第382話 純愛はお好きですか? 1
「ふぅ……」
須田が一息ついて帰って来る。
「お待たせ~」
須田は赤石の隣に座った。
「で、話って?」
そして後方の楠木に水を向ける。
「あ、ああ」
一拍置いて、楠木は須田を見た。
「実は、今日相談があってここに来て」
「俺に?」
「須田君に」
ほほう、と須田は自身の顎をさする。
「実は僕、好きな人がいてさ」
「え~~!」
須田が目を丸くする。
「須田君って、モテるんだよね?」
「いやぁ、それほどでも……」
須田は頭をかいた。
「バレンタインに二トントラック二台分くらいのチョコは確かにもらってるかな」
「売れてる俳優みたいな逸話」
ははは、と須田が笑う。
「そこの男子、うるさいんだけど~」
平田が赤石たちを箸でさす。
「盗み聞きするなよ」
「盗み聞きされたくないならトイレでも行って男同士みじめに話しててくださ~い」
平田が唇を尖らせ、いやみを言う。
「制裁パンチを食らわせる時が来たな」
赤石がガタ、と椅子を引く。
「ちょっとちょっと!」
佐藤が赤石を止める。
「神の怒りを思い知れ! ゴッドハンドナックル!」
「ゴッドハンドナックルじゃないよ!」
拳を振るおうとする赤石を佐藤が必死に止める。
「いや、ごめん、大丈夫。良いんだ」
楠木もまた、赤石を止めた。
「別に全然平田さんが好きなわけじゃないから大丈夫」
「何その腹立つ言い方」
楠木の意図していない棘が、平田に刺さる。
「実は須田君にもどう思うか聞きたいんだけど……」
楠木は身の上話をし始めた。
「二年二組、二年二組、二年二組……」
高校二年に進級し、楠木は教室を探していた。
「あ」
「あっ」
教室を探すことばかりに目を取られ、隣にいる女子生徒とぶつかってしまう。
「あっ、すみません」
楠木が慌てて謝罪をしたその先に、目を奪われるような美少女が、立っていた。
「……」
息をすることも忘れ、楠木は少女に見とれる。
「ううん、私も見てなかったからごめんね。えっと……」
少女は楠木が持っている紙に視線を落とした。
「あ、二組の人?」
「え、あ、ああ、はい」
少女は軽く屈み、耳にかけていた髪が楠木の腕の上に落ちてくる。
「あ、やだ~」
少女は再び髪を耳にかけた。
面白いね、と少女は楠木に笑いかける。
「……」
その間も、楠木は息も出来ずに、少女に見とれていた。
「二組はあっちらしいよ? 行こ?」
楠木は少女に手を引かれる。
「私も二組だよ。清水麗奈って言います。よろしくね」
「え、あ、はい……よろ、よろしく」
楠木は視界を隠す前髪をいじりながら、少女に手を引かれた。
「席、一個違いだね」
二年二組に案内され、楠木の席の後方には、清水が座っていた。
そしてその清水の後方に、須田の席がある。
「よろしくね、えっと楠木君」
「……よ、よろしく」
楠木は震える手で眼鏡をくい、と上げた。
「よ~ろ~し~く、と」
清水は楠木の背中に指で文字を書く。
「く、くすぐったいよ」
「えへへへ……」
これから始まる学生生活と、清水との関係性の変化に胸を躍らせ、頬を赤く染めた。
清水は微笑を湛え、楠木を見ていた。
三学期が、来た。
「だ~れだ」
楠木の目に手があてがわれる。
「え……」
沈黙の後、
「清水……さん?」
「当たり~」
楠木が振り返ると、清水が笑みを湛え、両手を上げた。
「ちょ、ちょっと、ビックリするから止めてよ」
「楠木氏~、さては恥ずかしがってるなぁ~」
「べ、別に……」
楠木は前髪を弄る。
「変態~、変態楠木~」
「別に変態じゃないし……」
うりうり、と清水が楠木の肩をつつく。
「今日からまた毎日会えるね」
「……まあ、うん」
清水はにこ、と笑いかけた。
「楠木氏~」
放課後、清水が楠木に声をかける。
「え、あぁ……」
帰り支度をしていた楠木は手を止める。
「三学期初日、一緒に帰りませぬか?」
「あ、あぁ……うん」
「やった!」
清水はぴょん、と跳ねた。
清水と楠木は二人で学校を出た。
「……」
「……」
近づいて、離れて。お互いに距離を掴めないまま、ついて離れてを繰り返す。
そして二人の距離は少しずつ近くなっていく。
「ね」
「うん」
清水が楠木の目を見た。
「楠木君って優しいね」
「……え」
清水は楠木に微笑みかける。
「え……そうかな?」
楠木は頬をぽりぽりとかいた。
「優しいよ、絶対。今までずっと見て来た私が言うんだから間違いありません!」
「う、うん……」
楠木は頬を赤らめる。
清水と目を合わせることが出来ない。
「何か言うことは?」
「……」
楠木は清水をちら、と瞥見した。
「ありがとう」
「よろしい」
清水はぽんぽん、と楠木の頭を撫でた。
「楠木氏~」
「な、なに?」
清水が楠木に軽くタックルする。
「楠木氏ってさ、彼女とかいる?」
「え、か、彼女!?」
今まで聞かれなかった質問に、声が裏返る。
「い、いないけど……」
眼鏡を上げながら、楠木は答えた。
「そうなんだ~」
清水はカバンを後ろ手に、小さなステップを踏んだ。
「楠木氏、モテそうなのにな~」
「ぜ、全然! 全然モテてないから!」
楠木は慌てて否定する。
「し……」
「ん~?」
清水は楠木の言葉を待つように、瞳を覗く。
「清水さんは彼氏とか……いるの?」
「……ふふふ」
楠木に笑いかける。
「全然いないよ~」
おどけたように、言った。
「そっか」
「うん、全然」
「……」
「こうやってね、男の人と二人で何かしたりするのも初めてなんだ」
「そうなんだ……」
お互い頬を赤らめ、外を向いた。
「もう二年もあとちょっとしかないね」
「うん」
三カ月もすれば、楠木も清水も三年生になっている。
「あ~~~~」
清水が大きな声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「彼氏欲しいな~」
「か、彼氏!?」
清水がぴょこぴょこと楠木を見る。
「だってみーちゃんとかすごい楽しそうだし、彼氏がいるの羨ましいし~」
楠木は何度も眼鏡を上げる。
「そ、そうなんだ」
「彼氏いるのなんて羨ましいな~。三年生になるころには出来てるかな~」
「き」
「き?」
楠木は前髪をいじった。
「きっと出来てるよ、ししし清水さんは魅力的……だし」
「ふふふ……」
清水は怪しく笑う。
「期待してよ~っと」
「……」
清水は楠木に、体を寄せた。




