第399話 オープンキャンパスはお好きですか? 2
六人は電車に乗り、北秀院を目指す。
「あ、そだ!」
船頭が声を上げた。
「今日は皆のために作ったものがあって~」
「なになに?」
三千路が船頭の手元に目を向ける。
「じゃじゃ~ん」
船頭が手元から五つの袋を取り出した。
「なにこれ~、可愛い~」
三千路が船頭の袋を見て、声を上げる。
「お守りです!」
船頭は三千路にお守りを渡した。
「え~、嘘~。手作りのお守り?」
「そう! ここにいる皆で受かりたくて!」
「え~、最高じゃ~ん」
三千路は船頭からお守りをもらい、目を輝かせる。
「はい、皆にも」
「ありがと~」
須田、八谷もお守りを受け取る。
「はい、京極ちゃんもどうぞ」
「え、いいの?」
京極が困惑しながらお守りをもらう。
「うん、今日会ったのも何かの縁だから」
「本当? ありがと~」
京極は笑顔でお守りをもらう。
「赤石君なんかの友達にはもったいないような良い子だね」
京極が赤石に笑いかける。
「いや、俺も今日初めて会った」
「殺すよ?」
船頭が赤石を睨みつける。
「顔なじみとは思えない対応」
赤石がふっ、自嘲気に笑う。
「はい、悠人も」
「俺も?」
赤石は船頭からお守りをもらう。
「自分のはどうするんだよ?」
船頭が持ってきたお守りは五つ、船頭自身の分が足りなかった。
「いいよ、家でもう一個作ればいいだけだから」
「京極が突然来たせいだな」
「え~、ご、ごめんなさい」
「いいって~」
にゃはは、と船頭は笑った。
「というか俺は本当に大丈夫だと思う」
赤石は船頭にお守りを返した。
「え……なんで!? 私からのお守りなんだから受け取ってよ! 私が悠人のためを思って作ったのに、受けっとてもくれないわけ!? それはあんまりだよ!」
船頭が眉を顰め、激昂した。
「いや、だってもう一個あるし」
赤石は船頭に背を向け、カバンにつけたお守りを見せた。
「あ、これって……」
「お前がくれたやつだろ」
「あぁ~……」
船頭は既に一度、赤石にお守りを渡している。
「忘れてた?」
「……」
船頭が電車の外を見て、下手くそな口笛を吹いた。
「じゃあ、あの時からずっとつけてくれてたんだ?」
「あぁ」
赤石はお守りを手に取った。
「もう~、悠人ってツンデレなんだから~」
「何がだよ」
船頭が赤石のバンバンと肩を叩く。
「でも二つあっても困ることないからもらっててよ」
「そうか? じゃあ別のカバンにつけとくよ」
赤石は船頭からお守りをもらった。
「それ、あれから毎日つけてたの?」
「つけれる日は、な」
「ちょっと嬉しいかも」
赤石は船頭からもらったお守りをカバンの中に入れる。
「絶対皆で北秀院合格しようね!」
「「「お~!!」」」
六人は一致団結した。
北秀院大学近くの駅に着き、赤石たちは電車から降りた。
まだ、歩いて十分ほどかかる距離があった。
「到着~」
船頭が、いの一番に電車から降りる。
「やった~!!」
三千路が晴れ晴れとした顔で電車から降りた。
「ここが北秀院なんだね」
次いで、京極、赤石、須田、八谷が降りてくる。
「よ~し!」
三千路は指を動かした。
「とりゃ!」
「きゃぁっ!!」
三千路は京極に抱き着いた。
「な、何!? 何!?」
京極が後ろを振り向こうとするが、三千路は京極の動きに合わせて背後を取る。
「え、ちょ、ちょっと、赤石君! なにこれ!?」
「鈴奈の悪ノリだな」
「電車の中じゃ危なかったから、いたずらしちゃうぞ~」
「止めてよ、あははははは」
脇腹を触られ、京極が涙を流しながら笑う。
「ここがええんか? ここがええんか?」
三千路は京極の体をまさぐる。
「気持ち悪いな」
赤石は半眼で三千路を見る。
「ちょっと、止めて、止めてよ赤石君!」
「統」
「そうだな」
赤石と須田は三千路を京極からはがした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
京極は息も絶え絶え、その場にへたり込む。
「もう……いきなりビックリしたじゃないか」
「ごめんね、京極ちゃん。あまりにも京極ちゃんが可愛くて、私のタイプだったから……」
三千路は瞳を潤ませ、京極に謝る。
「許してにゃん」
「うっ……可愛い」
三千路は両手で猫のポーズを取った。
「これは赤石君の監督不行き届きだよ!」
京極が赤石を指さした。
「なんでだよ」
「赤石君が事前に僕に言ってたらこんなことにはならなかった!」
「そうなるかどうかわからないから」
「じゃあ最初からこうなるかもしれない、って言っててよ!」
京極が地団太を踏む。
「本当、赤石君って無能。毎回毎回、他人の問題は他人のせいだ、って顔で無責任な顔して放置して。赤石君はそういう所が駄目なんだよ。自分以外の人に何の興味も持ってないから自分が困ったときに誰にも助けてもらえないんだよ? ちょっとは学習してよ!」
「説教モードが始まった……」
京極が赤石をしかりつける。
「別に助けてもらえなくて結構」
「人間は助け合いが肝心なんだよ! 赤石君はもっと他の人に愛を持って接してよ! 僕だって赤石君のためを思って頑張ってるから、赤石君も頑張って! そういう若者世代の無関心が、今の問題を引き起こしてるんだ、って自覚してよ!」
「……」
「自分の問題は結局、自分で解決しないといけないんだよ! 他の人におんぶにだっこじゃ何も問題は解決しないんだよ! 自分の間違いから目を背け続けてたら、いつか誰かが自分を救ってくれるなんてないんだよ! 赤石君みたいに、口を開けてぼーっと待ってたら誰かが助けてくれるなんて、ないんだよ! 自分の現状を見つめなおして、他人からの助けを待たずに――」
「止めてよ、京極ちゃん!」
船頭が割って入る。
「悠人は繊細なんだから、そんなに責めないでよ!」
船頭が赤石と京極を引き離す。
「え、えぇ~……そんな責めてるつもりはないんだけど……」
京極が困惑する。
「京極ちゃんたちが悠人を責めるから悠人が辛くなって、他の人に攻撃的なことするようになるんだよ! 悠人は繊細なんだから、もうちょっと優しい言葉を使ってあげてよ!」
「いやいやいや……」
京極は手を振る。
「そうだぞ、京極。もっと俺に優しくしろ」
「このクソ無能馬鹿男~……」
京極が拳を震わせる。
「悠人も調子に乗らない!」
船頭が赤石を叩く。
「お母さんみたい」
三千路がぼそ、と呟いた。
「早くしないと遅れるよ、皆!」
三千路が前に立ち、五人を引っ張った。
「……」
「……」
京極と赤石が連れ立って歩く。
「なんかごめん、赤石君。僕も言いすぎちゃったみたいで」
船頭のお叱りを受けた京極は赤石に耳打ちした。
「いや」
赤石が軽く言う。
「人間は常に、自分の間違いと向き合って生きなければいけない。耳の痛い助言でも、諭しでも、叱責でも、向き合う必要がある。他人に優しい言葉をかけるのは正義でも優しさでもない、ただ自分が嫌われたくない、という自己愛だ。俺が求めているのは正しい間違いに対する指摘であり、無関心や自己愛による上辺だけの賞賛じゃあない」
「……」
京極が少し、考える。
「まぁもうちょっと優しく言ってくれてもいいけどな」
「それは赤石君自身にも当てはまることだよ」
京極はふふ、と笑った。
「見えて来たよ~」
三千路が前方を指さした。
「うわぁ~……」
「すげぇ……」
六人の前方には、全貌を把握できないほどの広い空間が、広がっていた。
「でっか!」
「広すぎない?」
今まで高校の規模間に慣れていた六人にとって、大学の規模は想像を絶するものだった。
小さな街とすら見間違うそれに、赤石たちは打ちのめされる。
大学の入り口を見渡しただけで既に赤石たちの高校が五つは入る空間があり、左には食堂が、右には用途不明な小屋が立ててあった。
「すごい……」
「あぁ……」
「大学ってこんな広いんだ」
六人は大学を前にして、呆気に取られていた。
「やぁ、赤石君」
バイクの音がした。
「あぁ」
バイクを押しながら生徒会長、未市がやって来た。
「今日はオープンキャンパスの案内よろしくお願いします」
「止めて止めて、そんな堅苦しい。私と赤石君の仲じゃないか」
ははは、と未市は大口を開けて笑う。
「う、嘘……」
「うん?」
京極がぷるぷると震える。
「せ、生徒会長……!?」
京極は目を白黒とさせた。
「ぼ、僕京――」
京極が一歩前に出る。
「あぁ、待って待って」
未市が頭をトントン、と叩く。
「うん、知ってるよ。京極明日香君だよね」
「せ、生徒会長……」
京極は未市の前で膝をついた。
「止めてよ、元、生徒会長だよ。今はただの一般女子大学生」
「僕、あなたに憧れてたんです! 正義を追及して悪を許さないあなたに、憧れてたんです! それが、こんなところで会えるなんて……」
京極は感極まり、瞳を潤ませた。
「そんな大したことはしてないよ、私は」
やれやれ、と未市は肩をすくませた。
「赤石君のお友達?」
未市は赤石に問いかける。
「知り合いです」
京極は赤石を見た。
「か、会長、どうしてこんなのと知り合いなんですか!?」
「こんなの呼ばわりはないだろ」
未市があはは、と笑う。
未市は赤石の肩に、腕を乗せた。
「実は私たち、付き合ってるから」
「え!?」
未市は決め顔でそう言った。




