第396話 下田隆弘はお好きですか? 4
「櫻井君と話してきたけど、やっぱり櫻井君はすごい良い人だったよ!」
京極がぶんぶんと腕を振る。
「そうですか」
赤石は無感情に答える。
「櫻井君は赤石君に嫌われて悲しい、って言ってたよ。赤石君、相手が何を思ってるかも考えずに一方的に人のことを嫌うのはやっぱり違うんじゃないかな?」
「……」
赤石は京極を見る。
京極は不思議そうな顔で赤石を見ていた。
「櫻井君は赤石君に嫌われてる、って悲しそうだったよ。赤石君は一方的に櫻井君を嫌ってるだけだよね? もうちょっと櫻井君のことを見てあげても、知ってあげても良いんじゃない?」
「……」
こいつもか。
赤石は白い目で京極を見る。
「じゃあ俺が先にあいつに嫌われてるから嫌だ、って言ったらお前はどうしたんだ?」
赤石は意地悪な目で京極を見やる。
「え? そりゃあ、お互い自分が嫌われてると思い込んでるだけなんだから、一回ちゃんと話してみたら、って言うんじゃない?」
「お互いに、なんで自分が嫌われてるって思い込んでるんだ?」
「何か行き違いがあって……」
「行き違いがあって、お互い嫌われてると思い込んでる奴を見たことがあるか?」
「いてもおかしくないのかな……と」
京極はむむむ、と悩む。
「俺を加害者に仕立て上げたいだけだろ」
「……」
京極が膨れ面をする。
「なんで赤石君はそうやってなんでもかんでも人のことを悪く言うのかな? 僕は赤石君のためを思って言ってあげてるだけなのに。赤石君、このままじゃどんどん周りから人がいなくなるよ!?」
「だから、良いって。逆になんでお前は俺を改善させようとしてくるんだよ。誰かから金でももらってるのか?」
「だからさぁ……」
はぁ、と京極はため息を吐く。
「赤石君みたいな人は初めて見たから、僕は善意で教えてあげてるだけだよ。変わった人だな、と思ったから、ただ純粋に興味だけで近づいた。これだけじゃ、駄目かな?」
「変わった人だと思ってるなら、普通の人にさせないでくれ」
赤石は手を振り、京極から顔を逸らした。
「それに、来年にはお互い同じ大学にいるかもしれないでしょ? じゃあ仲良くしたって罰は当たらないと思うけどなあ。同じ志望大学のよしみとして」
「櫻井がお前の前で見せてる姿と俺の前で見せてる姿が違うんだよ。自分より弱そうなやつには偉そうにして、自分より強そうなやつには頭を下げる。そんなやつ、どこにでもいるだろ。自分の見えてる世界だけが全てだと思わないでくれ。そして、勝手な善意を俺に強制しないでくれ。俺は嫌いなんだ、あいつが。あいつも俺が嫌いなんだ。もう関わることはない。これでいいだろ、万々歳だ。お互いにとってこれがベストな形なんだ」
赤石は肩をそびやかした。
「……」
京極は悲し気な顔で下を向く。
「僕は赤石君も櫻井君も好きだから、お互いに仲良くして欲しいんだけどな……」
「仕方ない、人間なんだから。誰だってお互いを憎しんで生きていく」
「……」
赤石たちは押し黙った。
ようやく理解してくれたか、と赤石は黙って前を向いた。
「僕、最近同級生にしつこくされててね」
「……?」
京極は唐突に切り出した。
そして京極の身に起こったことをつぶさに、赤石に伝えた。
「僕、人は皆良い人で、お互いにすれ違いだったりが起きるせいで仲が悪くなると思ってるんだ。それこそ、櫻井君と赤石君みたいな、ね」
「言ってたな、なんかそんなこと」
京極の足が重くなる。
赤石は京極に合わせ、ゆっくりと歩いた。
「自分から相手を好きにならないから、相手を好きになれないんだ、って。自分が相手を嫌ってるから相手も自分を嫌いになるんだ、って」
「ああ」
「僕どうしたらいいかな……」
京極は赤石の目を見た。
「やっぱりそんなことなくて、櫻井君と赤石君みたいに、お互いに理解できない関係ってあるのかな? 僕と下田君も、やっぱりお互い分かり合えないのかな?」
京極は涙目で赤石に訴えかける。
「お前はどうしたいんだよ?」
「下田君が何を考えてるのか、分からないから……」
「いや、分かるだろ」
赤石は唖然とした顔をした。
「え……?」
「いや、分かるだろ」
「いや、分からないよ……」
「言っていいのか?」
「分かるなら教えて欲しいけど……」
赤石が戸惑う。
「お前のことが、好きなんだろ」
「……えぇ!?」
京極は目を白黒させた。
「そ、そんなことあるわけないじゃないか! だ、だって僕こんなに男っぽいし」
「そういう所がお前の魅力なんだろ」
「だって僕、人にそんなこと言われたことないし、だって……」
京極はもじもじとする。
「自虐なのか自慢なのかいやみなのか分からないような態度だな」
「いや、どれでもないよ!」
京極は心底不思議だ、と言った顔をしている。
「ならどうするんだ? 受け入れるのか?」
「……」
京極は黙り込む。
「ごめんね、僕、今からすごいヒドいこと言うね」
「どうぞ」
京極は息を整える。
そして、
「下田君のアプローチ、気持ち悪いよ」
そう言った。
「……」
赤石も何故か、胸が痛む思いをした。
気持ちが悪い。
以前、暮石に言われた言葉。
赤石もまた、一呼吸置く。
「人の善性を説いてるとは思えない言葉だな」
「ごめんねごめんね、僕ヒドいこと言ったよね? ごめんね?」
「俺に言われても仕方ないけどな」
京極はおろおろとする。
「ごめんね、本当にヒドかったよね、僕。ごめんね、忘れて」
「もう二度と忘れられない」
赤石は胸を押さえるポーズを取る。
「ごめんねごめんね」
京極は手のひらを合わせ、ひたすら謝った。
「でもね、僕のプライベートのことを根掘り葉掘り聞いて来たり、他の男の子と喋ってる時に不機嫌になられたり、喋って欲しくない、って言われたり、僕、最近息が詰まりそうなんだ」
けほけほ、と京極が咳をする。
「最近、僕は男の人と喋るときにいつも下田君のことを気にしないといけなくて、本当にしんどいんだ……」
京極は顔色を悪くする。
「なんで下田君はこんなことしてくるの?」
「個性」
「個性って……。こんなことしても絶対に悪い印象しか残さないことは分かってるはずなのに……」
「分かってないんだろ」
「僕のことを根掘り葉掘り聞いてくるのが、良いことだと思ってるの? 意味分からないよ!」
京極が声を張り上げる。
赤石は京極から距離を取った。
「あぁ……ごめん、僕……。あぁ、もう……駄目だ」
京極は赤石の態度を見てさらに落ち込む。
「駄目だね、僕。あんなに人のことを、赤石君のことをとやかく言っておきながら、いざ自分のことになったら人のことを悪く言って、陰口なんて……。本当ダメダメだよね、僕……」
赤石の態度が京極を一段と追い詰めた。
「初心者なんだろ」
「え?」
京極が顔を上げる。
「今まで恋愛をしたことがないんだろ。だから相手の立場に立てない。相手への思いが先行してしまって、相手の立場に立てない。そうなんじゃないか」
「僕の立場に立てない?」
京極は小首をかしげる。
「今まで恋愛をしたことがなかったんだろ。だから経験値も、上手くやる方法も分からない。相手に嫌われるということも分からない。全部知らないから。失敗をしていないから。一流の人間ってのは、全ての失敗を経験した人だって、な」
「……」
京極は少しの間、黙り込んだ。
「僕が下田君を成長させてあげろ、って?」
「いや」
赤石は京極を指さす。
「無理なら振るしかないだろ」
「……」
京極は再び視線を落とした。
「可哀想じゃない?」
「嫌いなら振るしかないんじゃないか?」
「ストーカーになったら?」
「人間は皆、善性に基づいて行動してるんじゃなかったのか?」
「……」
京極は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「お得意の説法で下田を改心させるか?」
「……」
京極は恨めしそうな顔で赤石を見る。
「人間、誰だって分かり合えない奴はいる。嫌いなやつも、生理的に受け付けない奴も、そもそも根っからの悪人だって、いるんだろ」
「……」
「前言撤回しても、いいんだぞ」
「はぁ~~~~~……」
京極が長いため息を吐いた。
空を見上げ、腕を伸ばした。
「下田君、嫌いだな」
京極はボソ、とそう呟いた。




