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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第9章 新井由紀:Rising
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第403話 新井の悩みはお好きですか? 1




 オープンキャンパスを終え、日常が返って来た。


「……」


 授業と授業の合間の休み時間に、赤石はいつものようにペンを回しながら校庭を眺めていた。


「赤石」

「……?」


 新井が赤石に声をかける。

 教室の中で声をかけられるのは久しぶりだな、と赤石は視線だけで新井を見た。


「やっぱやってるじゃん」

「いくらもらったんだろ、ね?」


 くすくすと笑い声が聞こえる。

 誰にかけられた嘲笑か。いつもの様に、赤石は聞き流した。


「トイレ、行こ?」

「……」


 教室の中がにわかに静まり返る。

 新井の声に、少なくない人間が耳を傾けていたということがありありと分かる。


「いや、男子トイレと女子トイレは別だろ」

「そう……だよね」


 新井は肩を落とし、とぼとぼと自席に帰る。

 赤石は小さくため息を吐き、立ち上がった。


「飲み物でも買いに行くか」

「……うん」


 赤石と新井は教室を出て、自動販売機へと向かった。


「……」

「……」


 新井は赤石の後ろからとぼとぼとついて来る。


「何?」


 赤石はできるだけ人気の少ない自動販売機を目指しながら、道中、水を向けた。


「掲示板」

「ああ」


 高校の掲示板。

 いつからあるのか、高校の裏掲示板の話を、新井が持ちだした。新井と山田の一件以降、新井に対する罵詈雑言は熾烈を極め、あることないことが掲示板で持ちきりになり、掲示板は例を見ない盛り上がりを見せていた。


「ううん」

「……?」

「どうせ赤石なんかに言ったって無駄か」

「失礼だな、お前は」


 赤石は昇降口を抜け、校舎裏にある人気の少ない自動販売機へとやって来た。


「赤石って人のこと助けないんでしょ。じゃあ赤石に言っても無駄じゃん」

「時と場合による」


 赤石は自動販売機の前で財布を出した。


「人のこと助ける気なんてないんでしょ、赤石は。そうだよね、人の善意を自分本位だとか、人から良く思われたいだけだ、だとか思ってるようなタイプなんだから。なんでそんなにひねてるわけ?」

「お前はさっきから一体、何に怒ってるんだよ。時と場合によるって言ってるだろ」

「そもそも、相手のことを思ってやってることが自分本位だなんて言われるのおかしいじゃん」

「人を助けるって行為は必ず指向性があるんだから、そう言われても仕方ないだろ。というか、時と場合によるって言ってるだろ」

「意味分かんない」


 赤石は自動販売機にお金を入れた。


「どうせ赤石は自分の前で人が倒れても、人を助けるのは自分本位だ~、とか言って見殺しにするんでしょ!」

「極論すぎるだろ。助けるよ、多分。俺しかいなかったら」

「なんで? 人助けは自分をよく見せるためだけにやってるって言ってたじゃん」

「そんなところで見殺しにしたら寝覚めが悪いだろ。自分のためだよ」

「人助けくらい、ちょっとは手放しで褒められないわけ?」

「何飲む?」

「紅茶!」


 新井は怒りながら紅茶のボタンを押した。

 水とペットボトルの紅茶、そしてお釣りが返って来る。

 赤石が屈み、お釣りを取る。


「お釣り取る男とか本当キモい。嫌いになりそう」

「行き過ぎた潔癖止めてくれよ」


 赤石と新井は近くのベンチに座った。


「人を助けるのに善意以外の理由があるわけ?」

「パフォーマンスだろ」

「さいってい!!」


 新井が冷たい目で赤石を睨みつける。


「お前だって道端でおっさんが酔っ払って寝ころんでても絶対介抱しないだろ。絶対助ける気ないだろ」

「……それとこれとは、話が別じゃん」

「全く別じゃないだろ。助けたい人間と助けたくない人間が別れるもんだろ、緊急でもない限り」


 赤石がペットボトルの水に口を付ける。


「酔っぱらって寝ころんでるおっさんなんか自業自得じゃん」

「会社の偉い人に無理矢理飲まされたのかもしれないし、親族が亡くなって飲まないとやってられないのかもしれないだろ」

「そんなのこっちに分かりようないじゃん」

「そんなこと言ったらどんな場合でもこっちに分かりようないだろ。目の前で倒れたのだって、ギャンブルで金がなくなって腹が減っただけかもしれないんだから」

「……おっさんはきしょいから良いの!」

「指向性出まくってるじゃねぇか」


 赤石は呆れた顔で新井を見る。


「善意が全部偽善なわけじゃない。見返りを求めない無償の善意、パフォーマンスとしての偽善、自分をよく見せるためだけに他者を利用する偽りの善意、人として当然あるべき、そうしなければいけない良心。善意にも色んな種類があるから、時と場合による、って言ったんだよ。なんでもかんでも偽善ってわけでもなければ、他者への施しが全て偽りになるなんて言ってない。勝手に曲解して俺を追い詰めるなよ」

「……」


 新井は紅茶を抱きしめたまま、無言でうつむく。


「それにそもそも、常に人間が他者に善意を振りまかなければいけないかと言われると、微妙だね。実際、善意で他者へ施した結果、ストーカーになって追い詰められる事件なんて有史以来何万件も起こってる。他者のためを思ってやったことが逆に相手を追い詰めることになることだってある。あるいは、自分の力不足で、助けようとした相手に逆に恨まれ、粘着され、自分の人生を損なう可能性だってある。誰かに善意を求めるような奴はどうかと思うね。他人は常に自分のために動き、善性を持つべきだ、なんて間違った理論を振りかざすようなやつが今でもそこら中にいるけど、俺は――」

「じゃあ」

 

 赤石の話の最中に、新井が赤石を見る。


「私を助けるのは、善意? 偽善?」


 そしてそう、尋ねた。


「助けるって、何かあったか?」


 赤石は小首をかしげる。


「掲示板」

「ああ」

「見てる?」

「まあ、たまに」


 赤石はスマホを出した。


「私が何て言われてるか知ってる?」

「……ああ」


 隅から隅まで見ているわけではないが、新井の噂が掲示板で持ちきりになっていることを、赤石は知っている。


「助けるって……」


 赤石は考える。


「助けるって言ったって、どうしようもないだろ」

「話を聞いてくれるだけでいい」

「それくらいなら、人間の良心の部分で対応可能ですね」

「そんな保証対応みたいな言い方」


 新井はひひ、と少し笑った。


「どうしたらいいかな、私?」


 新井は紅茶のペットボトルに顎を置き、ふ~、とため息を吐いた。


「否定したら、いいのかな、掲示板のこと」


 新井はスマホの電源を入れ、掲示板を見ながら言う。


「全部が間違ってるなら否定しても良いが、一つでも真実が混ざってたら、否定しない方が良いのかもな」

「なんで?」

「どれが真実でどれが嘘かを聞かれるから。最終的に、山田との件を事実だと口外したら、それに紐づいて他の噂も事実なんじゃないか、と邪推されるから。最終的に山田との件が事実と明らかになることで、全てが真実であると思われる可能性が高い。加えて、本当のことを嘘だと言い張れば、より一層すべてが真実だと思われて、あることないこと書かれる。そうでなくても、自分から山田のことを暴露しなければいけなくなる」

「詰んでるじゃん」

「事実が入ってるなら、もう詰んでるかもな。ある程度自分が傷つく覚悟を持って、これだけは事実だが、これ以外は全て嘘です、と自分から言うしかないのかもなぁ」


 赤石は水を含んだ。


「飲まないのか?」

「人の飲み物の飲んだ飲んでない、いちいち確認して来ないで。キモいから」


 新井が赤石を睨みつける。


「はぁ~~~~~~~~~……」


 新井が長いため息を吐く。

 ペットボトルに額を押し当て、地面とにらめっこをする。


「マジで最悪」


 新井は顔を上げない。


「掲示板見なかったらいいだろ。物理的に被害出てないんだから」

「赤石ってこんなのに耐えてたんだね」

「今は新井の番だから、俺は最近は割と快適に暮らせてるぞ」

「……」


 雀が鳴いている。

 時たま通る車の音が赤石たちの耳に心地の良い雑音になる。


「それにしても良い天気だな~……」


 赤石は水を飲んだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 人を助けたいのはどこまで行っても自分が助けたいから、そうしたいからでしかないよな。あるのは結果だけ、そこに至る思考なんて考えるだけ無駄。だから俺は偽善とかいう、結果を残した他者や自己を貶める…
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