第383話 純愛はお好きですか? 2
高校三年に、なった。
「緊張するな……」
「今年も同じクラスなれるかな?」
楠木と清水は不安そうな顔でクラスの発表を見守る。
「三年のクラス用紙は届いたか~? じゃあ今日からお前らも三年になるけど、きっちり頑張るように。お前たちと離れるのは寂しい。毎年あることとはいえ、先生も悲しいぞ。でも、別れは必ず来るもんだからな……」
教師が鼻を鳴らす。
「じゃあ、一同、一旦解散!」
それぞれの生徒のクラス分けが書かれた用紙が配られ、生徒たちは各々動き出した。
「……」
「……」
楠木と清水は、同じクラスには、ならなかった。
「……別々だね」
「……うん」
楠木は口の端を歪ませる。
「で、でも休憩時間とかに喋ることだってできるよね」
「そ、そうだね」
清水は無理に笑顔を作る。
「ちょっと悲しいけど、うん、三年になっても私のこと忘れないでね」
「忘れないよ」
清水が楠木に拳を見せる。
「三年になってからも仲良くしててね」
「……うん」
楠木は清水と拳を合わせた。
「……と」
楠木は話し終えた。
「ここまでが今までの経緯だけど……」
見れば、平田を含む複数人が楠木の話に聞き入っていた。
「感動した……!」
須田は拍手をしながら立ち上がる。
「大げさすぎるだろ」
赤石は須田を座らせた。
「須田君は二年も三年も清水さんと同じクラスだよね?」
「あぁ、三年も確かに同じクラスだなぁ」
「もしかして、須田君は清水さんのこと……」
楠木が不安を募らせた顔で須田を見る。
「え、いや、別に全然」
須田は手を振って否定する。
「良かった……」
楠木は胸を撫で下ろす。
「皆、恋してるな~」
佐藤がうっとりとした顔で言う。
「なんだお前、気持ち悪いな」
赤石が佐藤の頭をはたく。
「止めてよ、赤石君!」
「そうよ!」
須田が佐藤の肩を持つ。
「鼻につく人間がいれば、殴ってもいい」
「そんなわけないでしょ!」
赤石は須田と佐藤に対抗するように、言う。
「で、楠木は最近清水とどうなの?」
横から新井が話に入って来る。
「え、あ、ああ」
突如として話に入って来た新井に対応できず、楠木が動揺する。
「それから夏休みまではちょくちょく僕のクラスとか来てくれて」
清水は折を見て、楠木、赤石のいる一組に遊びに来ていた。
「僕らの教室に来てたから、赤石君も知ってるかな?」
「知らん。他人の交友関係に興味なんかない」
「赤石君はそういう人間だよね。分かる」
「勝手に分かられても困ります」
まだへそを曲げている佐藤が、赤石に意地悪を言う。
「それなりに良好な関係だったと思うんだけど」
「ほうほう」
新井は椅子を引いて赤石たちのグループに混ざった。
「新井さん!?」
新井は佐藤の隣に入り込んだ。
「まぁまぁ、佐藤氏、邪魔だから少しどきたまえ」
新井は佐藤の腹を触り、横にずらす。
「ちょ、ちょっと……!」
佐藤は喜びとも恥ずかしさともつかぬ表情で横にずれた。
「そんな興味ないだろ」
「女の子は皆、恋バナが好きなの」
赤石の軽口に、新井は軽口で返す。
「楠木は清水ちゃんのクラスに行ったりしたの?」
「……」
新井の質問に、楠木は閉口して視線を下げる。
「来てもらったのに、行ってないの!?」
「恥ずかしくて……」
新井がえぇ~、と眉を顰める。
「そんなの可哀想だよ、清水ちゃんが」
「…………」
楠木は眼鏡をくい、と上げる。
「夏休みは何度か一緒に遊びに行ったりもしたんだけど」
それっきりで、と楠木は話しを続ける。
「可哀想だよ、清水ちゃん」
「だ、だからこうやって須田君に相談して、今度は自分から話しかけに行こうかな、って……」
ぼそぼそと喋り、力なく答える。
「あぁ、統とその清水さんが同じクラスだから、統に話しかけに行くフリをして清水さんにコンタクトを取ろう、って魂胆か」
「まぁ……有り体に言ってしまえば」
「良いよ、別にいつ来てもらっても」
須田はパンをかじりながら、親指を上げた。
「あ、ありがとう。僕もそろそろ動くころかな、と思って……」
あと半年もしないうちに、高校が終わる。
「で、出来れば赤石君とか、ついて来てくれないかな!?」
「え~……」
赤石は露骨に嫌そうな顔をする。
「僕が突然、須田君に会いに来たってなったらおかしいからさ。赤石君が行くついでについて行ったら、全然不自然さもないし……」
「面倒くさい……」
「ジュース奢ってあげるから」
「八百円くらいか」
「なんで東京のお洒落カフェみたいな値段設定なの?」
赤石は指を折り曲げて数える。
「赤石君、行ってあげなよ」
佐藤が赤石の肩にぽん、と手を乗せる。
「面倒くさい」
「僕の一生の頼みだから」
「お前は自分の一生の頼みを他人のために使うのか」
「確かに……」
佐藤がおとがいに手を当て、考え始める。
「まぁ別について行くくらい良いけど」
赤石は自分から提案した。
「あ、ありがとう。今日放課後とか、いいかな?」
「あぁ、いいよ……」
赤石は諦めたように許可を出した。
「じゃ、じゃあ今日の放課後、須田君の教室に行くね? 赤石君と」
「良いよ!」
須田は再び親指を上げた。
「わ~、きゅんきゅんするな~」
新井がカタカタと椅子を動かす。
「古い言葉」
「今でも普通に使ってますぅ~。赤石が他人のこと知らないだけですぅ~」
赤石と楠木は放課後、清水の教室に行くこととなった。
「緊張するなぁ……」
放課後、赤石と楠木は須田と清水に会いに行っていた。
「ちょっと喋ったら帰って良いか?」
「あ、あぁ、うん。ありがとう、赤石君」
「良いよ」
赤石は教室の扉を開けた。
ガラガラガラ、と扉を引く音とともに他クラスの生徒が入って来たことで、教室内の空気が少しピリつく。
「久しぶりだな、このピリつき具合」
赤石は苦笑する。
「同じクラスの生徒って、たまたま同じクラスになっただけの他人のはずなのに、妙に同調意識とか仲間意識が強くて苦手なんだよな。おまけに、体育大会だとか文化祭だとか、他クラスのやつに対して微妙な排斥感がある。誰かに決められた輪の中にいることで一体何の仲間意識を感じてるのか疑問だよ。自分の人生の道標くらい自分で決めろよ、と思うね」
「他クラスに来てまで喧嘩売らないでよ、赤石君」
楠木は赤石の背後に隠れながら、教室に入って行った。
「来たぞ」
「お、おっす」
赤石は須田の下までやって来た。
「部活は?」
「あとちょっとしたら行くつもり」
「そうか」
赤石は須田と他愛もない話をする。
普段、授業が終わり次第すぐに部活に行っている須田は、楠木のために少しだけ待っていた。
「楠木氏!?」
楠木の予定通り、清水が楠木に気付いた。
女子生徒と話していた清水は楠木の下まで歩み寄る。
「久しぶり~、楠木氏~」
清水は楠木の手を取った。
「あ、う、うん、久しぶり」
「なんでこんな所いるの?」
「赤石君について来て……」
赤石は楠木を瞥見しながら、須田と他愛もない話を交わす。
「あ、あぁ、そうなんだ……」
赤石に対して良い感情を持っていない清水、他多数の生徒たちは白い目で赤石を見る。
「夏休みぶり? 本当久しぶりだね!」
清水は楠木の頭を撫でた。
「元気してた?」
「う、うん、元気してたよ。清水さんは?」
「私なんかもう超元気だよ~」
清水は華奢な腕で小さな力こぶを作る。
「ちょっと喋ってく?」
「え? あ、あぁ、うん」
楠木は清水の席の前の席に案内された。
「じゃあ今から部活でも、行こうかなぁ~」
須田はよっこらせ、と立ち上がる。
「重い腰を上げたよ、ようやく」
「そうか」
「あの、でかい船で、なんかその重りみたいな……いかり? がなんか引き上げられたって言うか」
「よく知らないなら無理に例えようとするなよ」
須田は伸びをした。
「悠も水泳行く?」
「行かん」
赤石と須田は教室を出た。
そして楠木は清水と二人で残される。
「楠木氏、クラス変わってから出会う機会少なくて悲しいよ~」
清水は楠木の手の甲をぺしぺしと叩く。
「大丈夫? いじめられてたりしない?」
「大丈夫だよ、全然」
楠木はあはは、と笑い、眼鏡をくい、と上げる。
「でも楠木氏、やっぱりまだ前髪は長いね」
清水が楠木の前髪を触る。
「ちょっと伸びてるかも」
楠木は顔を赤くしてうつむく。
「切ろうよ~」
「あ……じゃあ、切ろう……かな」
楠木の前髪はことあるごとに、清水に勧められる形で切って来た。
あぁ、そういえば二年の頃はいつもこんなだったんだ、と楠木は思い出す。
「オールバックとかしない?」
「しないよ。似合わないし……」
「やってみたら意外と似合うかもしれないよ?」
「そうかなぁ……」
楠木は前髪をいじる。
「……」
清水は時計をちら、と見た。
「そういえば、清水さんはいつも教室に残ってるの?」
清水の動向を気にした楠木が水を向ける。
「え? あ、あぁ、たまにね」
清水はあはは、と笑った。
「今日は四時までは皆と雑談しとこうかな~、って」
「へぇ~」
楠木は時計を見た。
十五時五十分。あと十分で、十六時になる。
「十六時から何かあるの?」
「あ、うん。だから残ってるんだぁ~」
清水は体を小刻みに揺らす。
「そろそろかなぁ~」
清水はスマホで時間を確認する。
十六時が待ちきれない、といった風に揺れながら。
「何があるの?」
楠木は純粋な気持ちで、清水に問いかけた。
「今日は四時に、彼氏が迎えに来るから」
清水は満面の笑みで、そう答えた。
「…………え?」
楠木は、体を、硬直、させた。




