閑話 高校一年の夏休みはお好きですか? 2
「さぁ、本日もやってまいりました! 不定期開催企画、夜のお散歩須田散歩~!」
「いぇーーーーい」
ある夏の夜半、赤石と須田は外に出ていた。
赤石はやる気なく須田に乗ずる。
赤石の家から須田の家までは遠くなく、そこまで都会でもないため、辺りは静かで、街灯の光もぽつぽつと散在している程度だった。
赤石と須田は都市部から少し離れた郊外に住んでいた。
「さぁ、赤石さん。ご気分はどうですか⁉」
須田はマイクを持つように手で形作り、赤石の前に持っていく。
「そうですねぇ、今日も突然夜中にこういう風に須田さんに連れ回されるとは思ってませんでしたねぇ。母さんに許可を貰えたのが唯一良かった事でしょうか」
「だとのことです!」
「雑」
赤石はよく、夜半に散歩に連れ出されることがあった。
赤石自身合理主義を標榜しているため、訳もなく夜に散歩をすることはなかったが、赤石と正反対の性質を持つ須田に連れ回されることはしばしばあった。
「さぁ、じゃあ早速この人のいない閑散とした街をめぐっていきましょうか、赤石さん」
「え、このテレビ番組風まだ続けるのか?」
「じゃあ普通に散歩するか」
「そうしよう」
赤石と須田は人のいない街を歩き出した。
「今日は満月だなぁ」
「本当じゃん、すげぇな」
赤石は空を見ながら、歩く。
「スゲェ月が光ってるな」
「そうだな。綺麗だな」
月の光が街に降り注ぎ、柔らかな燐光が赤石たちを照らし出す。
月光が月の周りに光の円環を作り、青黒い雲を照らし出し、雲に濃い影を作る。
空を見れば月の周りだけが妙に明るく、その空間だけが切り取られたような、美しい夜の水面を思わせる。
鈴虫の鳴き声がリンリンと奏でられ、田園近くを歩いている二人に話しかけるかのように、ゲコゲコと蛙の輪唱が発せられる。
近くに人はおらず、人工的な街灯もぽつりと散在しており、闇の中に赤石と須田が溶けていた。
視認できるか否かほどの小さな虫が数匹飛んでおり、街灯に集まる。
静謐な時間が流れ、赤石と須田の足音が鈴虫や蛙たちの輪唱に交じり、混成される。
静かな夜の街の中で、赤石と須田は歩いていた。
「悠、夜、好きか?」
須田が、赤石に尋ねた。
「そうだな。夜に外に出ることはあんまないけど、夜は好きだな。街が寝て、俺たちの知らない世界に足を踏み入れてるかのような気分になる。好奇心がそそられるな」
赤石は辺りを見回しながら、答えた。
赤石と須田は無言で自分たちの周りの風景を楽しみながら、歩いていた。
特に明確な行く先のない二人は漫然と散歩する。
赤石は、前方にコンビニエンスストアを発見した。
夜の街にぽつりと輝く一軒のコンビニを、目視した。
「統、コンビニでなんか買っていかないか?」
「おっ、いいねぇ! アイス買おう、アイス」
「そうだな」
赤石と須田はコンビニに入り、アイスを買った。
「どこかアイスを食べるところは……」
「悠、あのバス停の椅子座ろうぜ!」
「ちょうどいい所にいい物があったな」
赤石と須田はバス停に赴き、椅子に腰かけた。
「いや~、やっぱ夜の散歩は最高だなぁ!」
「そうだな、俺も嫌いじゃない」
「お、悠がそんなことを言うとは珍しい。『夜の散歩なんて何の意味があんだよ!』とか言いそうなもんだと思ったけどなぁ」
「まぁ思ってはいるけど悪くはないな」
赤石はアイスを一口かじる。
ゲコゲコと田園の蛙たちが鳴き、鈴虫も負けじとリンリンと鳴く。
赤石と須田が話していなくとも、虫たちの声があたりに響く。
「ここって……田舎なんだなぁ」
須田がどこを見るでもなく、呟いた。
「何言ってんだよお前は。そこまで田舎じゃないはずだぞ。ちょっと街はずれ、位のはずだ」
「いや、悠お前電車通学だろ? 都市部の駅とか人凄くね? 都市って凄ぇなぁ、って高校生になって初めて知ったわ」
「まぁ…………そうかもなぁ。中学って近くの学校に行くだけだけど、俺らの行ってる高校そこそこ遠いし、色々知ったよな」
「この街は、どんくらい田舎なんだろうなぁ」
「さあなぁ…………どうなんだろうなぁ」
赤石と須田は互いにアイスを食べながら、話し合う。
バス停に赤石と須田以外人はなく、周りに家もないので、他者を気遣うことなく存分に話すことが出来た。
ザッ。
赤石と須田が互いに話し合っているバス停に、誰か人がやって来た。
首をめぐらせ音のした方を見てみると、
「げ…………あんたらなんでこんな所いんのよ…………」
手にレジ袋を持った女が、バス停にやって来た。
「おう、鈴奈。お前こそ何でこんな所に?」
「すうか」
女は片手を腰にやり、露骨に顔をしかめる。
その体躯は健康的で、華奢な体にも関わらず所々に筋肉が程よくつき、スポーツ少女を想起させる。
長い髪を後ろで一つに束ね、猫を思わせるような三白眼に八重歯。その華奢な体には似合わず一般女性をはるかに上回る胸囲であり、それを強調するかのように、薄い服を着ていた。
赤石と須田の幼馴染である、三千路鈴奈であった。
三千路は赤石たちの下に赴きながら、レジ袋からアイスを取り出した。
「あんたら何でこんな所にいんのよ?」
「それはこっちのセリフだ」
赤石は三千路の座る席を確保するべく須田に寄り、三千路は開けられた席に座る。
須田は赤石を挟み、三千路に話しかけた。
「すう、元気だったか?」
「元気だったか? じゃないでしょ! あんたら遊びとかなんか誘えよ! はぁ……全く、違う高校になった途端すぐこれだよ。あんたらは一緒の高校でいいだろうけどね、私は違うんだから」
「あはは、水泳部が忙しくてなぁ」
「俺も帰宅部が忙しくてなぁ」
「あんたは忙しくないでしょ! 毎日暇してるでしょ!」
三千路が赤石に檄を飛ばす。
「はぁ…………全く、こんな薄情な幼馴染持つんじゃなかったわ。あんたらどうせ二人でどっか行ったりしてんでしょ?」
「前は買い物行ったな、統」
「あぁ、そこで俺面白いもん買ったんだよ」
須田はポケットからサングラスを取り出した。
「じゃじゃーん! ほら、すげぇだろ、用心棒感が」
「お前こんな時もサングラス持ってんのかよ」
「うわ、怖! 統、あんたがやったら本当洒落にならないわよ」
三千路は持っていたアイスを大口で食べながら、話す。
須田はサングラスをポケットにしまいながら話しかけた。
「それで、バトミントン部まだ高校でも続けてんのか?」
「いや、バトミントンじゃなくてバドミントンだから! 統あんた何回言ったら覚えんのよ!」
「いやぁ、ははは」
須田は頭をかく。
赤石はアイスを食べ終わり、レジ袋にゴミを入れた。
「っていうかすう、お前本当になんでこんな時間に外出てんだよ。女が一人で外に出るなよ。危ない」
「いや、無性に暑くて寝れなかったからアイス買いに来ただけだし、それにこんな田舎で私襲うような人いないでしょ。それよりこんな時間に男二人がこんな所でアイス食べてる方が訳わからないわ」
「いや、俺らは……」
赤石は須田と顔を合わせる。
「不定期開催企画、須田散歩をしてただけだぜ!」
「須田散歩って何よ! っていうかあんたらそんなバカなことしてんなら私も呼びなさいよ!」
「いやぁ、なんか高校違うから誘い辛くて……なぁ、悠」
「俺にも責任を擦り付けようとするな。お前が主催者だぞ」
「しばくわよ、統!」
赤石と須田、三千路は笑いながら、話し合う。
三千路はアイスを食べ終え、赤石のレジ袋にゴミを入れた。




