第417話 卒業前はお好きですか? 1
「……」
卒業を目前にして、勉強をする必要性の薄くなった教室で、生徒たちが派閥に分かれて集まっていた。
「な」
「ん?」
赤石が花波たちと話していたところ、後方から平田がやって来た。
「何話してるわけ?」
平田が赤石の近くの席に座る。
教室の中で、数人ずつのグループで綺麗に分かれていた。
「今後の魔界の運営についてだな」
「魔王か何かにでもなったわけ?」
平田がつっけんどんに言う。
「機嫌悪いな。こんなに晴れてるのに」
赤石はカーテンを開き、窓の外を見せた。
「精神的な不調は日光を浴びることで結構改善するって聞いたことあるぞ。日光ってのは、やっぱり生きていくうえで浴びた方が良いものなんだろうな」
赤石が平田に前を譲る。
「確かに曇ってたり雨だったりするとなんとなく陰鬱な気分にもなるもんな」
「ならない。お前はおかしい」
黒野が赤石を睨みつける。
「言うとりますけども」
「言うとりますけども、じゃねぇんだよ」
平田が前に出た。
「祈りなさい」
赤石に言われるがまま、太陽に向かって祈りのポーズを構える。
「……」
「……」
「……」
「……」
その場にいる誰もが沈黙したまま、平田の祈りを見守る。
「誰かお金持ってないか?」
「観光地じゃないから」
「彫像、悪魔の浄化」
「誰が悪魔だよ」
平田が赤石の脛を蹴りつける。
「ありましたわ」
花波が財布から五千円札を取り出す。
「ありがとう」
赤石が自分の胸ポケットにしまう。
「おい!」
平田が赤石の胸ぐらを掴んだ。
「暴力反対。平和賛成。ノーミュージック、ノーライフ」
「殺すぞ、お前は?」
赤石が悲しげな顔をしながら胸ポケットから千円札を取り出した。
「はい」
赤石が花波に千円札を五枚返す。
「両替されてる……」
「平田なんかに五千円もあげれないだろ?」
「いや、一円も欲しいとか言ってないから。てか、どこから出た金だよ」
「最近手品にハマっててな」
「受験が終わったそばから、すぐそんなことを……」
はぁ、と平田は大きなため息を吐いた。
「金受け取ろうとするなよ」
「観光地を作ったんだからそれなりにお金もらっても良いだろ」
「作ってないから」
平田が再び椅子に座った。
「ところで、もうカーテンは閉めてもよろしくて?」
「……」
赤石が平田を見る。
「いや、別に私が日光浴びたくて仕方なかった、みたいなってないから」
花波がカーテンを閉める。
「で、何をしに来ましたの?」
花波が平田に問う。
「あぁ、えっと……」
平田が頬をかく。
「写真、撮ろうか、って……」
「……!」
「……っ!」
「……!?」
赤石たちが目を見開く。
「誰だ、お前は」
「そんなことを言うお方でしたの!?」
「なに、どうしたわけ?」
一同が奇異なものを見るような目で平田を見る。
「なに、人を珍獣みたいに」
「平田心と秋の空」
「女心みたいに」
平田が赤石の肩を殴る。
「いや、三年はお前らに世話になったし、ちょっとくらい写真とかあっても良いかな、って」
平田が口を尖らせながら言う。
「良いぞ、ポーズを指定してくれ」
「ポーズ?」
「ハートマークは五百円な」
「お前は地下アイドルじゃないから」
赤石は軽口を連ねる。
「高梨さんも呼んできませんこと?」
「放課後にでも皆で集まって撮らない?」
新井と花波が提案する。
「……」
赤石は黒野を見た。
「無理。キモい。あんたらは、あんたらで、仲良く、青春ごっこでも、やってれば?」
黒野はつっけんどんにはねのける。
「黒野さん……!」
花波が黒野を睨みつける。
「黒野の言うことにも一理ある。どう思われますか、地層科学者の平田さん」
「私、地層科学者じゃないから」
平田はがるる、と唸る。
「お前本当キモいな、性格から何まで」
平田が馬鹿にしたように黒野を見下した。
「は?」
「は?」
黒野と平田が睨み合う。
「自分こそ、さんざ、クラスの、主導権、握ってました、みたいな、立場だったくせに、負けて、いじめられて、負け組派閥に、参入して、軍門に、下って、それで、仲良くなりました、って、笑っちゃう」
くふふ、と黒野が笑う。
「てめぇ!」
平田が黒野につかみかかる。
「止めろ、卒業前に争うな」
赤石が平田と黒野の間に割って入り、仲裁する。
「赤石さん、何とかしてください!」
「お前らも何とかするんだよ!」
髪の引っ張り合いをする黒野と平田の間で、赤石がどちらのものとも知れないパンチをお見舞いされる。
赤石はなんとか黒野と平田の暴走を止めることに成功した。
「長男だから何とか出来た。長男じゃなかったら危ない所だった」
「赤石さんは一人っ子でしょう?」
「一人っ子も長男のうちだ」
黒野と平田の喧嘩中、赤石以外誰も手を出せなかった。
「平田はすぐに手を出すな。黒野はすぐに人を煽るな」
赤石が肩で息をしながら赤石と平田を嗜める。
「全く、卒業前にみっともない」
「「お前は人のこと言えないから!」」
黒野と平田が赤石に突っ込む。
「お前こそ、さんざ暴れ倒して今さら正義の主人公ぶってんなよな、カス! 死ねや、ブス! ブスブスブス!」
「自分、醜い人間の、くせに、偉そうに、私に、指図するの、止めて、くれない?」
赤石が黒野、平田から責められる。
「謝りに行けよ、お前! 同級生の皆に謝罪しろ!」
平田が赤石を指さす。
「絶対するか。あいつらが俺に謝罪しろ」
「そんな、強情、だから、お前は、皆から、嫌われる」
「勝手に嫌ってろ。勝手に人のことを嫌って、勝手に優越感を感じて、勝手に勝ち誇って、勝手に不幸な目に遭って勝手に死んでろ、クソ凡人共が」
「赤石さんが一番最低ですわね」
赤石は制服の乱れを直しながら悪態をつく。
「相変わらず、あなたは暴動を起こさないと気が済まないわけ?」
別クラスから高梨が、やって来ていた。
「違う、誤解なんだ」
「そのセリフで誤解だったシーンを見たことがないわ」
高梨が憂鬱な目で赤石を見る。
「暴動じゃなくて革命と呼んで欲しいね」
「同じじゃない」
「同じじゃないだろ」
赤石はネクタイを締めた。
「曲がってるわよ」
高梨が赤石のネクタイを両手で触る。
「あなたの性根」
そして高梨は赤石のネクタイを首元まで締め付けた。
「……っ」
赤石が高梨の腕をタップする。
「死ぬ死ぬ」
「皆あなたが死ぬことを願ってるわ」
「ひどすぎるだろ」
高梨が力を緩めた。
「折角白波も連れてきた、っていうのに」
高梨の後方から上麦が出現する。
「可哀想に、怯えてるじゃない」
上麦がぷるぷると震えながら高梨の後ろに隠れた。
「小動物を怯えさせないでちょうだい」
「この世は弱肉強食だ。弱い奴から負ける。怯えたくないなら力をつけるんだな」
「可哀想に」
高梨が上麦の頭を撫でる。
上麦は隠れてクッキーを食べていた。
「やっぱり食ってるだけじゃねぇか」
上麦がクッキーの食べかすを口につけたまま赤石を見る。
「いよいよ小動物だな」
赤石はふっ、と吹き出す。
「食ってばっかだな、お前。デブになるぞ」
「白波デブない。運動してる」
上麦は力こぶを作る。
「騒がしいなぁ、お前ら」
「ほんまやで」
「お久しぶりでござる」
須田、三矢、山本が遅れてやって来る。
「なんだ、最終回か?」
「人の集まりを最終回と言うんじゃないわよ」
高梨たちは卒業前の雑談を楽しんだ。




