き込む。
「得てして、建前と本音は違うものさ」
「お前そのものって感じだな」
赤石は大きなため息を吐いた。
「でも僕が悠人君にそんなひどいことをした覚えはないんだけどなぁ~」
「嘘吐け。お前が俺とか俺の周りの奴らの個人情報を特定したり居場所を伝えたりするから散々な目に遭ったぞ」
「……?」
霧島は不思議そうな顔で小首をかしげる。
「そんなことはしてないけど、何の話だい?」
「また知らないフリをしてんじゃねぇよ」
「いや、本当に何の話だい? 僕はこう見えても法を遵守するタイプの人間だよ。あくまで法の許す中で暴れているのさ。法を破った時のぶり返しは法を守った時のそれよりはるかにリスクとリターンが見合わないからね」
「適当なことを言ってんな」
「いや、本当に」
霧島は赤石を正面から見る。
「……」
こういう時の霧島は本当に嘘を吐いていないと、赤石は直観的に分かった。
「本当に言ってないのか?」
「そもそも僕が君たちの個人情報や居場所、目的地、遊んでる所なんて知ってるわけないじゃないか」
「知ってるわけないことはないと思うが、言ってはないんだな?」
「それは誓うよ。僕のジャーマニズムにかけて」
霧島が胸に手を当てる。
「……」
赤石はその場で、立ち止まった。
「……え?」
そして、考え込んだ。
考え込んだ末に、一つの、結論が、出る。
「まさか」
赤石は歩き出した。
「どこ行くんだい、赤石君」
「悪い、一人にさせてくれ」
そのままゆっくりと速度を上げる。
「まさか、あいつが……?」
赤石はそのまま、歩き始めた。
全ての問題の答えを、解くために。




