プロローグ
二章開幕です。
では、どうぞ。
「あぁ…………っ」
赤石はしきりに校内を歩き回っていた。
文化祭当日、校内に人は殆どおらず、誰にも会わない。
「あぁっ…………」
しきりに頭をかきむしりながら、校内を歩き回っていた。
階下には八谷が一人で固まっており、赤石は何度も何度も、何をするでもなく校内を動き回る。
「トイレに……」
もう何度目とも知れないトイレに、行く。
「手を洗わないと…………」
何度目ともしれない手洗いを、する。
「教室の机の位置がちょっとずれてたかも……」
する必要のない机の再配置を行うため、教室へと戻る。
「カメラとか大丈夫か……?」
文化祭で流す動画の確認を、する。
「どこか…………どこか校内で不自然に窓が開いてたり……」
する必要のない窓の開閉確認をする。
「もうちょっと装飾を派手にした方が良いかも……」
動画の上映会場の装飾を派手にし、椅子も一ミリのズレも許さない覚悟で再配置する。
「バックアップとかちゃんとあるか……?」
何度目ともしれないバックアップの確認をする。
「…………」
全てをやり終え、黙り込む。
「ちょっとトイレに……」
赤石は再度トイレに赴く。
何度も何度も、同じことを繰り返す。
時間が巻き戻ったかのように、何度も何度も。
だが、現に時間は刻一刻と過ぎている。
「…………」
トイレの鏡を見ながら、赤石は自身と対面する。
鏡面に移った自身と、対峙する。
「…………」
階下にいる八谷は、まだ動かない。
固まったまま、全く動かない。
「あぁっ…………」
呻く。
喘ぐ。
苦しむ。
板挟み。
ジレンマ。
葛藤。
矜持。
「…………」
赤石は何度も何度も鏡面に向かい合う。
自分と葛藤するかのように。
自分の性格と真っ向から戦うように。
自身の愚かしさと向き合うために。
自身で厭悪している感情に。
矜持に。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
八谷は動かない。
一歩たりとも、足を踏み出さない。
ただひたすらに、階下で静止している。
「………………」
鏡面をのぞき込む。
八谷は、動かない。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
八谷は、決して動かない。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
自分とも知れない人間が、こちらを見ている。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
自分が鏡面を見れば、相手もこちらを見る。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
自分が鏡面に映る相手の心をのぞき込むとき、鏡面に映った相手も、悪辣さや嫉妬、無用な矜持に囚われている自分をのぞき込んでいるかのような気分になる。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
鏡面の中にいる相手が、自分を嘲笑っているかのように見える。
「…………」
鏡面をのぞき込む。
鏡面に映った自分の素顔は、酷く愚かしいように思えた。