第410話 高校最後のお参りはお好きですか? 2
「いや、集合時間は八時って書いてあるぞ」
赤石は高梨から送られたチャットを見せた。
「当然よ。あなただけ集合時間を一時間早くにしたんだから」
「え?」
「え?」
赤石はきょとん、とする。
「じゃあ俺間違ってねぇじゃねぇか」
「そうよ」
「なんでこんなこと?」
「最近あなたと話せてなかったでしょ。だからよ」
「なる……ほど?」
赤石は小首をかしげる。
「私、大学決めたのよ」
「あ、ああ、そう、か」
高梨は北秀院を志望すると、言っていた。
「この国で一番頭の良い大学を志望するわ」
「……そう、なのか」
赤石から提案したことではあったが、高梨は北秀院を受けないことに、した。
「ごめんなさいね、赤石君。大学に入ったら私はあなた達とは会えそうにないわ」
「……ああ」
悲しいような、嬉しいような。
高梨が自分の判断で自分の道を歩くことを決めたことを素直に喜ぶ気持ちと、大学に入ってから会うことは出来ない、という悲しみがあった。
「私の中でこの一年と少し、あなた達といられたこの一年は、とても実りがある、良い一年だったと思うわ」
「なんだよ、急に」
泣きそうな顔で笑う高梨を、訝しむ。
「お前、突然いなくなったりしないよな?」
「そんなことしないわよ」
「この後いなくなる人のセリフじゃねぇか」
「大学に入ってから会えなくなるんだから、いなくなってるのと同じじゃない」
「……そう、かもな」
高梨は薄く微笑んだ。
「でも大学に入ってからも会おうと思えばいつだって会えるだろ」
「そうかしら」
高梨は考える。
「夏でも冬でも春でも、大学生なんて休みばっかりなんだから、その気があれば一年のうち、半年くらいは普通に会えるんじゃないか?」
「……そうね、そうね、たしかに」
高梨は膝を打った。
「私が帰ってさえ来たら、いくらでも機会はあるわね」
「ああ、あるよ」
赤石は立ちあがり、伸びをした。
ピンポン、と鐘の音が鳴る。
「早いわね、誰かしら、こんな早くに」
「まぁ集合時間は九時だからな。誰かしらは来るだろ」
「早くドアを開けに行きなさいよ、濡れ雑巾」
「誰が濡れ雑巾だ、誰が」
赤石はドアを開けに向かった。
「……」
高梨は紅茶の入ったティーカップに手を伸ばした。
那須は静かに高梨を見守る。
「お嬢様」
近くで控えていた那須が、高梨に近寄った。
「良かったのですか、同じ大学を目指さないか言わなくても」
高梨は本来、赤石に同じ大学を目指さないか、頼むつもりだった。
「ええ、いいのよ。それに、言われてみれば春や夏、冬に長期で帰って来れば良いだけの話だったわ」
高梨は紅茶を飲む。
「しなくても良かったのですか?」
「何を?」
高梨は那須から目を逸らしたまま答える。
「赤石様に、告白を」
「……」
高梨は静かにティーカップを置いた。
「あなたはそんな風に思っていたの? 私がいつそんなことを言ったのかしら」
「いつも赤石さんの話をされるので、そうではないかと、思っていました。ずっと」
那須は高梨にひるまずに答える。
「そうね……」
高梨は天を仰ぎ、ゆっくりとうつむいた。
「まだ受験前じゃない。余計な負担はかけたくないわ」
「……かしこまりました」
那須は頭を下げた。
ほどなくして、がちゃ、と扉が開く音がした。
「おかえりなさいませ」
玄関に来客を迎えに行った赤石が、リビングの扉を開けて帰って来る。
「統だった」
「お~っす」
高身長の須田が片手を上げる。
須田の大きな体がより大きく見える。
「おかえりなさいませ」
「あ~、那須さん久しぶり~」
須田が那須に頭を下げる。
「っていうか、今日普通に元旦なんだけど、こんな所にいていいのか?」
須田が申し訳なさそうに高梨を見た。
「良いのよ。真由美の幸せは、私に尽くすことなのだから」
「絶対違うと思う」
赤石が手を振った。
「いえ、赤石様、須田様、私の幸せはお嬢様に尽くすことにございます」
那須が深々と頭を下げる。
「言われるまで全然気にしてなかった……」
赤石もまた、申し訳なさそうな顔をする。
「参拝が終わったら真由美も家に帰る予定よ」
「あ、そうなんだ」
「はい、お嬢様のご厚意で」
那須はにこ、と微笑んだ。
「それに、私といたしましても皆様にお会いできるのを楽しみにしておりましたので」
「あ、本当~? 嬉しい~」
須田が快活に笑った。
「社交辞令だよ、社交辞令」
「またそんなことを」
「赤石様とお会いできて、私は本当に嬉しかったですよ」
那須が赤石の言葉を否定する。
「……俺も嬉しかったですよ、那須さんと会えて」
一瞬面食らった顔をしたが、赤石は小さくため息を吐き、那須に微笑んだ。
「何を気持ちの悪いやり取りをしてるのよ。さっさと座りなさい」
「ちょっと部屋の中冒険してきていい?」
「良いわけないでしょ。あなたたちは玄関で次の人が来るまで立って門番でもしてなさい」
「じゃあ行くか、悠」
「ちょっとは抵抗する意志を見せろよ」
赤石と須田は玄関に向かった。
「今日は久々に、賑やかになりそうですね」
「騒々しい、の間違いじゃないかしら」
ふ、と高梨は自嘲気に、笑った。
八時五十五分、高梨の別荘には、参拝に行くメンバーが一人を除き、全員集合していた。
「あとは白波だけね」
赤石、須田、三千路、船頭、高梨、八谷、未市、平田、新井、花波。
去年とは少し違ったメンバーが、集合した。
「集まったかしら、あなた達」
高梨の別荘の前で、大所帯が集合する。
「集まった~!」
「問題ない!」
「大丈夫~」
「……ちっ」
「早く行こうよ~」
それぞれが口々に喋る。
「どうやら何匹かうるさい虫が紛れているみたいだけれど」
「あぁ!?」
平田が声を荒らげた。
「新年初日から争うな、全く」
赤石が平田をなだめる。
「あ~」
遅れて、上麦がやって来る。
「早い~」
のそのそと上麦がゆっくり走る。
「遅刻よ、白波」
「時間通りなのに……」
九時、ちょうど。
「じゃあ出発するわよ、あなたたち」
「「「お~~~~!!」」」
高梨たち一行は参拝に、向かった。




