第408話 四条有栖はお好きですか? 2
十二月二十二日、冬休みの前日。
「じゃあ皆、冬休みは共通に備えてしっかりするんだぞ~!」
冬休み前の最後のホームルームが終わった。
「帰ろ~」
「もう受験かぁ~」
「なんかもう緊張してきた~」
散り散りになって生徒たちが教室を出る。
「アリス超寂しいんだけど~」
女子生徒が四条に抱きついた。
「え~、私も超寂しいよ~」
四条もまた同様にして女子生徒に抱きつき返す。
「冬休み前だし、ちょっと喋ってかない?」
「私も私も~」
「なになに~?」
四条と普段から交流のある生徒たちが数名集まって来た。
「冬休み何する?」
四条を取り囲むようにして、机の向きが変えられる。
「やっぱり受験勉強、ガチろっかな~、って」
「え、もういいじゃん適当なところで~。今どき学歴なんて関係ないよ?」
「……そうだよね~」
「分かる~。学歴とか気にしてる会社なんてそもそもこっちからお断りって言うか、そんな古臭い会社入ったって絶対良いことないよね~?」
「「「分かる~」」」
大学受験の一カ月前にして、受験勉強を放棄する誓いが立てられる。
「沙耶~」
「あ」
廊下から声がかけられる。
「一緒に写真撮ろ~?」
廊下の女子生徒が大きく手を振る。
「ごめ~ん、同じ部活のがうるさくて。ちょっと写真撮りに行くんだけど、アリスも一緒に行く?」
「あ、ううん、気を遣わせたくないから皆で行ってきて」
「ごめんね~」
四条の周りにいた女子生徒たちは写真を撮りに、教室を出た。
「……」
相も変わらずくだらないな、とため息を吐きながら、四条はカバンを整理する。
ガラガラガラ、と扉が開かれる。
思ったよりも早かったな、と思い顔を上げると、そこには赤石が立っていた。
参考書とノート、筆箱を持った赤石が教室へと入って来る。
「……」
教室に入った赤石は四条と真正面から顔を突き合わせる形となった。
机の向きと位置が変えられているため、四条と赤石が期せずして恋人のように向かい合って座る。
異常な状況に、四条が顔をしかめる。
「……」
赤石は何も言わず、参考書をめくる。
「……あのさ」
四条が赤石に声をかけたところで、再びドアが開かれる。
「や~」
小さな体躯、少女のような見た目の女子高生が教室に入って来た。
四条は目を細める。
「二人でおべんきょ?」
二人の様子を見た少女、上麦が赤石に問いかけた。
「違う」
赤石は上麦を瞥見した。
「二人向かい合って?」
「帰ってきたらこいつがこっち向いてたんだよ」
赤石は四条を見ることなく言う。
「赤石が違う席行けば良かった」
「なんで自分の席なのに俺がどこか行かないといけないんだよ」
赤石と上麦は気の置けないやり取りをする。
「いや……」
四条が赤面する。
だが、きっ、と赤石を睨んだ。
「どいてくれない? 私ら写真撮るから」
語勢を強め、四条が赤石に言う。
「……」
赤石は教室の中を見渡した。
「誰と?」
「……っ!」
四条はがっ、と立ち上がる。
「……はぁ」
そして力なく座り込んだ。
「沙耶が帰って来るから、帰って来るまでに荷物揃えて出て行って欲しい」
格闘する気もない、といった声音で赤石にそう言った。
「借金取りみたいな言い方」
「借金取り~」
上麦がきゃっきゃと笑う。
「もういつ帰って来るか分からないから早く帰って、って!」
四条は声を荒らげた。
「……あっ」
はっ、と我に返った四条は口元を手で押さえる。
「……帰るよ」
赤石は机の中の教科書をまとめ、カバンに入れ始めた。
「赤石可哀想……」
「俺の人生、いつだってこんなもんだ」
上麦が四条を睨む。
赤石は席を立った。
「仕方ないじゃん、沙耶が帰ってきたら、またどけって言われるだけなんだから」
四条がぼそ、と呟いた。
「……」
上麦がその場で立ち止まり、四条を見る。
「やりたくないなら、やらなかったらいいだけ」
そう言い、ぷい、と視線を逸らした。
「まあ難しいところなんじゃないか。集団に迎合するだけでもメリットはある。集団に属していない方がデメリットを被りやすい一面もあるから、臆断は出来ないところだな。俺たち動物は群れをなして生きてきたから、自分の意志に従って群れから外されるよりも、群れに迎合して恩恵をもらう選択をする方が良い場合もあるんだろ」
四条の言葉でおおよその状況と心情を察した赤石がフォローを入れる。
「自分のしたいことできない方が良くない」
「まぁ、そういう考えもあるけどなあ……」
赤石は腕時計を見た。
「帰るぞ、俺は」
「白波も帰る」
「何してたんだよ、今まで」
「ご飯食べてた」
「冬休み前日に!?」
赤石と上麦は教室を出て、帰った。
「……友達いないだけじゃん」
四条は拳を握りしめ、怨嗟のように独り言つ。
ほどなくして女子生徒が帰って来た。
「ごめ~ん、おまた~」
「もう遅いよ~」
四条は声音を変え、帰って来た女子生徒に言った。
「私がいない間に誰か教室来た?」
「ううん、全然。誰も来なかったよ~」
「そっか~」
女子生徒はスマホを弄り始めた。
「てか、今日カラオケいかない? 明日から冬休みじゃん?」
「……あ~」
四条は国公立大学への入学を目指している。
受験を目前に控え勉強をしたいという気持ちが、あった。
「いいね、行こ行こ!」
「アリス本当ノリ良い~」
女子生徒が四条に抱きついた。
ああ。
なんて。
何のために。
こんなばかばかしいことをして、無駄な時間を過ごしているのか。
群れからはぐれないために愛想を振りまいている自分を、俯瞰で観察する。
ひどく惨めな気が、した。




