第394話 下田隆弘はお好きですか? 2
「……」
京極はあたりをきょろきょろと見渡す。
下田の姿は見当たらない。
「どうしよう……」
京極は困惑していた。
下田から送られて来たメッセージに何と反応して良いか、返答に窮していた。
「……」
京極はひとまずスマホのことは忘れ、人目のつかない場所に身を隠しに行った。
「はぁ……」
いつからか、下田から大量のメッセージが届くようになっていた。
最初はまだ、良かった。クラスの話、同級生の話、好きな物の話、返答に窮するような内容はなかった。
だが、いつからか、下田のメッセージは過激なものへと変貌していった。
自分の行動に制限が付けられているようで、監視されているように感じ、京極は頭を悩ませていた。
結局、女子トイレが空いていなかったため、京極は別棟別階の女子トイレまで足を延ばしていた。
人目に付かない場所で、下田から来たメッセージをどうするか、考えあぐねる。
「もう帰ろう……」
暫く頭を悩ませた京極は、一旦は返事をしないことにして、教室へと戻る。
「どうしよう……」
階段を上がり、教室へと戻ろうとする。
「わっ」
本棟に戻るため、渡り廊下まで上がって来た京極は、小さな声を上げた。
「下田……君?」
渡り廊下に、窓を背にしてスマホを触る、下田がいた。
「あ、あぁ……うん」
「……や、やっほ~」
京極はぎこちない笑顔で下田に話しかける。
「こんなところでどうしたの?」
「いや、ちょっと用事があっただけだけど。京極さんは何でこんな所にいるの?」
下田の目が京極を捉える。
こんな所に一体何の用事があるのか。思っても、言えない。
「え……いや、そのぉ……」
上手く言葉が出ない。
「まぁ、散歩……?」
「へぇ」
京極は教室へ戻るため、下田の前を通る。
下田は京極の隣を歩いた。
「なんで返事返してくれないの?」
「え……?」
京極は目を白黒させる。
下田は京極の顔を見上げ、じっと見つめた。
「へ、返事? 何かな、返事って?」
「スマホ見て」
「え……」
京極はスマホを見た。
「あ……あぁ!」
既読が付かないように下田からのメッセージを見ていた京極は、今まさに気付いた、と言った風体でわざとらしく驚く。
「ごめん、見てなかった」
「スマホ持って教室から出たのに見てなかったの?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
実際は見ていたから。
「ごめん、見てなかった~」
だが、そう答えるしかなかった。
尋問するかのような下田の口ぶりに、京極は自然と下田から距離を取る。
「返事は?」
「え?」
「誰と喋ってたの?」
「誰って……これ、いつのこと?」
いつの話をされているのか。
いつから下田は自分のことを見ていた。どこから見ていたのか。
「休み時間に一組の前で喋ってなかった?」
「……あ、あぁ~」
京極はポン、と手を叩く。
「赤石君のことかな?」
「赤石?」
下田が赤石のプロフィールを探ろうとする。
「誰?」
「え、い、いや~」
「彼氏?」
「いやいやいやいや」
京極は手を振り、全力で否定する。
「全然違うよ~」
「じゃあ同じクラスだった同級生?」
「いや……同じクラスには、なったことないかなぁ」
「プライベートで関りがある?」
「まぁ……基本的にはないかな~」
「よく遊んだりする?」
「遊んだことはないかなぁ~」
「……」
「……」
下田からの尋問に、京極は耐える。
「え、これなんで僕が赤石君と話したって……知ってるの?」
恐怖を感じながら、京極が下田に聞く。
下田からの返答を聞くのが恐ろしい。小さな勇気を振り絞り、京極は下田の内心を探る。
「……」
下田は京極から視線を外した。
「たまたま散歩してたら見かけただけ」
「……あ、あぁ~。そうなんだ~」
京極の小さな勇気は、ほんの身近な答えで切り伏せられた。
まともな回答は返って来なかった。
「あ」
一組の前まで来る。
赤石はまだ廊下で外を眺めていた。
「……」
どうしよう、と京極はちらちらと辺りを見渡す。
知らないふりをするか、話しかけるか。行きに話しかけたのに帰りに話しかけないのは不自然か。あるいは、何らかの意図があると思われるのではないか。
自分のことを悪く思われるんじゃないか。あるいは、良くない噂が立つんじゃないか。
頭の中で様々な思考がめぐらされる。
下田の隣にいることで、様々な制約が付けられる。
もしかすると彼から見て自分は彼女か何かに見えてしまうんだろうか。
普段ならしないような発想が、出てくる。
赤石の近くまでやって来る。
どうする。
どうするべきか。
あと十歩。
気付かなかったフリをするか。
いや、行きに話しかけたことに加え、この狭い廊下で気付かないのは無理がある。
だが、話しかけないと下田との関係性を疑われる。
あるいは、何らかの下衆、邪な思いがあるのではないかと勘繰られる。
赤石の思考ならその程度、訳ないだろう。
あと五歩。
京極は赤石の近くまで歩を進め、意を決した。
京極は片手を小さく上げる。
「あ、あ、赤石君やっほ~」
「……」
小さな声で、赤石に挨拶をした。
頼む、気付かないでくれ、と祈りながら。
「……ああ」
気付いた。
赤石は京極を瞥見すると、再び手元の本に視線を落とした。
「……」
ここで止まったら、下田は先に行くんだろうか。
唐突に、思う。
京極は足を止め、赤石に話しかけた。
「何、読んでるの?」
京極に話しかけられた赤石は、京極と下田を見た。
「英単語帳」
「面白くなさそう~……」
京極は困り顔で笑う。
下田は京極を待ち、京極と赤石から少し離れた場所で、立ち止まっていた。
赤石は下田に目を向ける。
下田の存在に気付いた赤石は、京極から視線を外した。
「もう授業始まるよ?」
「え、あ、ああ……」
下田が京極を呼ぶ。
「早く行けよ」
「あ、あぁ、うん……。またね~」
「ああ」
下田は京極が赤石の下を離れるまで、待っていた。
京極は赤石に手を振り、下田の隣につく。
「あれが赤石って人?」
「う、うん、まぁ、そうかな~」
「好きなの?」
「え?」
あまりにも直球な質問。
「彼は京極さんのこと好きなんじゃないかな」
「い、いや、そんなぁ……あはは」
下田は振り返り、赤石を見る。
「普通の目じゃなかったし、口調も砕けてた」
「赤石君は誰に対してもあんな不愛想な感じだよ~」
「よく知ってるんだね、彼のこと」
「え……いや、他の女の子がそう言ってたな~、って」
「ふ~ん……」
何が下田の心を刺激するのか分からない。
京極は慎重に慎重を期して、女友達を引き合いに出す。
「僕と一緒にいると彼氏と間違われて嫌なんでしょ? 離れた方が良いよ」
「いや、別に誰もそんなこと思わないよ~」
「……」
「あはは……」
会話をするのがしんどい。
下田に気を遣い、導火線に火をつけないように気を付けないといけない。
好きではない相手から向けられる好意ほど、不愉快なものはないな、と京極は内心で毒づいた。
下田のことが、生理的にも心理的にも、大きな負担となっていることに気が付く。
「……」
「……あはは」
重苦しい雰囲気が流れる。
常に自分と異性との関係を尋ねられ、京極は心底参っていた。
「早く行こ」
「あ、う、うん」
下田と京極は教室へと急いだ。




