閑話 高校一年の夏休みはお好きですか? 1
ある夏の昼下がり。
赤石は、ベッドの上で横臥していた。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピッ。
「うっさい…………」
目覚まし時計を止めた赤石は、再度眠りこける。
トッ、トッ、トッ、トッ。
未だにベッドの上で眠りこけている赤石の耳に、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。
ガチャッ。
「悠、遊ぼうぜーーーーーーーー!」
「…………」
須田が勢いよく赤石の部屋の扉を開け、闖入してきた。
「…………」
赤石はアイマスクも外さず、黙殺する。
須田は赤石の様子を見ると、もう一度息を整えた。
「悠、遊ぼう……」
「うっさい」
赤石は目線も向けないまま、そう言った。
須田は赤石のベッドの近くに陣取り、腰を下ろした。
「おいおい何だよ悠、つれねぇなぁ。遊ぼうぜ?」
「んん……夏休みだろ……寝かせろよ」
須田が布団をめくるが、赤石は即座に布団をかぶる。
「いや、夏休みだけどさ、もう何時だと思ってんだ? 相当時間過ぎてんぞ」
「何時だよ」
「一二時前」
「まだ昼じゃねぇか……」
「いや、もう昼だろ!」
須田はもう一度赤石の布団を取り払う。
赤石はアイマスクを少し持ち上げ、須田を見た。
「おい統、人間の三大欲求が何か知ってるか?」
「…………なんでまたそんな?」
須田が小首をかしげる。
赤石は、三本指を立てた。
「食欲、睡眠欲、そしてもっと寝たい欲だ」
「いや、もっと寝たい欲はもうそれ我欲だろ」
「うっせぇよ~…………」
赤石は布団を頭まですっぽりとかぶり、もう一度須田の前から姿を消した。
須田はむくれた顔をし、暫くの間押し黙る。
「…………」
「…………」
暫くの間、赤石の部屋に沈黙が降りた。
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」
突如として、赤石が止めたはずの目覚ましの音が鳴り出した。
須田が、目覚ましの音を真似していた。
「うっせぇよ~…………」
赤石は布団の間から手を出し、手探りで須田の頭を探した。
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピッ」
赤石は須田の頭の上に手を置き、須田は口を閉じた。
赤石は手をしまい、もう一度眠りに入る。
「スヌーズモードに移行します」
「嘘ぉ…………」
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピッ」
赤石は再度須田の頭を手探りで探し、頭の上に手を置く。
「…………」
「…………」
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」
「いや何で止めたのにまた動いてんだよ!」
赤石はついに体を起こし、須田に突っ込んだ。
「いや、俺のスマホなんか壊れてんのか知らんけどスヌーズモードになったらすぐ次の目覚まし音がなるんだよ」
「いや、知るか。お前のスマホの話は知らん」
赤石はアイマスクを外し、眠たげな目をこする。
「いや、悠お前だって寝すぎだって。昨日何時に寝たんだよ?」
「一二時」
「滅茶苦茶寝てんじゃん! もう起きてもいい頃合いだろ!」
「寝不足だとパフォーマンス能力が下がんだよ。俺にとって睡眠は結構大事な要素だ」
「何? パフォーマンス能力って。そんなライスご飯みたいな」
「うるせ。起き立てほやほやだから頭回ってねぇんだよ」
「お、ご飯だけに。回ってるねえ」
須田は腕を叩いた。
赤石は寝ぼけ眼で、答える。
「っていうか統、お前どうやってこの家入ったんだよ。家宅防衛隊がいただろうが」
「いや、俺程度になると顔パスだから」
「偉い人かよ」
起床直後から、益体もないやり取りを交わす。
「悠、夏休み真っ盛りなんだし、セミでも取りに行こうぜ!」
「夏休み真っ盛りってなんだよ……。嫌だわ、高校一年にもなって蝉捕りなんか」
「じゃあバッタ捕りいこうぜ!」
「大差ねぇよ。なんでこんな超高度文明社会に虫捕りだなんて原始的な事……」
「悠、トンボトンボ!」
「おぉ、あれシオカラトンボじゃねぇか」
「あっちアオスジアゲハ! すげぇ! こんな所にアオスジアゲハ!?」
「いや、あれは宙を舞ってるゴミだな」
赤石は須田に連れられ、近くの公園に来ていた。
虫捕りこそしなかったが、虫たちを観察していた。
「いや~、懐かしいなぁ、虫たち」
「そうだな。子供の頃はよく虫捕りとかしてたけど高校生になった今そんなことしないよな」
赤石と須田は二人、歩きながら公園を回る。
きゃはは、と子供たちが鬼ごっこをしている様子を、遠目に眺める。
「お、統、見てみろよそこの雑草」
「あの白いのか?」
「それそれ。シロツメクサだな。花言葉は、無類の信頼」
「へぇ~、よく知ってるな、悠は」
「嘘だ。適当に言った」
「嘘かよ!」
公園の中を見回りながら、二人は話し合う。
暫くの間公園内を回り、何度目ともしれない道を歩いていた。
赤石は公園の散歩に飽き、口を開く。
「統、公園飽きた。買い物に行きたいぞ」
「買い物かぁ! 行くか!」
赤石と須田は公園から出ると、近くの大型ショッピングモールに向かった。
「ショッピングモールは広いなぁ……」
「何を当たり前な事を」
赤石は須田とショッピングモールに入り、商品を漫然と眺めていた。
商品を眺めていた矢先、男が一人、女が五人で徒党を組んでいる一団を目にした。
「おい統、あの一団男一人に対して女が五人もいるぞ。ハーレムってやつだな」
「うわ~、すげぇな」
赤石と須田は集団を見やる。
「おい何してんだよ高梨!」
「あら、聡助君。正妻がくっついて悪いかしら」
「ちょっ……ちょっと高梨さん、駄目よ!」
「わっ……私もちょっと人前でそんなことは……」
一人の女が、男の肩にすり寄っていた。
「うわぁ…………ヤバいな統、あれ」
「ハーレムとか初めて見たなぁ」
口々に、感想を言う。
が、須田は目を逸らし、もう一度見た。
「…………ん? あれもしかして高梨じゃねぇか?」
「嘘?」
須田の言葉につられ、赤石は目を凝らす。
「うわ…………本当だな。高梨ハーレムメンバーの一員だったのか……。あんまり関わりなかったけど、意外だな……」
「だよな、俺もちょっと意外……」
赤石と須田は共に、言葉を失っていた。
「やっ…………止めるでござる三矢殿ぉ!」
「何言うてんねん! 女性ものの下着コーナーに入っとるだけや! 俺らは別に何も悪いことしとらんぞ!」
二人が言葉を失っている頃、近くで一人の男が眼鏡の男の背中を押し、女性用の下着コーナーに入らせていた。
「すげぇ言葉遣いに癖があるな……」
「確かに……」
話題がそれ、赤石と須田は口を開いた。
「女性用の下着コーナーに入らせる、ってよくやったよなぁ、俺たちも」
「あんまり思い出したくない過去だな」
「ま、俺たちはそういう遊びからは卒業したしな?」
「いや、別に入る分には問題はないだろう」
赤石が下着コーナーに連れられている男たちを見ていると、先程の一団もまた、下着コーナーに入って行った。
「統……俺さ……」
「悠、何も言うな」
赤石と須田は無言で、その場を立ち去った。
赤石と須田は、サングラス販売コーナーにやって来た。
「お客さん、ちょっと来てもらいましょうか」
「あぁ、止め、止めてくれぇ!」
赤石は、サングラスをした須田に腕を引っ張られ連れていかれていた。
「ちょっ、痛い痛い! 離せ統! お前力強いんだよ!」
「仕方ないな用心棒だから」
須田はかけていたサングラスを元の位置に戻した。
「お前がサングラスをかけると割と冗談抜きですごみが凄いぞ」
「すごみが凄い……分かりにくいな」
「まぁそうだな。統、このサングラスかけてみろよ」
赤石は須田に、深い黒のサングラスを渡した。
須田は、サングラスをかける。
その引き締まった肉体と長身、短髪に加え色黒にサングラスをした須田は、既に娑婆に出る人間のそれではなかった。
「やべぇ…………滅茶苦茶怖え」
「嘘だろ?」
「そこの鏡見てみろよ」
赤石は須田に、近くの鏡を見るよう提案した。
須田は鏡の前に立ち寄り、
「うわすげぇ! 怖!」
「お前長身だし身が引き締まってるし筋肉質だし色黒だし水泳部だしで、滅茶苦茶雰囲気あるぞ」
「ちょ、俺これ買うわ!」
須田はすぐさまサングラスを会計し、購入した。
「すごい物を買ってしまったな……」
「鬼に金棒って感じだな、本当」
赤石と須田は、また外を歩いていた。
須田は購入したサングラスをかけ、赤石はその隣を歩いていた。
「これで用心棒ごっこやったら凄いかもしれないな」
赤石は、ぽつりと、呟いた。
その言葉を聞いた須田は、即座に動き出した。
「ちょっとこっちに来てもらおうか、少年!」
「あ、ああああぁぁぁぁ! やめ、止めてくれえええぇぇ!」
赤石は須田に腕を掴まれ、ずるずると連れ去れていた。
「ちょっ…………だ、大丈夫!? 今すぐ警察呼ぶわ! 皆、子供が連れ去られてるわ!」
その二人の様子を見た一人の主婦が、電話をし始めた。
「ちょちょちょちょちょちょちょ、誤解、誤解です! 用心棒ごっこなんです!」
須田は即座にサングラスを外し、主婦に声をかけた。
「そっ…………そうなの~。良かったわぁ~、貴方たち、馬鹿な事しないでよ!」
「「すっ……すみません」」
赤石と須田は、共に謝った。
頭を下げた二人は、笑いをこらえながら目配せした。