第379話 殴り合いはお好きですか?
昼――
昼食時、別棟の空き教室に、多くの生徒たちが集まっていた。
「まだまだ暑いなぁ」
「ああ」
赤石の隣に、須田が座っている。
「心配」
「……」
そして須田を挟んで、上麦と高梨が座っていた。
「なにこれ」
空き教室に入って来た平田が呆れながらも、ため息を吐いた。
「邪魔。どいて」
「……」
平田は上麦の前に立った。
「白波が先。平田は後」
「は? だから? ここ、いつも私が座ってるところだから」
「マナーが悪いおじさんみたいな言い分」
「おい、ブス聞こえてるぞ」
赤石の陰口に、平田が青筋を立てる。
「もういいわ」
平田は諦め、適当な席に座った。
「随分と騒がしいですわね」
「どういう状況?」
花波と新井が入って来る。
「随分と雑魚を引き連れてるのね」
高梨が鼻で笑う。
「雑魚?」
「はぁ?」
「あらあら」
高梨と花波たちが対立する。
「高梨、喧嘩増やさないで」
花波が高梨を押さえる。
「何しに来たわけ? 前追い払ったのに、何度も何度も鬱陶しい」
「赤石さんに悪口を言いに来たんですの? お引き取り願いますわ」
平田と花波が高梨の前に立つ。
「高梨、赤石と仲直りしに来ただけ」
上麦が高梨と平田の間に立った。
「高梨、赤石に謝る」
上麦が高梨を焚きつけた。
「別に、私が謝ることなんて何もないけれど?」
ツンとした表情で、高梨はそう言った。
「いよいよ何しに来たわけ? 人の食事の邪魔しないでくれる?」
平田が近くの椅子を蹴った。
「止めて、私のために喧嘩しないで、って言う所だぞ、悠」
須田がこそこそと赤石に告げ口をする。
「コソコソしない!」
「はい!」
新井が須田と赤石をたしなめた。
「早く帰ってくれる?」
平田が椅子に座り、人差し指で机を叩き始めた。
「用があるから来たんじゃない」
「何? 早くして。飯食えないから」
「赤石君が私に謝る、って言うから来たのよ」
「高梨……」
高梨が赤石の下まで歩いて来た。
「頭を下げて私に謝罪するなら、許してあげても良いわよ。これから私の言うことを聞くのならね」
高梨は赤石を見下ろす。
「……」
赤石は無言で高梨を見上げる。
「赤石、高梨謝りに来ただけ。高梨、謝って」
「謝らない、って言ってるでしょ。赤石君が悪かったんだから、赤石君が謝るのが筋よ」
赤石はゆっくりと、口を開いた。
「謝りは、しない」
赤石もまた、高梨と真っ向勝負を挑んだ。
「赤石、高梨、どっちも面倒くさい……」
上麦が頭を抱える。
「謝っちゃいなよ。楽になるぜ、悠」
「別に高梨に頭を下げてまで許してほしくなんてないし」
「幼稚ね」
高梨が鼻で笑う。
「そうやって、自分の言うことに賛成しかしないイエスマンばかり集めて、一体何をするつもりなのかしら? 革命でも起こすつもり? 自分の言うことに賛成しかしない雑魚なんて集めてもあなたの人生なんて一向に好転しないわよ」
「別にイエスマンを集めてるつもりなんてない」
赤石は平田たちを見る。
「来るものは拒まない。去る者は追わない。それだけ」
「そうやって自分の殻に閉じこもって、自分と意見の合わない人を拒絶していったから今あなたはこんなことになってるんじゃないの? こんなジメジメしたところで閉じこもって、みっともない」
「……」
赤石と高梨が睨み合う。
「赤石は本当に来るものを拒んでないだけだから。赤石のことも知らないくせに言いすぎだよ、高梨さん」
新井が高梨の後ろからやって来る。
「あわわわわわわわわわ」
混沌とした場に、上麦が慌てふためく。
「あなたも赤石君に絆されたのかしら。何をされたのかしらないけれど、情けないわね。ちょっと優しくされたからってすぐにお供にでもなるのかしら? 馬鹿な女。桃太郎の猿そっくり」
「謝罪しろ謝罪しろ、っていちいち謝罪を要求するような奴よりましだと思うけど」
「は?」
「は?」
高梨と新井が火花を散らす。
「そんなに赤石が嫌いなら近づかなけりゃいい話じゃん。いちいちむかつくんだよ、お前」
「間違ってたことを正そうとしてるだけよ。謝罪を求めてるわけじゃないわ。正義を突き進んでるのは私よ」
「謝罪謝罪言ってたじゃん。何? ちょっと間違いを指摘されたらすぐ方針転換ですか? 可哀想なおつむ」
「…………」
「すとっぷすとっぷ!」
上麦が高梨と新井を引き離す。
「赤石、高梨と仲直り、して?」
上麦がうるうるとした目で赤石を見る。
「去る者は追わない」
袖にする。
「高梨、仲直りして?」
上麦は高梨に潤んだ瞳でお願いをする。
「嫌よ。私間違ったこと言ってないもの」
袖にされる。
「間違ってても、俺は俺の意志で動いた」
「間違ってることを私は指摘したわ」
「去る者は追わない」
「罪人は罪を認めるべきよ」
「認めてはいるが、謝罪してまで他人に関係を結んで欲しくなんてないね」
「間違ってるわ」
「間違ってていい」
赤石と高梨の会話は、平行線をたどる。
「……」
高梨は無言で教室を回り始めた。
「何……?」
そして、赤石の前にやって来る。
「……」
パン、と綺麗な打音が響いた。
「……野郎」
赤石が立ち上がり、高梨に平手打ちを繰り出す。
「……」
が、途中で止め、座った。
「……」
高梨から視線を外す。
「あなたは私のことが嫌いなの?」
「そんなことは言ってない。話のすり替えだ」
「好きなのね?」
「詭弁だね」
「どうして私と仲を戻そうとしないのかしら?」
「去る者は追わない。言ってるだろ。そこまでして仲を戻そうとなんて思わない」
「……」
高梨が反対の手で赤石の頬をぶった。
「あなたは、いつまで、意固地になってるのよ!」
高梨が赤石の頬を何度もはたく。
「高梨!」
「悠の顔がパンパンになる!」
上麦と須田が高梨を止める。
「意固地になってんのはお前もじゃねぇか! 自分のこと棚に上げてんじゃねぇよ!」
赤石が高梨を突き飛ばし、後方にいた新井が高梨を受け止めた。
「そんなに私のことが嫌いなら、ちゃんと拒絶しなさいよ!」
新井の制止をほどき、高梨が赤石にくってかかる。
「嫌いなんて言ってねぇだろうが!」
「間違ってたでしょうが、あなたは!」
「そんなこと!」
赤石は須田に引きはがされる。
「そんなこと、分かってるよ……」
分かってはいた。
だが、赤石は自分を止められなかった。
「なんであなたは、そんなに馬鹿なのよ……」
憂いを帯びた目で、高梨は赤石を見る。
「間違ってても、俺は俺でいたいだけだ」
悲しみと、蛮勇と。
赤石は半分誇らしげに、そう言った。
「あなたは……」
高梨が上麦の制止を振りほどいた。
「高梨!」
つかつかと赤石に近寄る。
赤石は臨戦態勢に入る。
高梨は赤石の肩を掴み、
「あなたは本当に」
赤石を抱き寄せた。
「あなたは本当に、馬鹿よ」
高梨が赤石を抱擁する。
突然の事態に、赤石は目を丸くした。
「今回だけは許してあげるわ、この私が」
「……」
緊張し、体を強張らせる。
「次からはちゃんと相談しなさい」
耳元でそう、呟いた。
「自分を切り売りするのは止めなさい」
高梨が赤石の頭をぽんぽんと撫でた。
「……」
「……」
しん、と静まり返る。
「もういいですか~」
机に座り足をプラプラとさせながら、平田が言った。
「痴話げんかならよそでやってくださ~い」
平田が冷めた目で高梨と赤石を見る。
「痴話でもちわわでもないわ」
高梨が赤石を突き飛ばした。
「一つ借りがあるもの。今回は私が折れてあげる」
高梨は腰に手を当て、胸を張り、そう言った。
「勝手に抱き着いて、気持ち悪」
「そんなことないわよ。だって私、美少女だもの。美少女の抱擁に価値がないわけないでしょ? いくつ札束がいるか分かったものじゃないわよ?」
「あぁ~、むかつく、こいつのこういう所。本当嫌い」
平田は不機嫌になりながら、椅子を引き、座った。
「赤石、仲直り」
上麦が赤石の手を取り、高梨と握手をさせた。
「お前は本当に、おせっかいなやつだな」
「白波、おせっかい」
上麦はぴし、と敬礼をした。
高梨は握手をしている赤石の腕を引っ張り、
「次はないわよ。私を裏切ることは許さないから」
赤石にそう耳打ちした。
「……善処する」
「殺されることも考えておいて」
高梨は赤石の手を力強く握り、微笑んだ。




