第409話 高校最後のお参りはお好きですか? 1
十二月二十四日――
「ハッピークリスマ~ス」
「……」
赤石は玄関で、未市と対峙した。
「なんですか?」
「なんですか、って、いや、ハッピークリスマス、って」
「なんですか?」
「分からない子だね、君も」
未市は靴を脱ぎ、赤石の部屋へと向かった。
「もう本当に受験近いんで邪魔しないで欲しいんですけど」
「あと一カ月もないよね~」
未市が赤石の部屋に入る。
「今日はクリスマスだから、後輩の言うことなんでも一つだけ聞いてあげる。何が良い?」
「帰ってください」
赤石の部屋はプリントが散らばり、荒れて汚くなっていた。
「こんなにお部屋散らかしちゃって。お姉さん悲しいぞ」
「なんでこんなに何も通じないんですか?」
赤石は未市を黙殺して、勉強机へ向かった。
「もういいんで、そこらへんで静かにしててください」
「つれないなぁ、折角のクリスマスだっていうのに」
「受験生にそんなものはない」
赤石は小さくため息を吐く。
「いや、ね、受験当日は会場まで行くでしょ? だからお姉さんが一緒に帯同してあげよう、って話をしにだね」
「普通にチャットで良いですよ」
「あのね、君ね、文字と文字なら心が通じ合わないでしょ」
「文字の方が効率が良いんですよね。動画なんて無駄な時間多すぎて見てられないですよ」
「君は本当に若者かね!」
やれやれ、と未市が肩をそびやかす。
「もう正直、これくらい一カ月前じゃ復習とかに力を入れた方が良いよ。新しいこと今からしだしても追いつかないから」
「入れられるだけ入れたいんですよ」
「なにそれ、えっち」
「覚えたことが頭からあふれそうで怖いです」
「受験生だねぇ」
未市は近くに落ちていた雑誌をぱらぱらとめくる。
「あ、あとそろそろ起きる時間とかを揃えておいた方が良いよ。夜更かしとかして起きる時間が不定期になるとよくないかな。本番当日だけ早起きして頭が回らなくなったりするから」
「有益な情報ありがとうございます」
赤石は未市に背を向けたまま頭を下げた。
「先輩もクリスマス会か何かあるんじゃないですか、部活の」
「あ、そうそう。今日夜からクリコンがあって」
「じゃあもう早く行った方が良いですよ」
「お姉さんを早くどかそうとするんじゃない」
未市はスマホを開き、時間を見た。
「年末年始はどうする?」
「あぁ、まぁ年末年始はご参拝くらいは行こうかと思ってます」
赤石は頭をかいた。
「誰と?」
「統とかですかね」
「ふ~ん……」
「……」
未市はそれっきり、押し黙った。
「じゃあ邪魔してもあれだから帰るね、私」
「え、あ、ああ。はい」
急に心変わりしたな、と赤石は未市を玄関まで送る。
「頑張ってね、受験」
「ありがとうございます……」
思ってもない素直な応援に、赤石は面食らった。
「……あと一カ月」
赤石は呟きながら、部屋へ戻った。
一月一日、高梨の別荘のベルが鳴った。
「あら、いらっしゃい」
寝間着姿の高梨が、ドアを開けた。
赤石は高梨の姿を見ると、少しぎょっとする。
「ああ。お邪魔します」
そんな態度をおくびにも出さず、赤石は高梨の別荘に入った。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
赤石が玄関に入ると、那須がうやうやしく頭を下げた。
再び赤石はぎょっとする。
「にゃん」
取って付けたかのように、那須は両手で猫のポーズを取った。
「ただいま帰りました……」
「……」
那須は表情を一つも変えないまま、手を下げた。
「お外は寒くらしたでしょう? コートをお預かりいたします」
「何の説明もなしですか?」
那須は赤石の着てきたコートを預かり、ハンガーにかけた。
「お嬢様にこうやりなさい、と」
「そうよ」
高梨は既にストーブの近くでソファに座り、足を組み、紅茶を嗜んでいた。
「金持ちの敵みたいな座り方してるな」
「何よ、金持ちは敵って言いたいの? いかにも貧乏人が言いそうな言葉ね」
「そんなことは言ってない」
コートを預かってもらった赤石は、高梨の反対側に座った。
「なんでそんなところに座ってるのよ。対談じゃないんだから」
赤石と高梨はストーブを真ん中にして、お互い反対のソファに座り、対峙していた。
「ずばり、高梨さんが成功した秘訣とは?」
「盤石な環境と不断の努力、持って生まれたこの才能と、あとは一つまみの運ね。あなたのような貧乏人には分からないでしょうけど」
「なんて不愉快なやつなんだ」
赤石は顔をしかめた。
「なんで那須さんにあんなことやらせたんだよ」
「いいじゃない、可愛いんだから」
ねぇ、と高梨は那須に言う。那須は深々と頭を下げた。
「那須さんも、こんな奴の言うこと聞かなくていいですよ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
にゃん、と再び那須が付け加える。
「可愛いでしょ?」
「まぁ、否定はできないけど、無理矢理やらせたら不信感とか湧くだろ。後々裏切られたりしかねないぞ」
「死になさい。うるさいわね、分かったわよ。死になさい」
「死になさいでサンドイッチをするな」
高梨は那須に好きにするように伝えた。
「ありがとうございます、お坊ちゃま」
「いつの間にかお坊ちゃまになってる」
那須は赤石のコートにスチームアイロンをかけていた。
「赤石様のお顔をお久しぶりに拝見できて、嬉しく思います」
「あぁ、ありがとうございます。俺も那須さんと久々に会えて嬉しいです」
頭を下げる那須に、赤石も頭を下げる。
「お嬢様も赤石様と仲違いをした、と言って少しお気を揉まれておりましたので」
「ちょっと!」
高梨が那須の言葉を止める。
「余計なことは言わないで」
「すみません、差し出がましいことを」
「本当よ」
全く、と高梨は足を組みかえた。
「そんなこと思ってくれてたのか」
「赤石様と仲違いをした、と心配になられていらっしゃいました」
「黙りなさい、那須」
「はい」
高梨は頬を膨らます。
「次喋ったら減給よ」
「なんでだよ。俺ももっと喋りたいぞ」
「うるさいわね、分かったわよ。じゃあ好きにしなさい」
「ありがとうございます」
はぁ、と高梨はため息を吐き、紅茶を飲んだ。
「というか、いつまであなたはそんなところにいるのよ。早くこっちに来なさい」
高梨は隣をポンポン、と叩いた。
「ああ」
赤石は高梨の傍に歩み寄る。
「じゃあ私の前で正座して」
「ここに?」
高梨は足で床をコンコンとつつく。
「汚いだろ」
「失礼ね、綺麗よ、私の家なんだから」
赤石は高梨の前で立ちすくむ。
「頭から紅茶をかけてあげるわ」
「嫌な金持ちそのものじゃねぇか」
「美少女の飲みかけの紅茶をかけてもらえるのよ? ご褒美じゃない」
「ご褒美じゃない」
「美少女は何をやっても許されるのよ」
「傲慢だ」
赤石は普通に高梨の隣に座った。
「今日はお参りに行くのよね?」
「ああ、そうだな」
一月一日、赤石たちは高梨と合流して参拝に行くことになっていた。
「これから準備をしてお参りに行く形ね」
「そうだな。にしても」
赤石は辺りを見渡した。
「まだ誰も来てないのか?」
赤石以外、誰も来ていなかった。
「当然よ、まだ集合時間まで一時間近くあるんだから」
「そんなに?」
赤石はスマホを見た。
「俺が間違えてたのか?」
集合時間は八時、と書いてあった。
「文字くらい読めるようになりなさいよ、うすらとんかち」
「滅多に聞かない言葉で責められてる」
赤石は小首をかしげた。




