第401話 オープンキャンパスはお好きですか? 4
「大学の学食すげえええぇぇ!」
須田は学食のメニューを眺めながら呟いた。
「すごい数のメニューがあるな」
「しかも安いし」
赤石たちはそれぞれメニューを選び、席に着いた。
「先輩は?」
赤石と同時にメニューを注文した三千路が辺りを見渡した。
「いないなぁ」
赤石も辺りを見渡す。
「ちょっと連絡取ってみる」
「おけ~」
赤石は席を外し、未市に電話をかけた。
「あれ、悠人は?」
あとから来た船頭が赤石の行方を尋ねる。
「先輩と電話してくる、って」
「ふ~ん……」
須田、八谷が遅れてやって来る。
「あれ、悠は?」
「サーカスのバイト行く、って」
「へ~。玉乗り?」
「バイトは玉乗りからだって」
「そうか~」
赤石を除き、全員が集まった。
「いや、突っ込み!」
船頭が須田の肩を叩く。
「ごめん、遅れた」
赤石が未市を連れて戻って来た。
トレイに麻婆豆腐を乗せ、未市は赤石の隣に座る。
「早いねぇ、君たち。もう来てるなら呼んでくれたらいいのに」
「いや、注文してたから……」
「席に着いてから皆で注文しようと思ってたのにぃ~」
ぶんぶんと未市が腕を振る。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
「「「いただきます」」」
赤石たちは食事にありついた。
「ところで赤石君、この大学はどうだったかな?」
「すごい広かったですね」
赤石は外を見ながら、感想を伝える。
「君たちは全員ここを志望してるのかな?」
「「はい」」
須田、赤石、八谷、船頭、三千路の五人は北秀院を志望している。
「皆受かると良いねぇ~」
「呑気な……」
未市は嬉しそうな顔をしながら麻婆豆腐を口に入れる。
「止めてよ赤石君、そんなに私の食事シーンをじろじろ見ないで!」
「いや、見てない……」
「人の食事シーンを見るなんて変態!」
「見てないって」
赤石はいつものごとく、雑然とした未市の冗談をいなす。
「そういえば京極君はどこに?」
京極がいないことに気が付いた未市はきょろきょろと辺りを見渡した。
「あ」
レジを通って、京極がやって来た。
そして櫻井、水城も遅れてやって来る。
「……」
未市は黙り込んだ。
「会長!」
京極が目をキラキラとさせて、未市に話しかける。
「……」
未市はにこにこと微笑み、手を振った。
「二人とも、あっちで食おうぜ」
櫻井が水城と京極を連れていく。
「会長、また後でお話を……」
京極は櫻井に連れられながら、窓側の席へ向かった。
「で、これから予定はないよね? 良ければ部室に招待するけど」
「あ~……」
三千路がバツ悪そうに答える。
「私たち、あんまり要さんにご迷惑おかけするのもあれだから帰ろうかな~、って」
「え、嘘!? 赤石君も!?」
未市が焦った表情で赤石を見る。
「いや、俺は行きますよ」
「悠と八谷ちゃんの二人が行く、って言ってました」
「二人だけ~!?」
未市が赤石と八谷の手を握った。
「皆来てくれてもいいんだよ~」
「いや、俺も長居する気はないんで」
「なんでさ~」
「まだ高校生ですし、後輩だからって勝手に部室に入るのはどうなんだ、って」
「えぇ~、大丈夫だよ~、私の権力があれば」
未市は力こぶを見せる。
「まだ一年生でしょ、先輩も。あんまり滅茶苦茶なことしてると目付けられますよ」
「大丈夫大丈夫、大学の部室なんて余裕で外部の人入って来てるから。そもそも部室もオープンキャンパスで行ける場所だし」
「でもちょっと迷惑になるかな~、って……」
「そっかぁ~……。無理強いは出来ないよね」
未市はしゅん、と肩を落とす。渋々ながら、三千路たちの要求を飲んだ。
「じゃあ私たちはここで~」
未市は三千路、船頭たちと別れた。
「じゃあ行こっか、二人とも」
未市が赤石と八谷の肩を持つ。
「部室って?」
「ここだよ」
「え~……」
赤石の眼前には、高級マンションを思わせる瀟洒で大きなマンションが、立っていた。
「でかいっすね」
「ちょっと、どこ見て言ってんのよ!」
未市が胸を隠す。
「この建物ですけど……」
「ふん! もういいよ! じゃあ張り切って行こ~!」
「本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫大丈夫」
未市に連れられ、赤石たちは部室棟の中に入って行った。
部室棟の中に入ってみれば、様々な音が毛羽だっていた。
「すごい音……」
「うるさいよね~」
落語の音、バンドの音、ゲームの音、雑談の音、テレビの音、ありとあらゆる音が、赤石の耳に流れ込む。
「ここの最上階だから」
「すごいな、大学……」
「本当にすごい……。別世界みたい」
赤石と八谷にとって、大学は高校とは全く違う、別世界だった。
小学校、中学校、高校、それぞれ似たような環境で過ごしてきた二人にとって、大学はあまりにも刺激的すぎた。
「じゃじゃ~ん、ここで~す!」
未市は赤石と八谷を映画研究部へと連れてきた。
「よし、早速パスワードを入力して、と」
未市は手慣れた様子でパスワードを入力し、扉を開けた。
「扉にパスワードかかってるってなんか映画みたいですね」
「どこの部室もそうなってるんだよ~」
「へ~」
未市、赤石、八谷は部室の中に入った。
部室のソファで、一人の女子大生が、足を延ばして座っていた。
「お、サト~」
未市は手を振りながら、女子大生に近寄った。
「紹介しよう、この子は私と同期の里野遥、十九歳独身!」
「だれ……」
里野と呼ばれた少女は、細い線をしていた。
里野はそこかしこに汚れのついた白のノースリーブのワンピースを着用し、滅茶苦茶に折れ曲がった文庫本を持って顔を隠した。
折れそうなほどに細い腕と足を惜しげもなく露出し、肩口で乱雑にそろえられた髪は艶があり、美しい黒色をしていた。
どこかはかなげで、それとは対照的に人間的な埃臭さを持った少女に、赤石は目を奪われる。
「この子はサト、映研でも色んなモブ役をこなしてるんだ!」
「嬉しくない」
里野は未市を軽く蹴る。
ノースリーブのワンピースがカーテンのようにひらめく。
「この二人は私の高校の後輩、今日は部室見学に来てもらったんだ」
「へぇ」
「こっちの可愛いツインテールの女の子は八谷ちゃん、そしてこっちの目つきの悪いのが赤石君」
「へぇ……」
赤石は里野と目が合う。
軽く会釈する。
「君が、赤石君」
「……」
見透かされたような気持ちになり、赤石は押し黙った。
「話は聞いてる、要から」
「そう、サトにもたまに赤石君の話をしてるんだ~」
「そうなんですか」
未市は嬉しそうに笑った。
コンコンコン、と部室がノックされた。
「なんだろ」
未市が扉を開ける。
「映研の人?」
「はい」
「ちょっと映研のゴミで問題になってるのがあって~」
「また~……?」
未市が振り向き、赤石たちを見た。
「ごめん、ちょっと行って来るから、二人はのんびりしてて~」
「えぇ……」
赤石と八谷を置いて、未市は部室を出た。
「……」
「……」
赤石は八谷と目を合わせる。
「映画……」
里野が赤石たちに声をかけた。
「映画、見る?」
里野は赤石に背を向け、おもむろに四つん這いになった。
映画のディスクを取るため、床に無造作に置かれた棚へと這う。
ワンピースが少しめくれ、里野の細く、長い脚が露わになる。
「ちょっと」
八谷が赤石を小突く。
「何もしてない」
「見ちゃ駄目」
八谷が赤石の目を塞ぐ。
「どうしたの?」
「い、いや……」
里野が振り返り、赤石と八谷はすぐさま平常を取り戻した。
「今日はあまり長居しない予定なんで……」
赤石が映画の鑑賞を断った。
「そう……」
無表情で里野は言う。
何を考えているか分からない人だな、と赤石は思った。
「じゃあ私たちが作った映画とかなら、見れる? 十分くらいだけど」
「あ、それくらいなら全然」
「うん」
里野は再び四つん這いになり、這う。
再び八谷が赤石を小突く。
「あった」
里野はケースに入ったコンパクトディスクを持ってきた。
ケースには、冬の海は再び、と書いてあった。
「見る?」
「よければ」
里野はディスクをセットした。
「ここ」
ポンポン、と里野はソファを叩く。
「座って」
「あ、はい」
里野は赤石の手を引いて、隣に座らせた。
八谷は赤石の後に続き、椅子に座る。
「映画は好き?」
「まぁそれなりには」
「君は?」
「普通……です」
赤石たちの前には巨大なモニターがあった。
「何インチですか、これ?」
「知らない」
里野は両足の膝を立てて座る。
折れ曲がった本を無造作にカバンに入れ、リモコンを手に取った。
「大きいよね」
「部室にこんな大きいモニターあるんですね」
赤石たちは巨大なモニターを前にして三人で座り、自作映画の鑑賞を始めた。




