第400話 オープンキャンパスはお好きですか? 3
「冗談だよ」
赤石は未市の腕を払いのける。
「会長がそんな冗談言うわけ……」
「そんな冗談を言う人なんだよ」
赤石は白い目で未市を見る。
「はっはっは、照れるなぁ」
「嘘……」
京極は自分の中の未市のイメージと実際の未市のギャップについていけない。
「なんせ学校で服――」
「おっと赤石君、それ以上は止めようか」
未市が赤石の口を封じる。
「それ以上は有料会員向けの過激な内容だよ、赤石君」
「そんな良い物じゃないでしょ」
赤石は未市を払いのけた。
「そんな……僕の会長……」
京極はその場で愕然とした。
「ところで赤石君、今日の予定は?」
「適当に研究室見てから帰ろうと思います。大学の視察もかねて」
「君たちも?」
「そんな感じっす!」
「なるほどね」
未市はおとがいに手を当て、少しの間考えた。
「昼食は食堂で?」
「そのつもりです」
「じゃあお昼時に食堂においでよ。私が入っている部の部室を紹介してあげる」
「……」
赤石は須田たちを見た。
「まぁ、じゃあ行きたい人だけ行くってことで」
「相変わらず君は、妙なところで人の顔色を気にして生きてるね」
赤石は未市にぺこり、と頭を下げ、研究室へと向かった。
「悪い、時間を浪費して」
「僕の生徒会長……」
京極はぶつぶつと呟いている。
「時間は?」
「そろそろ」
「じゃあ研究室行こっか」
「ああ、ありがとう」
赤石たちは研究室巡りを始めた。
「この研究室では人工知能が、皆さんの質問に答えてくれます」
研究室で眼鏡をかけた細身の男が言う。
「私たちは人の声をリアルタイムで変換する技術を研究しています」
椅子に座りながら、大男が言う。
「私たちは農作物を育てていて、年に二回、収穫祭を行っています。今ここで育ててるのは――」
小麦色に肌が焼けた女が、溌剌と言う。
「こんなところ来るもんじゃないよ。研究室は地獄だ。別の学部に志望した方が良い」
痩せぎすの男が暗い顔でそう言った。
教授がすかさずフォローする。
赤石たちは一通り研究室を回った。
「楽しかったね~」
「ね~」
船頭と三千路が笑い合う。
「私たちも来年には北秀院の女子大生か~」
「全然想像できない~~」
「本当~~~」
三千路と船頭がパチパチと手を合わせる。
「じゃあ俺は食堂行ってから先輩の部室に行くけど、帰るか?」
赤石が須田たちを見る。
「……」
三千路たちは暫く考えた。
「でもあんまり部室とかお邪魔するのも……ねぇ~」
須田、三千路、船頭ともに顔なじみではあるが、未市とは深い関係ではなかった。
「正直、ここで面識あるのって悠だけなんだよね……う~ん」
行っても良いかどうか悩んでいる、といった風体だった。
「そうだな、俺が迷惑かけてる状況だな」
赤石は須田と三千路の肩を持った。
「申し訳ないから、じゃあお前らは先に帰っててくれ。俺もちょっと部室お邪魔したらすぐ帰るから」
「ん~、まぁ仕方ないかぁ……」
でも、と三千路は付け加える。
「食堂は普通に行くよ? ご飯食べたら、じゃあ私と統と京極ちゃんと八谷ちゃん、船頭ちゃんで帰るね」
「分かった」
「じゃあ食堂行こ~!」
三千路を先頭に、一同は食堂へと向かった。
「あ、ちょっと」
京極が手を上げる。
「僕は部室に興味があるんだけど、行っても良いかな?」
京極はおどおどと言った。
「え、そうなの?」
「会長ともうちょっと話したくて……」
「悠は?」
「まぁ先輩が良いなら良いと思うけど」
「やたっ!」
京極がガッツポーズを取る。
「……」
八谷も静かに手を上げた。
「八谷ちゃんも?」
「赤石、良い?」
「まぁ、先輩が良いなら」
「……」
八谷と京極が志願した。
「うぅ……私の八谷ちゃん、京極ちゃん……」
三千路は残念そうにうなだれた。
「食堂ってもうすぐだっけ?」
「本当広いよな、この大学」
「この規模の大学って、県内でも少ないんじゃない?」
「僕も楽しみだな、大学が」
「やっぱり女子大生なりたいよね~」
「女子大生はそこまでなんだけど……」
三千路と京極たちが楽しげに話す中、赤石は前方に見知った顔を発見した。
「あ……かいしくん」
「……」
「……」
水城と櫻井が、二人でそこにいた。
「櫻井君?」
「明日香……」
後ろから来た京極と櫻井とが視線を交錯させた。
「なんで? ここは志望してなかったんじゃ……」
「いや、こいつの付き添いで」
「う、うん。私、北秀院志望してるから」
「……」
「……」
妙な沈黙が流れる。
三千路と須田は赤石を一瞥する。赤石は先に行くように合図を送る。
「……」
赤石は黙り、須田たちの下へと戻ろうとする。
「お前」
櫻井が赤石に話しかける。
「なんでお前が明日香と一緒に来てんだよ?」
「……」
赤石が櫻井を見やる。
「……」
「……」
気まずい沈黙。
「あ、僕が赤石君に頼んで一緒に行ってもらうように」
「言ってくれたら俺が一緒に行ったのに」
「あ、あぁ! そうだよね! あはは……」
「……」
京極が無理矢理に明るく笑う。
「明日香、変なことされてないか?」
「変なこと……は、されてないこともない……かもしれないけど」
「……っ!」
櫻井が京極の腕を引っ張った。
「明日香、駄目だ、こんな奴と一緒にいたら。お前は一体何人の女の子を傷つけたら気が済むんだよ」
「え、あ、嘘、えっと」
櫻井に引っ張られた京極は顔を赤くしてどもる。
「女傷つけてんのはお前だろ。新井と葉月と花波にでも頭下げて来たらどうだ」
「えっと、あの、えっと……」
明らかに険悪な空気に、京極が体を動かしてどうにか和ませようとするが、二人は意に介さない。
「意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「一人くらい自分の周りにいたやつに話でも聞いてみたらどうだ。俺にキレる前に」
「俺の交友関係に無関係のお前が首突っ込んでくるなよ」
「あ、あはははは……」
京極は慌てたまま何を言うことも出来ない。
「……」
赤石は無言でその場を立ち去った。
「……」
「……」
「ふぅ……」
櫻井は大きなため息を吐き、肩の荷を下ろした。
「大丈夫か、明日香?」
「い、いや、僕は全然大丈夫なんだけど……」
「何もされてないか? あいつから何かされた、って」
「いや、されたっていうか、いや、されたはされたんだけど、でもそんなされたわけでもないっていうか、いや、でもされてるはされてるんだけど、そうじゃなくて……」
あやふやな答えが出る。
「あいつの言葉で傷ついたんじゃないか?」
「う……うん」
それは事実だった。
「あいつは他人を傷つけて回る刃物だ。あいつのせいで傷ついた皆を、俺は放っておけないんだよ。例え俺自身が誰かに嫌われて、嘘の噂を立てられたとしても、俺は傷ついてる皆のためだけに動きたいんだよ」
「……うん」
「ごめんな明日香、俺が気付かなかったせいで」
「う、うん」
京極は櫻井たちと行動することとなった。
「お帰りんこ~」
「ああ」
「あれ?」
三千路が赤石の背後を見た。
「京極ちゃんは?」
「あいつと行く、って」
「……そう」
詳しい話は理解してないが、三千路はそれ以上聞くのを止めた。
「……」
赤石が八谷を見る。
「止めて」
赤石の言葉を予期したのか、八谷が赤石にそう言った。
「え?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「八谷ちゃん私のことがそんなに……」
よいよい、と泣きながら三千路は八谷の体をまさぐる。
「注文行かね?」
「行くか」
「行こ~」
「置いてくな~!」
三千路は赤石たちの後を追った。




