第376話 反省することはお好きですか?
「お~い、平田」
赤石は平田を探しつつ、廊下を歩いていた。
「何あれ」
「気持ち悪」
すれ違った生徒たちに陰口を叩かれる。
「……」
赤石は無言で平田を探し続けた。
「あ」
「……」
階段下の狭い空間で、平田は体育座りをして座っていた。
「おい、探したぞ」
「もういい」
平田はそっぽを向く。
「もういいことないだろ。早く帰って来いよ」
「本当無理。お前ら。マジでキモい。死ねばいいのに」
「授業遅れるぞ」
平田は赤石を睨みつける。
「どうせ私が悪いって言うんでしょ。私が嘘吐いてる。私のせいで皆仲が悪くなった。私がいるから雰囲気が悪くなる。そうやって、何もしてないのに一方的に私が加害者にされるの分かってるから。もういい。帰らない」
「何もしてないことはないだろ。子供か、お前は……」
こじらせてるな、と赤石はため息を吐く。
「お前らみたいな馬鹿な男がいるから私は割を食ってるわけなのに、何なの、その言い方? 顔が良かったら言ってることは真実になるわけ? 男に媚びてたら一方的に信じるわけ? 本当に正しいことを言ってるのは私なのに、顔が良いから、媚びてるから、そんなお前らオスどもの一方的な理由で勝手に真実の女神みたいに祭り上げられてるやつ見るとイライラするんだよ!」
平田は赤石を怒鳴りつける。
上履きを赤石に投げてよこした。
「別に新井が正しいともお前が正しいとも言ってないだろ」
赤石は平田の上履きを取りに行く。
「お前はあいつの味方じゃん。私、あいつに彼氏盗られたんだよ? あいつのせいでひどい目に遭ったんだよ? ちょっとは私の味方して、あいつを糾弾するのが筋じゃん? なんであいつの味方ばっかするわけ? 男に媚びてるから? 顔が良いから? お前らみたいな馬鹿なオス共はいっつもそう。そうやって自分に利益のある人間ばっかりエコひいきして私たちを追い詰める」
「勝手に話を膨らませるんじゃない」
平田は赤石から視線を外したまま、言葉を連ねる。
赤石は平田に上履きを返した。
「あざといだかなんだか知らないけど、何考えてるかも理解せずに可愛い可愛いもてはやして、本当無理。キモい。頼むから死んでほしい」
赤石は目を弓なりに細める。
「今までもずっとそうだった。お前ら馬鹿のせいで私がどれだけひどい目に遭ったか想像できる? お前みたいな馬鹿共のせいで私がクラスでどんな目に遭ったか分かる?」
「それは知らないけど」
「だから私が、お前ら馬鹿を利用する側に回ってやろう、って思っただけ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、本当馬鹿。頭悪い。自分で考えることも出来ない低能。死んでよ、本当に」
赤石は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「取り敢えずそんなジメジメしたところから出て来いよ」
「ブスだから? ブスだからちょっとは明るい所に出ろ、って?」
「卑屈すぎるだろ」
平田は赤石の腕を掴み、立ち上がった。
「自分が馬鹿じゃないって証明したいなら、ちゃんと私の味方してあいつのこと糾弾してよ」
「そんな、人のことを糾弾できるほど強い人間じゃないよ、俺は」
「クラスの全員に向かってぶち切れてたじゃん。じゃあ新井の一人や二人ぶち切れて私の味方するくらいわけないでしょ」
「まぁ新井は新井で色々あったから」
「私には何もなかったみたいな言い方止めて」
「面倒くさいやつだな……」
赤石は頭をかく。
「なんで俺の周りにはこんな面倒なやつしかいないんだ」
「自分が負け犬だからでしょ。人のせいにしないでくれない?」
「鬱陶しいし」
赤石は平田を連れて、教室に戻る。
「帰ったらちゃんと私の味方してよね」
「俺は誰の味方もしないよ」
「そんな人間いない。皆、自分自身の理由で誰かを祭り上げて味方してるじゃん」
「俺が味方するのは俺に好意的なやつだけ」
「私がお前に文句言ってるから私の味方しない、って訳? 何? 新井と寝たの? だから新井の味方するんだ。結局自分に都合の良い女のことばっかり祭り上げて、本当のことを言う私にはだんまり。そんなに新井がいいなら一生新井に付きまとっとけば」
「寝てないし、いや、全く寝てないこともないけど、俺は来るもの拒まず、去るもの追わずの精神だから」
「何、全く寝てないこともないって。やっぱ寝たんじゃん」
「お前の思ってるようなのじゃない」
平田は舌打ちをする。
「本当どいつもこいつも、どいつもこいつも、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。男とか本当気色悪い。頭が悪いからそうやっていつまでも騙されてんでしょ。ほんと死んでよ」
平田は赤石を蹴りつける。
「まぁ、でも人間は間違う生き物だから。お前だって八谷いじめてたんだから。八谷の身の振り方次第で今どうにでもなってたはずだぞ。たまたま風向きが良くなったから今ここにいるだけだろ。俺が八谷と一緒になってお前を糾弾してたら満足だったのか? お前を指弾してクラスでいじめたら満足だったのか? 不登校に追い込めば満足だったのか? お前だって今までも間違えてきたんだから、新井が間違えてても何も言えないだろ。人の間違いを許せるようになってもいいんじゃないか?」
「……」
平田は無言でうつむく。
「何、自分は間違えません、みたいな言い方してるわけ?」
「俺だって間違うし、お前だって間違うし、誰だって間違うよ。だから俺も俺の間違いを許してほしいし、他人の間違いを許したい。間違えてたなら次に生かせばいいだろ。間違えてたなら反省すればいいだろ。間違ったと思ってないなら、自分の思うように生きればいい。人は人と人との関わりの中で意見や思いを変えながら、流動的に生きていくんだから、まぁちょっとくらいお前が譲歩してもいいんじゃないか? 俺もお前も、聖人君子じゃないよ。子供から今まで、色んな間違いをして、今だって間違った選択をしながら生きてるかもしれない。分かり合えない人間ももちろんいるけど、俺とお前も、お前と八谷も分かり合えた。新井と分かり合えるか、試してみてもいいんじゃないか? そこそこ仲良かったんじゃないか、お前ら? 指弾するなら、試してからでもいいんじゃないか?」
「…………」
平田は無言で赤石を睨みつける。
「寝たやつが言っても響かないから」
「だから寝てないって……」
平田と赤石は教室へと戻って来た。
「あ」
「……」
平田が帰ってきたことを察知し、新井が席を立つ。
「あの……ごめん、朋美、私のせいで……」
「…………」
平田が新井を黙殺し、自分の席に座る。
「お前のせいで私がどういう目に遭ったか分かってる? 辱められる私を見て、何か行動した? 謝った? 悪いと思わなかった? ヒドい目に遭ってると思わなかった? どうせ、そこらの馬鹿共と一緒になって私のこと嗤ってたんでしょ? 無様にフラれた女だと思って嗤ってたんでしょ?」
「…………」
新井は黙り込む。
真実を言えば、何も、思っていなかった。
が、何も思っていないことが逆に平田の怒りを買うと、新井は感じていた。
「土下座して」
平田が足で床をトントン、と二回叩く。
「土下座して、私に頭を垂れて謝罪して。そしたら許してあげる」
「…………分かった」
新井は平田の前に膝をついた。
「朋美の彼氏を奪ってしまい、本当に申し訳――」
新井が平田に頭を下げる。
「もう止めろよ、お前ら」
赤石が新井を止める。
「学校の中で女子生徒の土下座見たくねぇよ」
平田は赤石と新井を見下ろす。
「新井は新井で色々あったんだよ」
「…………」
新井は赤石を見る。
「朋美の彼氏を奪ったことは本当にごめんなさい。でも、そのせいで私も色々あって……裕也君となら楽しい人生が送れる、ってそう思った私が本当に馬鹿だったの。だから、仲良くしてとは言わないけど、許して、欲しい。ごめんなさい、本当に……。私が間違ってました」
「…………」
新井は下唇を噛む。
「何があった、って?」
「…………」
新井は赤石をアイコンタクトをし、新井の身に起こったことをかいつまんで、教えた。
「…………」
平田は弁当のおかずを箸で持ち上げては、落とす。
聞いているのか聞いていないのか、新井は話し続けた。
「……」
新井は事の経緯を話し終える。
「あっそ」
興味なさげに、平田は新井から視線を外した。
「だからって私にしたことが消えるわけじゃないけどね」
「……うん」
新井は床に膝をついたまま、うつむく。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が、教室を支配する。
「もういいだろ、平田。新井も反省してることだし、これからは間違ったことがあれば、お互いに指摘して、改善していけばいいだろ。まだ新井のことは許せないか?」
「……じゃあそうすれば」
平田は食事を再開した。
「ごめんね、朋美。私本当に馬鹿で愚かだった」
新井は立ち上がった。
「何なのお前、教師みたいに偉そうに。仲裁でもして偉くなったつもり? お前なんか何にもなれてないから。男風情が偉そうに。さっさと席着けよ。私のこと見下ろさないでくれる? 早く死ねよ」
「本当に死んだら困るのはお前だからな」
「早く席にお座りなさってください~~! お友達の赤石さん~~!」
平田は口を真横に開き、い~、と赤石に言う。
「最初からそう言えばいいんだよ」
「マジキモい。クソ低能が」
平田が舌打ちをする。
「本当お前みたいなクズ、新井にばっかり甘い顔するよね」
「不登校になってたお前の家に押し掛けたのも俺的にはそこそこ勇気がいる行為だったぞ」
「そ、それはそれ、これはこれ」
「はいはい」
赤石も立ち上がり、席に着いた。
「そんなことしてたの?」
事態を知らない新井が口を挟む。
「平田のことが心配で心配で、誰か平田を支える人が必要だ、と俺の正義の心が燃え上がったんだよ。赤石は政治が分からぬ。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感だったんだよ」
「嘘吐け。教師から派遣されただけでしょ」
平田が赤石に毒づく。
「情に流されやすいのかもね」
新井が補足する。
「頭悪いだけでしょ」
平田が一蹴する。
「なんでお前らは毎回毎回俺にだけ厳しいんだよ」
赤石は平田と新井に責められながら、食事をした。
存在を忘れられていた花波は遅れて五分後に、帰ってきた。




