第392話 善人はお好きですか? 1
赤石と京極は電車から降りた。
先に降りた京極が、赤石を待つ。
「おそ……」
赤石は遅れて、ゆっくりと降りてきた。
「赤石君、遅いじゃないか」
赤石は片手をあげ、何もない空間に挨拶をする。
「何を、受賞者みたいなことを……」
赤石が京極の下に着く。
「他の人に先を譲ってたら遅くなった」
「僕が下りた時に後ろについて来たら良かったのに」
「人の前に立ちたくないタイプだから、最後に出るんだよ」
「……ふ~ん」
京極はスマホを取り出し、赤石に見せた。
「じゃ~ん」
京極のスマホには、ハロウィンの日の仮装が映っていた。
「これ、ハロウィンの仮装」
そして京極の隣には、櫻井が映っていた。
「そうか」
赤石は駅を出るため、歩き始めた。
京極も赤石の後を追う。
「どうかな?」
赤子のような甘い声で、京極が赤石に尋ねる。
「いいんじゃないか、学生っぽくて」
赤石は釈然と答えた。
「そうじゃなくて、似合ってるか、って」
「はい」
「はい、って……」
京極はスマホをしまう。
「もしかしてなんだけどさ」
京極は赤石の隣を歩く。
「赤石君って、櫻井君のこと嫌い?」
京極は赤石の顔を覗き込んだ。
「まぁ好きな方ではないな」
「嫌いなんだ」
京極は唇を尖らせる。
「どうして?」
「どうしても」
「あんなに良い人なのに、どうして赤石君は嫌いなのかな、って」
「俺にとっては全く良い人ではない」
「どうせ赤石君のことだから、また斜めに人のことを見てるんでしょ? 駄目だよ、そうやっていつもいつも、人のことを値定めするみたいに見て。自分が相手より上に立ったと思って人のことをジャッジしてるんでしょ? だから人のことが嫌いになるし、好きになれないんだよ」
「……」
京極は話し続ける。
「赤石君はいつも人のことを悪しざまに言うよね? 自分が相手より優れてると思っちゃ駄目なんだよ? 自分が相手より優れてると思ってるからそんな発想が出てくるんだよ。櫻井君みたいな良い人のことまで悪く思っちゃうようなのは、どう考えても赤石君がおかしいよ。いつもいつも赤石君の考え方はおかしいな、って思ってたけど、やっぱりおかしいよ」
「……」
「人の悪い所ばかり探すんじゃなくて、良い所を探しなよ。欠点じゃなくて美点を探しなよ。櫻井君だってちゃんと見たら、良い所が沢山あるはずだよ? 人の粗を探す前に、まずは自分が変わろうとしないと駄目だよ?」
めっ、と京極は人差し指を立てる。
「誰だって皆、良い所はあるんだから、その人の良い所を見て関わっていこうよ。人のことをそうやって簡単に嫌いになるのは良くないよ。赤石君がどうして人に嫌われてるのか分かる? 赤石君自身が、人に対して心を開いてないからだよ。赤石君が率先して人に心を開くようになったら、きっとその人も赤石君に心を開いてくれるようになるよ。相手が悪い、相手が嫌い、自分は悪くない、嫌いだから関わりたくない、ってそうやって心を閉ざしてばかりじゃ駄目だよ。皆それぞれちょっとは欠点があるんだから、人の良い所を見て関わっていこうよ」
ね、と、諭すように穏やかな口調で、京極は赤石に伝える。
「僕はね、本当に悪い人っていうのはこの世にはいないんじゃないかな、って思うんだよ」
京極が空を見上げた。
「自分がその人の悪い所にばかり目をつけているからそう思うだけで、赤石君も自分は悪くない、相手が悪い、ってそういう考え方だから人のことを嫌いになって、人からも嫌われるだけなんだと思うよ。相手に求めるなら、まずは自分から差し出さないと駄目だよ。ほら、皆良い人なんだから、まずは赤石君から人に心を開けるように、頑張っていこ? 赤石君が変われるように僕も協力するからさ。だから、一緒に頑張ってこ?」
京極は両手を広げた。
「……」
赤石は京極を一瞥する。
「ヘドが出るね」
一言、そう言った。
「……はぁ」
京極はため息を吐く。
「どうして赤石君はそんなに性格が悪いの?」
「母親と父親のせいだな」
「またそうやって人のせいにして。赤石君は人の悪い所ばかり見てるから、そうやってなんでもかんでも世界が醜く見えるんだよ。赤石君が心を開いてないのが原因だよ」
「勝手に俺に原因をなすりつけるなよ。人それぞれ合う奴もいれば合わない奴もいる。人類皆善人だなんて、ヘドが出るね。そんなわけがない。絶対的な悪人も、関わりたくないような嫌いなやつだって、絶対にいる。お前が良い所しか見ようとしてないからそう見えるだけだ。自分に良くしてくれるから善人、だぁ? 自分以外の全ての人間とどう接してるのか見てから言って欲しいね」
「全く……」
京極は肩をそびやかす。
「赤石君は本当に駄目だね。僕は赤石君のためを思って言ってあげただけなのに。僕は赤石君が皆と一緒に笑い合って欲しいだけなんだよ。赤石君が暗いから、皆と一緒に協力することの、信じることの素晴らしさを教えたかっただけなんだよ。絶対的な悪人も、自分に合わない人もいないよ。赤石君はもっと人のことを信じて、良い所を探すように努力してもいいんじゃないかな?」
「嫌だね」
何を言っても突っぱねる赤石に、京極は業を煮やす。
「……」
京極はきょろきょろと辺りを見回した。
「あっ!」
そして声を上げる。
「赤石君、赤石君」
京極は赤石の肩を叩いた。
「ほら、言ってたそばから櫻井君」
京極は前方で歩く櫻井を発見した。
「最初は僕も一緒に手伝うからさ、赤石君の性格を直すプログラムに協力するから、最初はちょっとだけでも、頑張ってみよ?」
京極は櫻井に声をかけに走った。
「櫻井君~」
前方を歩く櫻井に、京極が声をかける。
「……ん?」
櫻井が後方を振り返った。
「櫻井君、おはよう」
「あっ、明日香! おはよう、明日香。どうしたんだよ、こんな朝から」
「実は櫻井君に会わせたい人がいて、さ」
京極が後ろを振り返った。
「……あれ?」
通学路を歩く生徒たちに紛れ、赤石の姿は見えなくなっていた。
「おかしいな」
暫く後ろを探してみるが、赤石の姿はそこにはなかった。
「明日香? どうしたんだ、一体」
「い……いや、別に、なんでも、ないよ」
京極は櫻井の下へと戻る。
「こんなところで逆走したら危ないぞ、明日――おわっ!」
櫻井がつまずき、体勢を崩した。
「危ないっ!」
よろけた櫻井を、京極が支える。
「痛ってて……ご、ごめん、明日香、俺……」
見れば、櫻井の手は京極の胸に押し当てられていた。
「良かった、櫻井君にケガがなく……て」
京極は自身の胸に押し当てられた手を見る。
「わっ、うわわわわわ! ごっ、ごめん、明日香、信じてくれ、不可抗力なんだ、俺、俺……」
櫻井が京極の胸から手を離す。
「あのね、櫻井君、確かに僕のことが女の子に見えないのは分かるけどさ」
京極は拳を震えさせる。
「何をしてんのさ、櫻井君~!」
京極は櫻井の頭を殴った。
「ご、ごめ~~~~~ん!」
櫻井の悲痛な叫びが通学路に響いた。




