第411話 高校最後のお参りはお好きですか? 3
赤石たちは神社にやって来た。
「上げて!」
「我慢しなさい、白波」
上麦が高梨に両手を広げ頼むが、高梨は一蹴した。
赤石たち一行は神社の中でさまよい歩いていた。
「何も見えない!」
「そこまでじゃないでしょう」
「ご飯! 食べ物!」
「何をしに来たのよ、あなたは」
何も口に出来ていない上麦が、がなり立てる。
赤石は一行から外れ、一足先に鈴を鳴らしていた。
「……」
高校三年生、最後の参拝。
大学受験を目前に控え、赤石は物々しい面持ちでいた。
「……」
一通り参拝を終えた赤石は、引き返す。
「後輩ちゃん、待ちなよ」
「ああ、先輩」
赤石は未市に腕を掴まれる。
「何を一人で先に行ってるんだい」
「一人で行動するのが好きなんですよ」
「皆はあんなに楽しそうにしてるっていうのに」
未市は高梨たちに目を向けた。
「人が多いと口を開くのが難しいじゃないですか」
「だから一人で?」
「集団の中で押し黙るより、一人で行動してる方が自由で気が楽ですよ」
「君は本当にひねてるねぇ。ちょっと参拝してくるから待ってな」
未市も同様に参拝に行く。
赤石は未市をしばらく待った。
参拝を終えた未市が戻って来る。
「おまた~」
「はい」
「おまた!?」
「……」
赤石は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もうすぐだね、共通」
「ですね」
未市は露骨に話を変えた。
「緊張してるかい?」
「ああ、まあ」
赤石は参拝客を目で追う。
「結局、大学は北秀院で良いのかい?」
「はい。北秀院で」
「じゃあ、あと半年もしないうちに君は私の後輩だね」
「受かってれば」
未市は、うんうん、と鷹揚に頷く。
「まぁ共通の点数次第で狙えるか狙えないかが変わるので、何とも言えないところではありますけど」
「それは分かってるよ」
赤石は息を吐き、マフラーで口元を隠す。
「ラストスパート、頑張ろう」
「ありがとうございます」
赤石は頭を下げた。
「悠人~」
赤石たちの下に、船頭がやって来る。
「おみくじ引いた?」
「ああ」
赤石は吉、と書かれたおみくじを見せた。
「あ、しょっぼ~。私中吉!」
船頭は中吉のおみくじを見せた。
「吉は中吉より上だぞ」
「嘘!?」
船頭は自身のおみくじを隠した。
「……」
そして船頭はすりすりと赤石の下ににじり寄る。
「悠人、大学どこにするの?」
「北秀院」
「……そっか」
船頭は視線を落とした。
少し寂し気な表情で。
「何故?」
「……う、ううん」
「……」
顔色が良くない。
「私、やっぱり北秀院無理かも」
「……」
赤石は寂しそうな顔をする船頭を見る。
「……っ」
口を開き、言葉を発する前に、再び口を閉じた。
「何かあったのか?」
ゆっくりと、尋ねる。
「もうすぐ共通でしょ?」
「ああ」
「なんか参考書とかやってても、結構正答率低かったりして、さ……。なんか自信なくなっちゃった」
「……」
赤石は複雑な顔をする。
「大丈夫!」
未市が船頭の肩を抱いた。
「大丈夫! 自分を信じて頑張れば、ちゃんと結果はついて来る!」
慰めるように、未市は言う。
「あとちょっと、ラストスパート、皆で頑張ろう!」
船頭は顔を上げ、微笑んだ。
「そう……だよね、こんな所で落ちてちゃ駄目だよね」
目尻を拭う。
「うん、頑張る。私、悠人と一緒の大学行きたいから」
「お前が受かって俺が落ちたりしてな」
「ちょっと!」
船頭が赤石を小突いた。
「あなたたち、もう参拝はすんだのかしら?」
高梨が遅れてやって来る。
「ああ」
「大学受かると良いよね、って話してたっちゃ!」
一転、船頭は明るい表情で振り返った。
「皆いるかしら?」
「来てる来てる~」
高梨の後ろから三千路たちがやって来た。
「皆、受験まであとちょっとだけど、頑張りましょう」
「は~い!」
「緊張してきた……」
「大丈夫だよね」
緊張する者、勇猛果敢に武者震いする者、新しい世界を希求する者、無感情な者、それぞれ三者三様に複雑な表情を湛える。
「今日はこれで解散よ。あとはそれぞれで行動しなさい。皆、頑張って大学に受かりましょう。帰ったら勉強するのよ」
「「「おーーーーー!!」」」
赤石たちは、解散した。
そして共通一次試験、当日。
「ふ~……」
赤石はいつもより少し早くに起き、会場へ行く準備をして玄関に座っていた。
ピンポン、とインターホンが鳴らされる。
赤石は玄関の扉を開けた。
「あ、悠人~。おぽよ~」
見たことのない髪の巻き方をした船頭が、玄関の前に立っていた。
「おぽよ~」
「……誰だお前は」
髪を巻き、高校の制服を着ている船頭を、認識できない。
「いやいや、ゆかりちゃんじゃん」
「チャンジャ?」
「いや、チャンジャじゃなくて。どこ取ってんの」
船頭はくくく、と笑う。
「服が違うから誰か分からなかった」
「ああ、これ?」
船頭は服の裾を掴み、その場でくるりと一回転した。
「どう?」
「高校生っぽいな」
「それ褒め言葉?」
「普段はもっと、オーエルっぽい感じだから」
「老けてるってこと?」
怒るよ、と船頭が額に青筋を立てる。
「老けてると捉えるか大人っぽいと捉えるかは人によるだろ」
「なんかヤな感じ」
船頭は赤石の足を蹴った。
「脚を蹴るな、脚を。俺の黄金の右足に何かあったらどうする」
「何が黄金だ。泥団子でしょ」
「俺の泥団子に何かあったらどうするんだ」
あははは、と船頭は呵々大笑した。
「お~っす」
「揃ってるねぇ~」
須田と三千路が共にやって来た。
「はぁ~、寒い寒い」
三千路が手に吐息を当て、赤石のポケットに右手を突っ込む。
「あぁ~、あったかい」
左手を須田のポケットに、右手を赤石のポケットに入れ、三千路は幸せそうな顔をする。
「持っとけよ、カイロ。指がかじかんで試験中に動かなかったらコトだ」
赤石は三人にカイロを渡した。
「わ~、ありがと~」
船頭がカイロに頬ずりをする。
「止めろ、低温火傷するぞ」
「ゴメンナサイ」
船頭はぱっ、と離した。
「今日は共通一次、よし、行くか、お前ら!」
須田が拳を掲げる。
「全員受かるぞ!」
「ああ」
「もち!」
「もちもち!」
赤石たちは共通一次の会場へと向かった。
赤石たちの最後の高校生活が、終わろうとしている。




