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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第10章 卒業式 前編
456/595

第413話 共通一次試験はお好きですか? 2



「ふ~……」


 共通一次試験当日、櫻井は水城と共に電車に乗っていた。


「今日、だな」

「うん、今日……だね」


 櫻井は水城の手を取る。


「一緒に頑張ろうな、志緒!」

「……うん!!」


 水城は嫣然と微笑んだ。


 そして二人は会場に入る。


「最後に英単語とか覚えとかなくていいか?」

「今さらやってもだよ~」


 あはは、と水城が微笑む。

 水城は時計を見た。


 あと少しで、会場が開く。


「あとちょっとで始まるね」

「そうだなぁ……」


 櫻井も、時計を見る。

 周囲の生徒たちも時間を気にし、持ち物の確認をし始めた。


「持ち物、確認しとかない?」

「え? あ、あぁ、そうだな。すっかり忘れてたなぁ」


 櫻井と水城はお互いに持ち物を確認しあう。


「筆記用具は?」

「うん、大丈夫、持ってる」

「時計は?」

「大丈夫、持ってる」

「アラームとか鳴ったり、計算できたりしないよな?」

「しないよ~、あはは」


 水城はあはは、と快活に笑う。


「受験票は?」

「持ってる――」


 そこで、水城の声が止まった。


「志緒?」

「……あれ? あれ、あれ、あれ?」


 水城がカバンの中を漁る。


「ど、どうした?」


 櫻井も顔色が悪くなる。


「ま、まさか……?」

「ない、ないよ! 受験票ないよ! なんで!?」


 水城が大慌てでカバンの中を探す。


「絶対今日忘れないように、って! 今日忘れないように、って!」


 水城が今朝から今までの行動を振り返る。


「朝絶対忘れないところに受験票置いてて……」


 水城は朝、家を出てから今までの行動を思い返す。


「あ……」


 朝、絶対に忘れないでおこう、と受験票を玄関に置いていたことを、思い出した。

 絶対に忘れないように、目につく玄関に置いたため、逆に受験票を忘れてしまっていた。

 カバンに入れ忘れないように、という配慮が原因で、逆に受験票を入れ忘れてしまった。


 受験票は最後に玄関で持って行くため、持ち物の確認から漏れていた。

 あとは受験票を持って家を出るだけ、と思っていたはずなのに、いつの間にか、持ち物を確認した、という事実だけが記憶に残り、受験票を持ってくるのを忘れてしまっていた。


「どうしよう! どうしよどうしよどうしよう!」


 水城が明らかに狼狽する。


「ヤバい、本当にヤバいよ! 置いてきた! 置いてきちゃったよ!」


 水城が泣きそうな顔で櫻井を見る。


「う……嘘だろ」


 櫻井がわなわなと震える。


「誰か!!」


 櫻井はすぐさま、声を張り上げた。


「誰か、志緒のために力を貸してやってくれ!」


 一年に一回、このたった一日のために三年間学習し続けた結果が、まさに今日、発揮される。

 ここで失敗すれば、次の機会は翌年になり、多くの不利益を被ることになる。


「誰か! 誰でもいい! 力を貸してくれ!」


 試験会場が開く前に突如として叫び始めた櫻井に、周囲が迷惑そうな顔をする。

 ある者は櫻井の近くから離れ、ある者は櫻井たちを囲むようにして眺めていた。


「えっと……何があったの?」


 普段、水城と懇意にしている女子生徒が櫻井に事情を尋ねる。


「志緒が受験票を忘れたんだ!」

「えっ……」


 カバンの中を延々と探し続けている水城を見て、女子生徒が不憫そうな顔をする。


「でも、受験票なんてそれこそ本人の問題で、私たちにはどうしようもできないんじゃ……」


 女子生徒がおずおずと意見した。


「志緒、家には!?」

「電話してるんだけど繋がらない! 繋がったとしても、お母さん、車運転できないから……」


 水城家、もとい葵家は離婚後、車を使わないようになっていた。

 水城の母親である紅藍は元々車を運転することが出来ず、車で受験票を持って来ることが出来ない。


 茂と連絡を取りたくない紅藍が茂の協力を固辞し、紅藍とその娘の二人で受験に臨むようにしていた。


「できることは、ある!」


 櫻井が叫ぶ。


「誰か! 誰か、車を貸してくれ!」

「車を貸して、って……」


 藪をつついた女子生徒が半歩下がる。


「車なんて誰が運転して……」

「皆の両親が車を出して、志緒を家まで連れて行ってくれ!」


 櫻井が頭を下げる。


「頼む! 今からでも車で往復したら、ギリギリ間に合う時間帯なんだ! 頼む、車を貸してくれ!」


 櫻井を取り囲むようにして見ている同級生に、頭を下げ続ける。


「……え、どうする?」

「ヤバくない?」

「なんでこんな日に受験票忘れてるの?」

「集中力削がれてすごい迷惑なんだけど」

「もっと違う所でやってくれないかな」

「本当うるさいんだけど」

「マジ迷惑」

「消えて欲しい」

「うるさい」

「知らないよ、そんなの」

「あっち行こ?」

「本当嫌だよね」

「マジうるさいんだけど」

「自業自得じゃね?」

「てか、誰?」

「今まで自分らは誰か助けて来たわけ?」


 だが、櫻井たちに対して、冷たい視線、声が浴びせられる。


「なんで……」


 櫻井は拳を握る。


「なんでお前らは、友達のために協力しようとしねぇんだよ!」


 櫻井を取り囲むようにして、ただ見ているだけの同級生に櫻井が叫ぶ。


「なんでお前らは、友達を助けてやろうって思えねぇんだよ! なんでお前らは、困ってる人を放ってんだよ! 友達が困ってんだよ! 同級生が困ってんだよ! 助けてやろうって気はねぇのかよ!」


 櫻井が叫ぶが、周囲の同級生たちは手も貸さない。


「いや、だって今から連絡してたらお母さんとかお父さんに迷惑かかるし」

「友達が困ってんだよ! 助けてやるのが筋ってもんだろうがよ!」

「こっちも人生かかってんだよ! 自業自得じゃん!」

「……っ!」


 女子生徒の剣幕に気圧される。


「自分が忘れ物したからって他人におんぶにだっことか止めてよ!」

「車出すくらい良いだろうが! それでお前らは何か困るのかよ! 何か不利益でもあんのかよ!」

「今日は試験の当日だよ!? 車だってすごい混んでるし、混んでるんだから、いつもの時間で間に合うとは限らないよね!? それで間に合わなかったら、どうせ手を貸した人のせいにするつもりなんでしょ!? お前のせいで試験に落ちた、って。自分が何言ってるのかよく考えてから物申したら!?」


 試験前でピリピリと張りつめた緊張感があった。


 会場の、張りつめた糸が、今、切れた。


「そんなこと言わねぇよ!」

「そんなこと分かんないじゃん!」

「俺が言ってんだから言わねぇって言ってるだろ!」


 押し問答になる。


「そもそも自分の両親をこんな時間に呼びつけたら、お母さんもお父さんも不安になるし、私だって試験中に不安と心配で試験に集中できなくなるよね!? 私たちはどうなってもいいって言うの!?」

「友達を助けることが、試験に集中できなくなることより下って言ってんのかよ!」


 櫻井が剣呑な目で女を睨みつける。

 女もまた、剣呑な目で櫻井を睨み返す。


「大体、人の両親頼る前に、まずは自分の両親頼ったら!? 休日だよね!? 父親にでも母親にでも、家から車出してもらえばいいじゃん! 他人ひとの親頼って、他人ひとの車使って往復するより、よっぽどいいに決まってるじゃん!」

「志緒の家は離婚してんだよ!」

「……」

「……」

「……」


 途端に、静寂が訪れる。


 櫻井は、はっとした顔で辺りを見渡す。

 水城が離婚したことは周知の事実だったが、周囲の同級生全員が知っているわけではなかった。


「……」

「……」

「……」


 水城が離婚をした、というセンセーショナルな事実に誰も口を挟むことが出来ず、ただただ時間だけが過ぎていく。


「誰でもいいから、車くらい貸してくれよ!」

 

 櫻井が再び叫んだ。


「――っていうか、お前が自分の両親呼んだらいいじゃん」


 ぼそ、と誰かが呟いた。

 声の主を探すが、判定できない。


「俺は妹と二人で暮らしてんだよ……」


 櫻井は、そう返した。


「……」

「……」


 無情にも時間だけが、どんどんと過ぎていく。


「うっ……ひっ……ぐすっ……」


 声を押し殺したようにして泣く、水城の泣き声だけが会場に響く。


「ひっ……ぐすっ……ひっ……」


 水城は泣きじゃくり、櫻井は叫ぶ。


 櫻井と水城は一向に解決策を見いだせないまま、その場で叫び、泣いていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 受験番号覚えてたりすれば普通に再発行できますよね?多分
[一言] 受験票忘れても手続きすれば受けられるところが大半だからさっさと申し出ろ。でかい大学は忘れた人たちが数十人手続の待機列に並んでるし、普通にその人たちも受けられる
[一言] 受験票忘れるは、服着るの忘れて通報されて捕まるぐらい有り得ん自業自得だから切り替えていけ。
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