第395話 下田隆弘はお好きですか? 3
「はぁ……」
京極は学校の図書室で一人、ため息を吐いていた。
「どうしたんだ、明日香?」
櫻井が向かいにいる京極に声をかける。
「いや、ね、最近困ってて」
「何に困ってんだよ。俺でよかったら相談に乗るけど」
「実はね……」
京極は、下田に付きまとわれているため憔悴している、と櫻井に打ち明ける。
「なんだよ、それ。俺許せねぇよ……!」
櫻井がわなわなと震える。
「なんでか分からないんだけど、僕のことを根掘り葉掘り聞いてきて、最近しんどいんだ……」
京極はうつむいた。
「俺がそいつにガツンと言ってやるよ。名前教えてくれねぇか?」
「いや……ううん、もうちょっと様子見てみるから……うん、大丈夫だよ」
あはは、と京極はぎこちなく笑う。
「そんなこと言って、明日香の身に何かあったら大変だろ? 俺のことなら気にするな、って! 俺がそいつをガツンと懲らしめてやるから、名前教えてくれよ」
「ううん……大丈夫だから、まだ。櫻井君に迷惑かけれないから」
「迷惑なんて思わなくてもいいっつぅの」
櫻井が京極の頭をポンポンと撫でる。
「やっぱり明日香は可愛いから、そういう気持ち悪いやつに付きまとわれるんだろうな」
「そんな。可愛いなんて……」
京極が顔を真っ赤に染める。
「でも、もし本当に困ったら、いつでも俺のことを呼んでくれよ? 俺、すぐ駆け付けるからさ」
「……うん、ありがとう、櫻井君」
「……」
櫻井は無言でぽんぽん、と京極の頭を触った。
「あ、あと」
「?」
櫻井は元の席に戻る。
「櫻井君ってさ、赤石君と仲、悪いの?」
「……え?」
妙な沈黙が、生まれる。
「仲が悪いの……って、なんで?」
「いや、この前櫻井君と会った時に赤石君もいてさ。赤石君と櫻井君を会わせようとしたんだけど、赤石君がいなくなっちゃってて」
「あぁ……」
櫻井が目を細める。
「俺、あいつに嫌われてるからさ」
あはは、とため息まじりに櫻井が頭をかく。
「櫻井君って赤石君に嫌われてるの?」
京極が目を丸くする。
「あぁ、そうなんだよ」
「なんで?」
「なんでなんだろうなぁ……。あいつに聞いてみてくれよ」
「櫻井君みたいな良い人を嫌うなんておかしいよね?」
「いやいや、人それぞれあるからなぁ。俺は仲良くしたいんだけどなぁ……」
櫻井は苦笑する。
「なんていうかさぁ、あいつって人のこと責めるじゃん?」
「責める!」
「辛い立場の人に辛い言葉かけたりさぁ、困ってる人に余計に困ってるようなこと言ったりさぁ、あいつそういう所あるじゃん?」
「ある!」
京極が同意する。
「困って弱ってる人にそんな言葉かけなくてもよくね!? ってことまで言っちゃうじゃん、あいつ」
「言う言う!」
「だからさぁ、やっぱり俺みたいなのは嫌いなのかなぁ、って」
「なるほど……」
京極は顎をさする。
「あいつ平気で人に失礼なこととかヒドいこととか言うだろ? 俺あいつの言葉で泣いちゃった女の子何人も見てるしさぁ。やっぱ俺もちょっと許せないところがあるのかもしれねなぁ……」
「そんなことしてるんだ……」
京極は俯き、落ち込む。
「ほら、俺そういうの許せないタチだからさ、やっぱり人が困ってる時はどうしても手を差し伸べたくなるっていうか、困ってる人がいたら放っとけないタチだからさぁ、あいつのああいう態度がやっぱ俺と違うっていうか、真逆? っていうかさぁ。だから多分上手くいかねぇんだろうなぁ」
「確かに櫻井君はいつも困ってる人を助けてるよね」
京極はうんうんと頷きながら櫻井の話を聞く。
「なんで赤石君ってああいう言い方しか出来ないんだろうね?」
「本当だよなぁ。なんで弱ってる人に余計弱るような言葉を平気でかけれるのか分からねぇよなぁ。俺そういうのちょっと許せねぇよ……」
「櫻井君は本当に優しいね」
京極がうっとりとした目で櫻井を見つめる。
「まぁ、だから俺はもうあいつと関わることねぇんじゃねぇのかなぁ。ほら、俺困ってる人を助けたいタイプだから。あいつの言葉で余計弱った人を助ける……みたいな? 俺はそういう風に生きていけたらなぁ、って思ってる」
「そういう事情だったんだね」
京極が感心した。
「ありがとう、櫻井君。おかげでちょっと頭も晴れた気がする」
京極は髪をかき上げた。
「いやいや、全然。俺なんかで良ければいつでも」
櫻井は照れくさそうに笑う。
「じゃあ僕、今日はこれで帰るね?」
「あぁ、そうか。分かった、俺はちょっと人を待っとかないといけねぇから」
「うん、分かった。ばいばい」
「気をつけて帰れよ!」
「ふふふ……櫻井君は本当に優しいね」
京極は口元を隠し笑う。
カバンに教科書を入れ、京極は席を立った。
「本当に、何かあったらいつでも俺に相談してくれよな!」
「うん、ありがとう、櫻井君!」
京極はそうして図書室を出た。
「赤石君」
「あぁ」
京極は赤石のいる教室へと来ていた。
「どうした」
「そろそろ帰る?」
「まぁ近いうちに」
赤石は教室で受験勉強をしていた。
「じゃあ一緒に帰らない?」
「いいよ」
京極は赤石の前の席に座った。
「そのいいよ、って大丈夫ってこと?」
「大丈夫だ」
「その大丈夫ってオッケーってこと?」
「いちいち別の言葉で迂回させるなよ。分かったから。帰る」
「じゃあ早く用意して!」
京極は赤石の教科書を閉じた。
京極がバンバンと赤石の机を叩く。
「まだやってる最中だったから、この問題くらい終わらせて欲しかったんだけど。
「一問くらいやってもやらなくても一緒だよ。じゃあ帰ろ?」
「あぁ……」
赤石は渋々ながら、カバンを用意した。
「どうしたんだよ、突然今日は」
「あ、ちょっと忘れないうちに赤石君に伝えとこうかな、って」
「忘れないうちに?」
赤石は小首をかしげる。
「じゃあ行こ?」
「ああ」
京極は赤石の胸ぐらを掴み、引っ張る。
「服がよれるから止めろって」
「いいじゃん、どうせ赤石君の服なんだから」
「駄目だよ」
赤石は京極の手を掴み、離した。
「じゃあ早く歩く。きびきびきびきび!」
「忘れ物してるかもしれないから」
「じゃあ早く確認してよ、もうなんでもいいからさぁ~」
赤石は自身の机に戻り、忘れ物の確認をする。
「じゃあ」
「早く~」
「やっぱりもう一回確認して」
「もういいって!」
京極は赤石の襟を引っ張り、教室を出た。
「赤石君って本当に心配性だね」
「そういう性格なんだよ」
京極は赤石の隣を歩く。
「赤石君って北秀院志望なんだよね?」
「ああ、そうだよ」
昇降口で靴を履き替える。
京極に伝えた覚えはないな、と思いながら赤石は話を聞く。
「じゃあさ、来週のオープンキャンパス行く?」
「行く予定だけど」
ほほう、と京極は頷いた。
「僕も北秀院のオープンキャンパス行こうと思ってるんだけど、もし良かったら一緒に行かない?」
「ああ……」
赤石は少し考える。
「他にも行くやつがいるからそいつらに聞いてからじゃないと何とも言えない」
「赤石君個人としては別に構わない?」
「ああ」
「じゃあ一緒に行く人にも伝えといて?」
「分かった」
「うん」
京極は、来週のオープンキャンパスの予定を取り付けた。
「あと」
「あと?」
京極は間を置く。
「さっき櫻井君と話してきたよ」
「ああ……」
赤石は嘆息した。




