第398話 オープンキャンパスはお好きですか? 1
朝――
まだ小鳥が外を羽ばたいている時間に、赤石の部屋がノックされる。
「入るよ~?」
「……」
赤石からの返事はない。
赤石の部屋の扉が開かれ、船頭が入って来た。
「おはよ~。早く準備して行かない?」
船頭が部屋を見渡すと、赤石はまだベッドで目をつぶっていた。
「遅刻するよ~」
船頭が小声で赤石に声をかける。
「起きてる」
赤石は目を開いた。
「眼鏡眼鏡……」
赤石はベッドの近くをもぞもぞと探した。
「眼鏡かけてないでしょ」
「……」
赤石は眠たげな目をこすり、船頭を見た。
「こんな朝から人の部屋に入って来るな」
「でも、もうそろそろ出ないと遅れるよ?」
「遅れない」
船頭が扉を半分閉める。
「俺のプライバシー」
「ご、ごめん」
船頭は少しだけ扉を開け、隙間から赤石を見る。
「服着替えるから」
「え? あ、あぁ。うん。どうぞ」
「いや、どうぞじゃなくて」
扉を閉めるように、赤石が手でジェスチャーする。
「いや、閉めて」
「あ、大丈夫だよ。私気にしないから」
「俺が気にするんだよ」
「男の体なんて見ても何も良いことないから」
「見られたくないんだよ」
赤石はドアノブを触り、ゆっくりと閉めた。
そそくさと服を着替え、扉を開ける。
「遅い~」
「勝手に人の家に来て勝手に怒るな」
赤石はあくびをしながら階段を降りる。
「着替えるくらいで扉なんて閉めて、悠人ちゃんったら思春期なのね」
「普通に思春期なんだよ。男子トイレに見知らぬおばちゃんが入って来るのとかも普通に嫌だから、外でトイレには行かない」
赤石は洗面所で軽く朝の準備をした後、玄関に行った。
「あれ、ご飯は?」
「食べてたら間に合わない」
「やっぱり遅刻しかけてるじゃん」
「行ってきます」
「行ってきま~す」
赤石と船頭は家を出た。
「寝癖ついてるよ」
「大体直した」
「今寝癖ついてるところ直してあげよっか?」
船頭が赤石の髪に触ろうとする。
「いい。大丈夫」
「ダサいって~」
「毛先遊ばしてるんだよ」
赤石は首を振った。
赤石と船頭は人気のないバスに乗った。
「今日はオープンキャンパスだけど、心情はいかがですか!?」
船頭が手を握り、赤石の口元に持って来る。
「しっかり大学のことを学んで帰りたいと思います」
「面白くない~」
船頭が足をパタパタとさせる。
「てか、うちらすごい久しぶりじゃない?」
「ああ」
船頭はカバンをごそごそとあさる。
「やっぱり受験シーズンだから会いづらいね」
「別に会わなくても良いだろ、面倒くさい」
「本当悠人って、人の神経逆撫でするよね」
あった、と呟き、船頭は赤石の眼前に紙を持ってきた。
「じゃーん」
「……」
赤石は差し出された紙を手に取り、見た。
紙には、北秀院大学の欄にD判定と書いていた。
「模試か」
「うん、私も実は結構良い所まで来てるかも」
合格確率約二十パーセント。受験まであと半年を切った今、狙えない範囲ではなかった。
「お前いつの間にこんなに頭よくなったんだよ」
「へっへんのへん。勘が冴えたのだ」
「じゃあ駄目じゃねぇか」
「ヒドい~」
赤石は船頭に紙を返す。
「悠人は?」
「A」
「すごい!」
船頭は小さく拍手をする。
「じゃあもう勉強しなくていいじゃん! 遊ぼ!?」
船頭は赤石に顔を近づける。
「受験は調子に乗った奴から落ちる」
「怖い」
「お前もそんな判定良くないんだから頑張れよ」
「う~ん……」
船頭が目をつぶり、顎を撫でる。
「でも、あと半年頑張ったら悠人たちと楽しい大学生活が舞ってるってわけだよね?」
「まぁどっちも受かったらな」
「じゃあ頑張ろっかな、未来のために」
「ああ」
船頭はカバンから教科書を取り出し、読み始めた。
「悠人君も良かったらどうぞ」
「酔う。外見る」
「つ~ん」
船頭はぷい、と赤石から視線を外し、勉強を始めた。
赤石はただ、外を見ていた。
バスが駅に着く。
「着いた~」
船頭がバスを降り、両手を広げ着地した。
「……」
赤石は体調の悪そうな顔で降りてくる。
「お姫様、お手をどうぞ」
船頭が赤石に手を差し出す。
「苦しゅうない」
赤石は船頭の手を取り、バスを降りた。
「気持ち悪いな、本当」
「乗り物酔いする人って可哀想」
赤石と船頭は駅のホームへと向かった。
「お、こっちこっち~」
駅のホームでは須田、三千路、八谷の三人が座っていた。
須田が赤石と船頭に手を振る。
「皆早かったね」
「そうだな」
赤石と船頭は須田たちの下へと集まった。
「こうやって集まるのも久しぶりだなぁ~」
「本当それ」
「あと一人いるんだっけ?」
「ああ」
ほどなくして、京極がやって来た。
「ごめんごめん、お待たせ。待った?」
ボーイッシュな格好をした京極が遅れてやって来る。
「電車はまだだから大丈夫」
「そっかそっか」
京極はハンカチで首筋を拭った。
「えっと……京極です。赤石君の知り合いの皆さん、こんにちは。今日は赤石君のご厚意で帯同させてもらうことになりました。よろしくお願いします」
京極が帽子を脱ぎ、頭を下げた。
「「よろしく~」」
京極を知っている者、知らない者、それぞれが一様の反応を見せる。
「ところで、赤石君の隣にいるのは何組の人?」
赤石が船頭を見る。
「私二組だよ~」
船頭がピースサインをしながら片足を上げる。
「え……僕の記憶違いかな? 二組にこんな人は……」
「あ、高校違うから」
「高校違うの!?」
京極は目を丸くする。
「じゃあもしかしてそちらの……」
京極は三千路に水を向ける。
「あ、私も違う高校~」
「違うの!?」
京極は再び声を上げる。
「何繋がり?」
赤石を見た。
「温泉同好会の会長と書記係」
「何それ」
「聞いたことないんだけど」
船頭と三千路が赤石を睨みつける。
「赤石君の人脈って変だね」
「逆にお前は昔の同級生とかに声かけられなかったのか?」
「あぁ、一応声はかけられたんだけど、その子以外知らない人だったから迷惑かけたくないし、断ったよ」
「なるほどな」
「ふ~ん」
三千路が立ち上がり、京極を見回す。
「……」
「な、何かな?」
京極の周囲をぐるぐるとする三千路に、京極が困った顔をする。
「男の子……じゃないよね?」
「え、あ、ああ、女……ですけど」
「へぇ~……」
三千路は京極を値踏みするように見る。
「座って良いよ?」
「え? あ、ああ、どうも」
三千路は自分が座っていた席に京極を座らせた。
「まぁ言いたいことは後で言おうかな」
三千路が血走った目で言う。
「じゃあ今日はこのメンバーで全員?」
須田が人数を数えた。
赤石、須田、三千路、京極、船頭、八谷。
都合、六名でオープンキャンパスに参加することとなった。




