表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第9章 新井由紀:Rising
445/596

第402話 オープンキャンパスはお好きですか? 5




『責任の所在を他人に求めるのは、自分に自信がないから?』


 モニターの中で、十分程度の映画が流れる。

 里野は足を畳み、ワンピースを抑え込むようにして手を添えていた。


 未市はまだ、帰って来ない。


『前からずっと思ってたんだけど、無責任だよね。言葉も行動も』


 里野が画面の向こう側で、悲し気に笑った。


「赤石君」

「……?」


 赤石の右隣りで、里野が呟いた。


「……って、結構可愛い顔してるね」

「え?」


 里野が赤石の右手に自信の左手を、そっと合わせる。


「要から聞いてて想像してた顔より、ずっと可愛い顔してた」

「……はあ」


 里野が赤石に顔を近づける。

 唐突な展開に、赤石は里野から目が離せない。


「赤石君って、乱暴な人なんだよね」

「いや、暴力ふるってないんで、別にそんなことないと思いますけど」

「学校で色んな女の子に暴言吐いてる、って聞いたよ」


 里野が赤石に指を絡ませる。


「女の子、嫌いなの?」


 上目遣いで、里野が赤石を下から見上げる。


「人間が嫌いです」


 赤石の左に、八谷がいる。

 赤石はこれ以上里野から距離を取ることが出来ない。


「そ」


 里野は元の位置に戻った。

 八谷が赤石のフードを引っ張り、喉が締まる。


「赤石君は、なんで、女の子にヒドいことを言うの?」

「それが正しいと思ってるから」

「ヒドいことを言うことが?」

「正しいことを言うことが」

「正しさって、でも、人の価値観次第だよね。絶対的な正しさって、ある?」

「俺が信じることは、少なくとも、俺の中では、全て正しい」

「ふ~ん……」


 里野が足を伸ばした。


「人から否定されたとしても、それは正しいことなの?」

「客観的な意見は参考にしながら、それでも譲れないところもあると思います。間違っていたと思ったら、意見は修正します」

「正しさを流布する人は、危険だよ」

「正しさは流布していません。誰の心にも正しさはあるから。ぶつかることもある。自分を絶対的な正義だと信じて他者を断罪することこそが、ただ一つの悪でしょう」


 八谷がもう帰ろう、と赤石に耳打ちする。

 赤石は挑戦的に、里野と目を合わせる。


「赤石君って、暴力的だよ」

「暴力は振るってないですよ」

「言葉の、暴力だよ」

「そんなものないですよ。実態が伴ってないんですから、何も起こってないのと一緒だと思います」

「……」


 赤石の指に絡められた里野の指に、力が入る。


「言葉の暴力は、暴力だよ」

「俺はそうは思わないです」

「暴力だよ」

「押し付けですか?」

「……」


 里野は目を潤ませる。


「赤石君って、可哀想な、人だね」

「どこがですか?」

「壊れちゃってる」

「……そう思ったことはないです」

「そういう状況に陥ってるから、自分が何を言われても何も感じないから、そう思うんだよ」

「初対面ですよね」

「話はたくさん聞いてるから」


 里野は赤石の頭に手を置いた。


「可哀想にね。沢山嫌な思いしてきたんだね。家で暴力を振るわれてる子供は、他人にも暴力を振るうようになるんだよ。暴力を振るうハードルが下がってるから。暴力を振るうことが普通になってるから。犯罪行為に走る人の多くは、家の中に問題があるの」

「俺の家は問題ないですよ。普通の家です」

「今まで色んな言葉で暴力を振るわれたんでしょ? だから、言葉で暴力を振るわれることが普通になってる。自分自身も、何も感じなくなってる。言葉が持つ力を、侮ってる。自分が傷つけられてきたから、平気で他人を傷つけるようになる」


 里野は赤石の頭を撫でる。


「今まで人から言われた言葉が、赤石君を傷つけてるんだよね。自分が今までいじめられてきたから、他人をいじめるのが普通になってるんだよね。壊れちゃってるんだね、赤石君は」


 里野が赤石をそっと抱き寄せた。


「でも、大丈夫。誰かに愛されたら、きっと他人にヒドいことだって、言わなくなると思うよ。愛したら、きっと愛を返してくれるって、信じてる、私は」


 里野が赤石の耳元で、


「壊れてても、私が愛してあげる。私が赤石君を、救ってあげる」


 そう囁いた。

 

 ぞわ、と鳥肌が立った。

 と同時に、八谷が赤石の腕を引っ張り、ソファーから立ち上がった。


「どうしたの?」


 里野はきょとん、とした顔をする。


「赤石に変なこと言わないでください」

「言ってない……けど?」

「止めてください」


 八谷がうなる。


「八谷ちゃん? だったっけ。八谷ちゃんも赤石君にひどいことを言われたんじゃ、ない?」

「……」


 八谷は顔を伏せる。


「男の子って、みんな犯罪者なんだよ。加害欲求で溢れてる。八谷ちゃんも赤石君といたら、またヒドいことを言われちゃうかもしれないよ?」


 里野はふふ、と嫣然と微笑む。

 八谷はうなったまま、顔を上げることが出来ない。


「赤石君も、自分を肯定されたいと思ってるんじゃないかな。自分に自信がないから人に当たっちゃうんじゃないかな。私は肯定してあげるよ、赤石君のことも、八谷ちゃんのことも」

「……」


 八谷が赤石を見る。

 赤石は何も、喋らない。


 映画は既に、終わっている。


「……」


 ピピピ、と扉から音が鳴った。


「や~、やっと指導終わった~。も~、皆が変なゴミ捨てるから私ばっかり怒られたじゃん。これからちゃんとルール決めとかないと――」


 未市が赤石たちの様子を見て、ぱちぱちと瞬きをする。


「どうしたの、皆?」

「さっきまで映画、見てたの」

「あぁ、作った奴? 赤石君、どうだった?」


 未市が赤石に水を向ける。


「面白かった、です」

「本当かな~」


 あはは、と豪快に笑いながら未市は椅子に座った。


「お菓子あるけど、いる?」


 テーブルの上にはお菓子と大皿が置いてあった。

 里野は未市の隣に座る。


「赤石君も、座っていいよ」


 里野は自分の右隣りの椅子をポンポン、と叩いた。


「……帰ろ、赤石」


 八谷が赤石に耳打ちする。


「いや、でも今来たばっかだし」

「……」


 赤石は誘導されるがまま、里野の隣に座った。


「赤石君、うちを志望してて、受かったら映研に入る予定なんだよ~」

「へぇ」


 里野は頬杖をつき、赤石を値定めするように見る。


「だよね?」

「はい」

「八谷ちゃん、は?」


 里野が八谷を見た。


「……受かったら、私も入ります」

「え、そうなの!?」


 突然のカミングアウトに、未市が目を丸くした。


「なんだ赤石君、早く言っといてよ! そんなの初めて聞いたよ! も~、こんな有望な若者が二人も入る予定だなんて、困っちゃうなぁ~」


 あっはっは、と笑いながら未市は頭をかいた。


「初めて聞いたぞ」

「今決めた」


 八谷は里野を睨みつける。


「あ、二人ともお菓子食べていいよ」

「いただきます」


 赤石が大皿からチョコレートを取る。


「口、開けて」


 里野が赤石のチョコレートを横取りした。


「いやいやいや」


 赤石は里野からチョコレートを奪い返した。


「なになに~。二人とも、もう仲良くなったの~?」

「そうだよ、ね」

「はは……」


 赤石たちはそのまま小一時間雑談をした。







「楽しかったよ、今日は、赤石君」

「ありがとうございます、部室を紹介してくれて」

「ああ。あとは大学に受かるだけだね」

「そうですね」


 未市は赤石と八谷を駅まで送り、見送りをしていた。


「あと二カ月で共通一次だね。ファイトだよ、二人とも」

「ありとうございます」


 未市と赤石は両手の拳をコツン、と当てる。


「じゃ、今日はこれで」

「ありがとうございました」

「ばいば~い」


 赤石たちは駅の中に入り、電車を待った。


「いた……」


 コツン、と八谷が赤石にパンチをお見舞いした。


「なんで何も言い返さなかったの?」


 八谷が下を向いたまま、聞く。


「いや、別に言い返すようなことでもなかったし……」

「私イヤよ、赤石があんなにぞんざいに扱われてるの」


 赤石が軽く扱われている状態に、我慢がならなかった。


「赤石は何もしてないのに、犯罪者なんて言われて」

「当たらずとも遠からずだろ」

「赤石は何もしてないのに、おかしいよ、そんなの」

「実際そういう傾向はあるから、そう言われても何も言えない」

「差別だよ」

「統計だろ」

「……」


 八谷が赤石に体当たりする。

 赤石はよろめいた。


「なんで私には冷たいのに、あの人のことは擁護するの? おかしいよ」

「そんなつもりはない」

「口答えしないで」

「……」


 赤石と八谷は付かず離れずの距離で、電車を待った。


「私、赤石にあんな部活に入って欲しくない」

「でも先輩に恩もあるし」

「他の部活じゃ、駄目?」

「駄目かどうかは、まだ他の部活を見てないから何とも言えないけど……」

「……」

「……」

 

 沈黙が、流れる。


「私、あんな赤石、見たくなかった」

「……ごめん」


 何に怒っているのか分からなかったが、赤石はとにかく謝っておいた。


「ちょっとは聞きなさいよ、私の言うこと……」


 赤石たちは電車に乗り、帰路についた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全肯定……ではないけど、「私は君の辛いところや欠点をわかっているよ、でも私はそこも愛してあげるよ」て初対面から口にするやつぁ、詐欺師かラスボスしかいねぇんだよなぁ
[一言] 過去1のきしょさ。俺的に作中屈指のきしょさを誇る櫻井くんよりこいつの方が断然無理。これまでの登場キャラは明確に自分のための語りだったけどけど、こいつはマジで相手のことを思ってる可能性すらあり…
[一言] 宗教の勧誘みたいな展開だったな〜 面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ