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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第9章 新井由紀:Rising
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第387話 純愛はお好きですか? 6



「清水さん……」


 楠木、京極、赤石の三人を目にして、清水が眉を顰める。


「彼女?」


 楠木の肩を抱いている京極を見て、清水が聞く。


「僕のことかい?」


 京極が自身を指さした。


「あぁ、いや、別に違うよ」


 京極は手をぶんぶんと振る。


「まぁ私に関係ないから別にどうでもいいんだけど」


 楠木は顔色を悪くする。

 自分にとってどうでもいい存在。

 明らかに突き放された、棘のある言葉だった。


「えっと、前教室に来てた――」


 清水が赤石に水を向ける。


「……」


 赤石はぺこり、と会釈をした。

 明らかに嫌そうな顔をする清水に、望まれていない関係であることは容易に想像できた。


「赤石さんって須田君と仲良いんですか~?」


 そんな赤石の予想とは反して、清水は赤石に話を振った。


「まぁ、人並みには」

「へぇ~、いつからの付き合いなんですか?」

「高校入るずっと前から」

「えぇ~、すご~い。須田君ってそんな友達いたんだ~。須田君って背も高いし運動も出来るし、格好良いですよね~」

「調子乗るんで本人には言わないで欲しい言葉っすね」


 赤石と清水の雑談が始まる。


「赤石さんもスポーツとかしてるんですかぁ~?」

「いや、全然」

「帰宅部?」

「まぁ」

「外で須田君と運動したりするんですかぁ?」

「まぁするときはする」

「楽しそう~」


 なんだこれ、と思いながら赤石は清水の質問に答えていく。

 暫くの間、赤石と清水の雑談が続く。


「なんだかお邪魔みたいだね、私たち」

「え、あ……うん」


 未だに楠木の肩を抱いたままの京極は、楠木を連れてその場を後にしようとした。


「あ、おい」


 赤石が京極を止める。


「金」

「お金?」


 京極がぽかん、とした顔をする。


「貸した金返してもらいに来たんだった」

「え、えぇ!? 別に借りてないよ、僕は、赤石君から」


 京極が慌てる。


「体操靴」

「……あ、あぁ! あぁ……?」


 京極は若干腑に落ちない表情をしながら頬を触る。


「お前が外で全裸で田んぼ荒らしてた時のやつ」

「そんなことしてないよ! こんなところでなんて嘘吐くのさ!」


 京極は顔を赤くして大声で叫ぶ。

 近くの生徒たちが京極に視線を寄せる。


「ほら、早く戻れ。ハウス。行け行け」

「お金は返すけど、訂正してよ!」

「はいはい、嘘嘘。誰も聞いてねぇよ、俺の話なんて」

「ただでさえそんなことしそう、って言われてるんだから!」

「どんなキャラで売ってんだよ」


 赤石は京極の背中を押して、中庭から別棟へと入って行った。


「ねぇ、だから嘘だって」


 別棟に入った赤石はそこで立ち止まった。


「よし、二階に上がるぞ」

「ねぇ、赤石君、嘘だって」

「反応が大袈裟だと本当だと思われるぞ。何が正しいかはどういう反応をしたかに大きく左右されるんだから。あんなに人が多いのに大声で叫ぶなよ」

「あれがいつもの僕の声量だよ!」

「……確かに」


 赤石と京極は二階へと上がる。


「もし僕が外で全裸で駆け回ってるみたいな噂が流れたら、ちゃんと赤石君が否定してよね!」

「大丈夫だ。責任は全部俺が取る」

「重すぎるよ」

「来世まで面倒見てやる」

「君は自分の発言にどれだけ責任を持ってるんだ……」


 京極は赤石を追って二階へ上がる。


「でも、ごめんなさい。僕まだあんまり赤石君のことよく知らないから、好きになれなくて……」

「いや、全部冗談だって」

「……」


 京極は青筋を立てる。


「なんで君は! そう軽薄で無神経なんだ!」


 京極がガシガシと赤石の肩を殴る。


「大体、俺みたいなのに言い寄られても困るだろ」

「……それはどうかな?」


 京極が髪をいじる。


「確かに君から見たら僕も男の子にしか見えないかもしれないよ」

「見えねぇよ」


 赤石は振り返らないまま言う。


「ひよこじゃないんだから。男か女かの見分けくらいつく」

「そういう意味じゃなくて……」


 はぁ、と京極がため息を吐く。


「背も高い、髪も短い、筋肉質で体毛も濃い、声も低いし顔も可愛くない。背が高いから可愛い服も着れないし似合わない。僕は到底女の子に見えないんだから、そんな男の子に好かれたことがない僕なんだから、言い寄られたら少しはときめきもするよ」

「……」


 京極は自身の胸に手を当てる。


「男の子に告白されたこともないし」

「されたいと思ってるのか?」

「思ってない……と言ったら、嘘になるかな」

「思ってるのか」


 赤石は別棟の中庭近くの二階の空き教室に入った。

 人は誰もいない。


「でも僕なんかには似合わないよ。男の子だって僕のことなんて好きにならないよ。それこそ清水さんみたいな、小さくて可愛らしい、女の子っぽい子が好きなんだよ。清水さんみたいな子は羨ましいし、正直、憎くもある」

「……」


 素直な言葉だな、と赤石は京極に関心を寄せる。


「女の子っぽくない自分が嫌だと思いつつも、でも似合わないから女の子っぽくなれないとも思ってる。でも僕も女の子だから男の子に言い寄られたら、もしかしたらすぐに好きになっちゃうかもしれないな」


 京極は床を見ながら、赤石と目を合わせないようにしながら、語る。


「告白されないからお前のことを好きなやつがいないとは、不遜な態度だな」

「……なに?」


 京極が赤石を見た。


「お前は誰の目を気にして生きてんだよ。お前は誰の人生を生きてんだ。お前の人生の主人公は赤の他人か? お前の人生の主人公は侯爵家の令嬢か何かか? 自分の人生いきてんだろ。人の目気にする前に、自分がやりたいことやれよ」

「……簡単な思考回路で、君がうらやましいよ」


 京極が可哀想な目で赤石を見る。


「こんな男っぽい僕がいきなり女の子みたいなことをしたら気持ち悪がるだろ?」

「まぁ気持ち悪がる奴もいるだろうな」

「……」


 開いた口がふさがらない。


「君は自分で言っていることと答えが滅茶苦茶だよ。矛盾してる。自分でおかしいことを言っている自覚はないの?」

「自分のやりたいことをやるってのは、他人の目を気にしない、ってのとトレードオフだ。自分はやりたいことをやる。でも他人は自分に対して常に好意的でいろ、なんてのはいかにも傲慢。自分がやりたいことをやってるなら、他人から嫌われることもセットだ。嫌われる勇気を持って、自分がやりたいことをやるべきだと思うね」


 赤石は窓の前でしゃがむ。


「自分が男らしくいたいならそうすればいい。それが似合うならそうすればいい。でも、他人の、他者の同調圧力で自分がそうせざるを得なくなってるなら、ただお前が他人に嫌われることを臆しているだけだ。人のせいにするな。女の子らしく見られたいなら自分でそうすればいい。他人から嫌われたくないから仕方なく自分は男らしくしている。お前は自分の価値観を勝手に内包化して、他人に責任を押し付けてるだけだ。それでいて他人を、清水をやっかむのは違うと思う」

「じゃあ!」


 京極が赤石の袖を掴む。


「じゃあ君は、僕が女の子らしくしたら、僕のことを女の子として扱うって言うのかい?」


 京極は憎しみを籠めた目で、赤石を睨みつける。


「知らん。離せ」


 赤石は京極の手を振りほどいた。


「こんな僕のままでも、僕のことを可愛いと言ってくれる人がいる」

「じゃあそのままでいいだろ。悩むことないだろ」

「…………」


 櫻井聡助、その人だった。


「でも、彼には彼女がいる。所詮僕は男らしく見えるから、友達としてそう言っているだけなのかもしれない……」


 相反する二つの意見、理想と現実、希望と実態、京極の中には常に二つの、希望と現実が渦巻いている。


「男らしい男らしい言ってるから気を遣って言ってるのか、お前を利用したいから褒めてるかのどっちかだろ」


 赤石は窓の外を見たまま言う。


「……っ」


 京極が赤石の手首を掴んだ。


「彼を冒涜するのは許さない」

「……」

「……」


 赤石が京極の手首を持った。


「お前は可愛い。自分のことを男らしいなんて言うな。お前はお前のままで既に美しい。なんで自分をそうやって蔑むことを言うんだ。俺はこんなにもお前のことを愛しているのに」


 赤石が京極に歩み寄り、京極は顔を赤くして後退する。

 赤石はじりじりと京極ににじり寄る。


「身長が高いのなんて関係ない。声が低いのだって、君の良い所だ。なんで君が自分に自信を持てていないのか分からない。俺はこんなにも君のことを好きなのに。君は何も変わらなくて良い。君は今の時点で既にとても可愛くて、美しいんだから。君のことを可愛くない、と言う奴がいるなら、絶対にそいつが間違ってる。どうか俺と一緒に生きて欲しい。君は俺の人生でも最も美しい一人だよ。俺が君を一生愛し続ける。どう思う? こう言われて」

「…………」


 京極は壁まで追いつめられる。京極は耳まで顔を真っ赤にして、口元を両手で塞いだ。


「あ、赤石君は僕のことが好き……」

「こういえば満足するのか、お前は?」


 赤石は半眼で京極を睨みつける。


「……」

「言葉なんてのはいくらでも繰れる。相手を褒めようと思えばいくらだって褒めれる。好きでも嫌いでも、所詮ただの言葉だ。何とでもなる。何の価値もない意味のない文字列」


 赤石は立ちあがって、窓の前へと戻った。


「重要なのは言葉の後ろに何が隠れてるか、だろ。行動と発言が見合ってなかったらおかしいだろ。常に言葉の紙背を読んで、何故褒めているのか、何の理由があってこう発言してるのか、相手の人生、そして考えを読み取って――」

「……っ!」


 京極が赤石の頭を殴りつける。


「……!?」


 赤石は殴られた箇所を手で押さえ、疑問の目で京極を見る。


「あんなに可愛い可愛い言われたら勘違いするだろ!」


 京極が赤石を怒鳴りつける。


「あれで……?」

「あれで……」


 赤石は未だに疑問符を浮かべたまま京極を見る。


「好きになっちゃうところだったじゃないか」


 京極が唇を尖らせて赤石に言う。


「馬鹿すぎるだろ……」

「……っ!」


 赤石の言葉に気を悪くした京極が再び赤石の頭を殴る。


「お前は文脈とか、前後の発言との整合性とか考えないのか? 会話が飛んでることに対して何も思わないのか? なんで、なんでもかんでも言葉の意味だけで捉えてんだよ。皮肉とか聞いたことないのか? どう思うって聞いてんだから、皮肉に決まってるだろ。なんでお前の中ではプロポーズに変換されんだよ」


 赤石は頭を押さえ、京極は赤石の近くの席に座った。


「ふん!」

「痛い……」


 赤石は頭に手を当てたまま、京極の隣に座った。


「お前はあれだな、彼氏に浮気されても、君が一番好きだから、とか言われたらそのまま浮気を許すタイプの女だ」

「…………」


 京極は赤石から視線を外したまま話を聞く。


「言葉に一番重きを置くタイプの人間だな。お前を都合よく操りたいだけに決まってるだろ。浮気男の典型的な惹句だ。どんだけ自分に自信ないんだよ。他人の言葉の裏を読むってことが出来ないのか、お前は。本心で褒めてる人間なんてそういえねぇよ。都合の良い女になるな」

「う~る~さい」


 京極はうなりながら赤石を見る。


「自分に自信がないから他人の言葉に一喜一憂して、都合良いように扱われるんだろ。自分自身に自信を持つことだな。他人の目を気にする前に、自分のやりたいことをやればいい。自分に自信を持ってやりたいことをすればいい。似合わなくても、そぐわなくても、自分がやりたいならやればいいだろ。嫌われても嗤われても、やりたいことをずっとやらないままにして後悔して、他人を羨むような人生より、一回でも笑われて嫌われて、やりたいことをやって生きた方が断然良いと思うよ」

「……分かったよ」


 赤石は再び窓の前まで歩き、しゃがんだ。


「お前は自分に自信がなさすぎだよ。もっと自分に自信を持てよ」


 赤石は京極を見回した。


「じゃあ、もし僕がそんなことをしてたら、褒めてくれないか?」

「似合ってたらな」

「……」


 京極は口をあんぐりと開けたまま、はぁ、とため息を吐いた。


「似合うかな、僕も女の子らしい格好が」

「背が高いからモデル系の服とか似合うんじゃないか? なんだ、モード系っていうのか、ああいうの」

「……検討してみるよ」


 京極は何故か窓の前でしゃがんでいる赤石の後方で立つ。


「ところでお金の話なんだけど、なんでこんなところに?」


 何故別棟の教室に来ているのか分からないまま、京極は赤石について来ていた。


「お金を返して欲しいんじゃ?」

「いや、あれお前の金で買ったし」

「……確かに!」


 京極は渡したお金で買って来てもらっていた。


「じゃあなんでお金を……」


 京極は怪しい者を見る目で赤石を見る。


「いや、あの子、楠木が言ってた片思いの女の子らしいんだよ」

「え?」


 赤石と京極は窓からちら、と顔を出し中庭の清水と楠木を見る。


「あのままお前をあそこに置いてたら清水のこと言いそうだったから、それっぽい理由で俺とお前で離脱した」

「なるほど……」


 赤石は窓を開け、京極と共に中庭の雰囲気を窺った。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 赤石があの台詞言ってるの想像して爆笑した
[一言] 更新ありがとうございます。 今回も赤石節が炸裂していて、赤石シンパの私は非常に楽しめました。 今夜はとても良く眠れそうです。 いつか、私も赤石のような論調で誰かを諭してみたい……。へへへッ…
[一言] 「お前は可愛い。自分のことを男らしいなんて言うな。お前はお前のままで既に美しい。なんで自分をそうやって蔑むことを言うんだ。俺はこんなにもお前のことを愛しているのに」 「身長が高いのなんて関…
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