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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第9章 新井由紀:Rising
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第378話 罪悪感はお好きですか? 2



「え……」


 言葉が、出ない。

 赤石の発した言葉の意味が、分からない。


 変わったな。


 良い意味なのか、悪い意味なのか。

 

 恐らくは、後者なのだろう。


 失望と、受け取った。


「違うくて、本当に違うくて……」


 八谷は焦りながら、否定する。


「昔のお前なら、櫻井以外は全員切り捨ててたけど、変わったな」


 一緒にカラオケに行った同じクラスの男子生徒、一緒に帰るようになっていた、男子生徒。

 どれもこれも、赤石の知らない関係だった。

 

「違う、そうじゃなくて……」


 そしてそれは、赤石が櫻井未満であるという証左でも、あった。

 赤石に人を引き付ける力はないという、証左。


 自分は何でも知っていると、思っていた。

 思い込んでいた。

 八谷のことなら何でも知っていると、思い込んでいた。


 だが、人生は、物語なんてものでは、決してない。


 他人の物語には、必ず自分が知らない闇の部分が、抜け漏れた何かがある。


 他人を理解することは出来ない。

 他人の全てを知っているわけでは、決してない。


 物語のように、重要なファクターが一つ一つ抜き出されて周知されていると、何故思い込んでいたのか。

 自分の知っている八谷が、自分の観測範囲のものだけで出来ていると、何故思い込んでいたのか。

 八谷は自分が想像しているままの人間だと、なぜ思い込んでいたのか。


 赤石は、自分を恥じた。


「ごめん」

「え……?」


 そして、前にいる八谷に謝罪した。


「全部、俺のせいだったんだな」


 思い出した。

 いや。

 欠けていたピースが、はまったと言うべきか。


 自分の観測してない八谷を知ることによって、理解した。


 八谷を苦しめているのは、自分自身なのだ。


「ごめん、八谷」

「なんで……どうして謝るの」


 八谷は慌てて赤石をなだめる。


「俺がお前を、ずっと檻の中に閉じ込めてたんだな」

「…………」


 赤石が八谷を、ずっとずっとずっとずっとずっと、閉じ込めていた。

 赤石が八谷を、拘束していた。


「お前は自由に飛ぶべきだったんだ」

「分かんない……分かんないわよ」


 八谷は頭を振る。


「俺のせいで、お前は今まで自由に暮らせてなかったんだな」


 自分がいない場所でこそ、八谷は輝ける。

 自分がいない場所でこそ、八谷は八谷足り得ることが出来る。


 八谷をずっと苦しめていたことに、気付く。


 いや。


 そう願ってしたことでも、あった。


 もう、八谷を解放しなければいけない。


 八谷を根本から変えてしまったのは、自分だった。

 櫻井から解き放たれた八谷を崩壊させたのは、全て自分の責任だった。


 そして。


 自分の責任で八谷が苦しめられ、杭を打たれている状況に、自分自身でも辛くなる状況が多くなった。


「なんで、なんで赤石が謝るの……!?」


 八谷はおろおろとする。


「負い目があるんだろ」

「負い目……」

「お前は俺に、負い目があるんだろ。申し訳ないと思ってるんだろ。だから、自由に動けない。俺が嫌がることを出来ない。俺がお前を、ずっと縛ってたんだ」


 赤石は丁寧に、説明する。

 絡まった糸をほどくように。


 否。


 故意に絡めた糸を、切るように。


「そんなこと……」


 八谷は俯く。


「こんなことをしたら俺に対して申し訳ない、と思ってる。こんなことをしたら俺が悲しむと、思ってる。俺に対しての罪悪感が、お前をずっと縛ってる。お前はあれ以来、ずっと孤独だっただろ」

「違う」

「俺がいなくなれば、お前はきっと、もっと自由になれる」

「違う……」


 八谷は頭を振る。


 もう許されるべきだ。


 八谷も。

 そして、自分も。

 八谷を変えたのは、自分なのだから。

 強くて美しく、傲慢で傷つきやすく、他者を顧みない凶暴性がありつつも儚い、そんな八谷から、その攻撃的な姿勢を、全て剥ぎ取った。


 全ての牙を抜かれた状態が、今の八谷であった。


「お前が誰かと仲良く遊びに行ってるなんて、知らなかったよ」

「あ、あれは平田さんに誘われて行ったらたまたま知らない人がいて……」

「お前が他人に同調出来るようになってたなんて知らなかったよ」

「帰ってる途中に断れなくて」

「あの時から、お前は、俺の知らないうちにちょっとずつ変わって行ってたんだな」


 あの一件以来、八谷は社会性を手に入れいていた。

 傲慢という仮面を剥がれた、一人の少女。

 

 その代わり、八谷は社会性を、手に入れた。


 赤石は八谷を正面から見る。


「お前はお前の道を歩き出したんだ」

「……」

「もう俺に罪悪感を覚えるのは止めろ。負い目を感じるのは止めろ。これからはもっと自由に生きてくれ。俺がどう思うかを気にするな。俺がどう感じるかを気にするな。もっと自分のやりたいことをしてくれ」


 赤石は頭を、下げた。


「自由に、なろう。お互いに」


 赤石は八谷を、解き放った。


「……」


 八谷は答えない。

 うつむいたまま、答えない。


 ぱちん、と乾いた音がした。


「……え?」


 赤石は左頬に熱を感じ、咄嗟に手で押さえる。


「なんで……」


 八谷が赤石を、睨みつけていた。


「なんでそんなこと言うのよ!」


 八谷が赤石を、平手打ちした。

 意味の分からない状況に、赤石は唖然とする。


「俺は、お前に謝って、お前に自由になってもらおうと――」

「だったら!」


 八谷は声を張り上げた。


「だったら、黙ってなさいよ!」

「……」


 八谷の感情について行けない。


「なんで自分のせいだなんてこと言うのよ……。私は、ちゃんと私の道を歩いてるわよ。あんたと同じ大学に行こうとしてるのも、あんたと一緒に帰ってるのも、あんたと一緒にいるのも、全部私の意志なんだから!」

「…………」


 ずっと息をひそめていた八谷の凶暴性と、今ここで、再び出会った。

 

 ああ。


 そうだ。


 お前はそういう、奴だった。


「なんとかして私との縁を切ろうとなんてしないでよ! 私は……私は自分の意志で動いてるの! 罪悪感も負い目もない! 私の意志を、簡単に否定しないでよ!」

「…………」


 八谷から、目が離せない。


「でも俺に罪悪感は、あるんだろ?」

「…………」


 八谷は拳を握りしめる。


「ある……あります……」


 下唇を噛む。


「でも」


 言葉を重ねる。


「でも、赤石と一緒にいるのは、全部私の意志なんだから……」


 ゆっくりと、意気消沈する。


「なんで赤石はことあるごとに私を突き放してくるの? なんで赤石はずっと私を突き放そうとするの? 私のことが、嫌いなの?」


 八谷はその場にへたり込み、涙目で言う。


 違う。


 ただ、怖いだけだ。


 人から拒絶されるのが。


 拒絶される前に、拒絶する。

 そうすれば、他者の悪意に触れることも無くなる。


 どうしようもなく。


 怖い。


 自分が。

 そして、他人が。


 好意を抱けば抱くほど、揺り戻しを恐れるようになる。


「俺はお前を解放しようと思っただけで……」

「私はどれだけ縛られてても、赤石と一緒の方が良いのに……。なんで分かってくれないの? なんで……」

「……」


 喉に異物が、引っかかったように。


 言葉が、出て来ない。

 喉が、重い。


「カラオケだって、あんな人がいるなんて知らなかったのよ。一緒に帰ったのだって、ついて来たから。赤石に嫌われたくなくて、ずっと自分を殺して生きて来たのに。なんで伝わらないの? なんで赤石は分かってくれないの? 赤石をカラオケに誘ったら良かったの? どうしたら良かったの……?」


 八谷は赤石を上目遣いで、見る。


「誘われても普通に行かないと思うけど……」


 恐らく求められている答えではないと分かりながらも、そう言うしかなかった。


「俺はお前のためを思って……」

「本当に嫌い」


 八谷が赤石の手首を掴む。赤石を、睨みつける。


「そんなこと思ってないでしょ。赤石はどうしても、私を突き放したいだけなんでしょ。私のためを思って突き放してるなら、もう二度としないでよ……」


 八谷は赤石の眼前まで顔を近づける。


「もう二度と、しないで欲しい」

「……」


 八谷が、立ち上がった。


「辛いよ、私……」


 いつか吐いた言葉。

 いつか吐いた言葉が、自分に、帰って来る。


「ごめん……」


 赤石はただ謝ることしか、出来なかった。


「私、赤石と同じ大学に行くために必死で頑張ってるの。赤石に嫌われないように必死に頑張ってるの。もう突き放すようなこと、言わないで。辛いの……」


 八谷が赤石に手を差し出した。

 赤石は八谷の手を取り、立ち上がる。


「嫌われないようにする関係なんて、いつか壊れるんじゃないのか。相手のためにする行為も、限界があると思う」

「止めて……止めて止めて止めて。もう喋らないで。私のこと、責めないで……」

「ごめん……」

「……」


 八谷が赤石の手首を掴んだ。


「帰ろ?」


 八谷が赤石の手首を掴み、駅まで歩いた。


「……」


 赤石たちは無言で、駅まで歩いた。

 



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― 新着の感想 ―
鳥飼さんの事件がターニングポイントすぎるな。あそこからここまで落ちぶれてるの悲しくて読んでられない。読むけど
[一言] いけ〜八谷!そのままおせ〜
[一言] 自分にとって八谷回はご褒美!うれしい
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