第375話 元カノとの対面はお好きですか?
「なんで……」
新井は閉められた扉の前でぽつり、と呟いた。
そして赤石の席を見る。
「夏休み明け初日から騒々しいですわね」
「そうだな」
赤石は窓の外を見て、我関せずと視線を逸らしていた。
「はい、皆ちょっと早いけど席着いて~」
ほどなくして、教師がやって来る。
新井は現状を理解することが出来ず、促されるがまま席に座った。
昼休み――
「赤石さん、行きませんこと?」
「ああ」
赤石と花波は席を立った。
「ちょっと」
新井が赤石の下にやって来る。
昼休みにかけて、新井は誰とも喋ることが出来ず、ただ席で一人じっとしていた。
「赤石さん?」
花波が小首をかしげる。
「先に行っててくれ」
「分かりましたわ」
花波が一人、教室を出る。
その後、新井は赤石を連れて、教室を出た。
赤石と新井は人気の少ない裏庭にやって来る。
「ねぇ」
「?」
「何のつもり?」
新井は赤石を睨みつける。
「何のつもり?」
「?」
「何が起こってるわけ?」
「……」
赤石はポケットからスマホを取り出し、新井に手渡した。
「これ……」
赤石のスマホには、学校の裏掲示板が、乗っていた。
「なにこれ……」
新井と山田に関する噂が、流れていた。
「なんで……」
新井は黒い瞳で赤石を見る。
「なんでこんなことするの……」
苦し気に、絞り出すように、言う。
「赤石言ってたじゃん、苦しい人がいたら手を差し伸べる、って! 赤石言ってたじゃん、自分は嘘を吐かない、って! 最低だよ、赤石!」
「いや、別に言ってない」
「こんなところでも嘘吐くんだ……」
幻滅したように、獣でも見るような目で、新井は赤石を見る。
「嘘じゃないし、別に友達ってわけでもないから手も差し伸べないし、そもそも俺じゃない」
「赤石じゃ……ない?」
新井は脱力する。
「じゃあなんで知ってるわけ?」
「近くの生徒が言ってたから調べた」
「こんなこと知ってるの、私と赤石くらいでしょ?」
「当の本人がいるだろ。知らないけど、本人なんじゃないか? 俺は書いてないぞ、こんなこと」
「本人……裕也君のこと?」
「ああ」
新井は裏掲示板に目を通す。
「もういいですか?」
赤石は新井からスマホを取り返した。
「じゃ」
赤石は昇降口へと戻る。
「待って!」
新井が赤石の腕を掴む。
「私は、どうしたらいいの?」
「知らん」
赤石は振り向き、言う。
「あれのせいで私が今こんな目に遭ってるの?」
「言うほどでもないだろ」
「いじめじゃん!」
「いじめではないだろ。離合集散は人間の本能だ。くっつくこともあれば、別れることもある。友達の一人や二人、ちょっと仲違いしたくらいなんだから別に大した問題じゃないだろ」
「大した問題なの!」
新井は赤石の腕を強く握る。
「痛い痛い」
「あ、ごめん」
新井は赤石から手を離した。
「痕ついてる」
「ごめん……」
そういえば体を動かすのが得意なんだったな、と赤石は思い出す。
「じゃあこれからずっと一人でいないといけないわけ?」
「良いだろ、どうせあと半年もすれば卒業なんだから。余計な邪魔が入らなくなって良いだろ」
「無理」
新井はうなる。
「無~理!」
「……」
赤石はぽかん、と口を開ける。
「無理! あと半年も一人ぼっちは無理! 嫌われてる奴って思いながらぼっちで過ごすのとか無理、無理無理無理無理!」
「じゃあ適当なやつに話しかけろよ」
「……」
新井は静かになった。
「じゃあ、ご飯食べてくる」
赤石は昇降口に入った。
新井も赤石の後を追う。
「どこ行くの?」
「ノエルマート」
「学校の中に?」
「なんか薄暗い教室」
「ふ~ん……」
赤石は別棟外れの教室へと行く。
新井は赤石の後を追う。
「ついて来るなよ」
「一人でご飯とか無理」
「一回やってみろよ。気を遣わなくて良いから結構楽だぞ」
「だから無理だっつってんじゃん。いい加減にして」
「俺について来てたら嫌がらせされるぞ」
「もうされてるから」
「平田とかいるぞ」
「……別に喋らなかったらいいし」
「……」
赤石はため息を吐き、そのままいつもの教室へと向かった。
教室の前にたどり着いた赤石は深い呼吸をし、扉を開けた。
「あら、おかえりなさい、赤石さん」
「はい」
「遅ぇんだよ、ブス」
「夏休みが明けても失礼なやつだな、お前は」
赤石は教室の中へと入って行った。
「何を話してたんですか?」
「今後の相撲業界について」
「どうしてですの?」
赤石は窓際の席に座った。
「あと、もう一人いますの?」
花波は扉を指さした。
新井のカバンが、扉からはみ出ていた。
「嫌な予感がするんだけどなぁ」
呼ばれたと勘違いした新井が、教室に入って来た。
赤石、花波、八谷、平田、四人の視線が新井に注がれる。
「お、お待たせ~……」
新井は精一杯の笑顔で、教室に入って来た。
「わ、わぁ~、赤石たちっていっつも昼休みにこんな所でご飯食べてたんだ~」
嘘臭い演技で、新井が教室の中に入って来た。
「あ、赤石、ちょっとぉ~、私を放っておいて悪い子だぞ~、ぷんぷん」
新井が脂汗を流しながら赤石の下へやって来た。
「おい」
平田が一声あげる。
「おい、ブス」
平田が、言う。
「お前何連れてきてんだよ?」
明らかに、赤石を見ていた。
赤石は窓の外を見る。
「あの女子生徒スタイル良いな」
「おいブス、無視するな。殺すぞ」
外を見る赤石に、平田が言う。
「私とそいつの関係、知らないことないでしょ?」
「……いや、勝手について来て」
「そんな野良猫みたいな理論通用しないから」
平田は新井を睨みつける。
「お前、一体どういう顔して私の前に顔出せたわけ?」
明らかに額に青筋を立てながら、平田が言う。
「え~っとぉ、ここは誰かの部屋なんですかぁ?」
「は? 違うから」
「最初にいたのは俺だけどな」
「黙れよブス」
平田が赤石に消しゴムを投げる。
「教室に居場所のない負け組が集まる所だよ、ここは」
赤石が補足する。
「輪を乱す人間は集団から弾かれるものだからな。輪を乱す悪い奴らが集まったバッドマンズサークル」
加えて補足する。
「負け組はお前だけだから」
「お前も居場所ないだろ」
「黙れ」
八谷がくすくすと笑う。
「ほら、笑ってんじゃん」
「お前が笑われてんだよ。プリン頭」
「はい違う~。元プリン頭だし~。今黒髪だし~」
平田は赤石を狙い、消しゴムを放り投げる。
赤石は放り投げられた消しゴムを拾う。
「お前、本当一体どういう顔してこんな所来てるわけ? 私の彼氏奪っといて、私をいじめといて、一体どういう顔してこんな所来てるわけ?」
「教室が……いづらくて」
「だったら便所で飯でも食ってりゃ? 私がホースとかぶっかけてやるけどね。ぎゃはははははは」
平田が新井を指さす。
「こらこら」
赤石が平田を制止する。
「赤石……」
新井が寂しそうな目で赤石を見る。
「早く座って食えよ。昼休みなくなるぞ」
赤石は後ろの席に新井を呼んだ。
「は? なんでお前がそんなこと言ってるわけ? そんな権利あるわけ?」
「誰の教室でもないんだから勝手に座れよ」
「いや、私の許可もないのに勝手に座らないでもらえる? そもそもお前、人から彼氏奪っといて、私をこんな所まで追いやって、結局自分もフラれて居場所なくなってこっち来てるってどういうわけ? 自分がやったこと人にされたら被害者面して泣きついてくる、ってどういうわけ? マジでお前ふざけんなよ。私にあんなことしといて。自分の居場所がなくなったのなんて自分の責任じゃん。は? 意味わかんない。本当うっざ。マジで死ねよこのクズ! 本当キモいから」
平田が新井に罵詈雑言を投げつける。
「ごめんね……」
新井が目を潤ませて、謝る。
「泣いたからって許されると思ってるわけ!? 私がどんな目に遭ったか知らないからそんなこと出来るんだよね! 良いよね、泣いて許されるなら! 私がどんな目に遭ってても関係ないんだからさぁ! 自分の責任で私がどんなひどい目に遭ってても、友達と嗤って見下してりゃいいんだからさぁ! 良い気なもんだよね!」
「ごめんね……」
新井がぐす、と泣く。
「まぁまぁ。もう泣いてるんだからこれくらいにしとけよ」
赤石が新井をかばう。
「は? なんでお前はそいつかばうわけ? 私が悪者なわけ? お前もそっちの味方するんだ! そいつのせいでずっとひどい目に遭ってたのに、泣いたからって私が悪者になって、私が怒られるって訳!? 意味わかんない! マジで意味わかんない!」
平田が下唇を噛んで地団駄を踏む。
「なんで私が怒ったらそいつの味方するわけ!? 泣いたら味方しないといけないわけ!?」
「そうじゃない、って」
「なんでそいつの味方するわけ!? なんで私の気持ち分かってくれないわけ!? 私が今までそいつのせいでどんな……どんな目に……なんでお前はそいつの味方ばっかり……そいつが全部悪いのに……全部そいつが悪いのに、なんで誰も分かってくれないわけ……」
熱が入る。
平田は顔を真っ赤にして、涙ぐんだ。
直後、後ろを向き、走って教室から出た。
「おい、平田!」
平田は教室を出た。
「あぁ~、もう何もかも面倒くさい」
赤石は頭をかいて、立ち上がった。
「あ、ぇ、ぁ……」
新井も立ち上がる。
「お前は飯食っとけ。休みなくなるぞ」
「……う、うん」
赤石は教室を出て、平田を探しに行った。
「おい平田、学校の中で走るな~!」
「赤石さんも走ってますわよ!」
花波も慌てて赤石を追いかける。
「……」
新井は着席して、食事をし始めた。
「……」
「……」
新井と八谷、二人が無言で教室にいた。
「新井さん、久しぶり」
「あ、う、うん……」
久しぶりの八谷との会話に、少し緊張する。
「赤石は優しいね」
「うん、う……う~ん……?」
新井は首をかしげながら、答えた。
八谷の目の熱を訝し気に思いながら、新井は食事を始めた。




