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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第9章 新井由紀:Rising
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第373話 人間はお好きですか?



 数十分後――


「どうしたのよ、二人とも」


 帰ってきた未市が新井を連れて部屋に戻って来た。


「嫌な気分になって……」


 バツの悪そうな顔をして新井が部屋に入って来る。


「赤石君が何をしたのか知らないけど、夏休みももう終わるよ、新井ちゃん? 早く課題しないと」

「なんか、イライラして……」


 未市のなだめもあり、新井は再び座った。


「赤石君も何をしたのか知らないけど、新井ちゃんをあんまりいじめないでよね!」

「何もしてないんですが……」

「女の子は気分が安定しない日もあるの! 赤石君はもうちょっと気遣ってあげて!」

「えぇ……」


 新井は赤石と視線を合わさないまま、夏休みの課題に再度取り掛かった。






 十九時三十分――


「そろそろ帰ってきますね、親が」

「あらら」


 母親が帰って来る時間になったため、赤石は未市に知らせた。


「じゃあ今日はここら辺にして帰ろうか、新井ちゃん」

「はい」


 新井は課題をバッグに詰め、立ち上がった。


「じゃあ赤石君、私たちを送ってくれないかい? もう夜も遅いし、真っ暗になりそうだ」

「いや、先輩が送ってくださいよ」

「女の子二人じゃ、何かあった時に大変でしょ?」

「俺も夜は怖いんで、あんまり一人で出歩きたくないんですけど」

「大丈夫大丈夫。男の子でしょ?」

「雑魚男子が一人増えてもあんまり変わらないと思いますよ」

「男の子が一人いるだけでも牽制になるから。それに私今日電車だから、バイクで送れないんだよね」


 未市がカギを回すジェスチャーをする。


「私の家、駅とは逆……」


 新井はスマホを見ながら、言う。


「返してもらったんだな」

「今関係ないじゃん」


 山田の家に忘れたはずのスマホを見て、赤石が言う。


「今関係ないでしょ」


 新井が不機嫌そうに赤石を睨んだ。


「だから、ね」

「ね、って……」


 未市がわざとらしく赤石にウインクをする。


「まぁそんなにかからないですかね」

「多分、ね」


 未市は赤石のバッグに物を詰め、赤石に押し付ける。


「なんだかなぁ」

「運動するのも勉強になるから」

「ならないでしょ」

「運動と記憶って実は案外相関関係があってだね、朝に運動をする学校の生徒たちは現に、成績が全国平均よりも――」

「あぁ、はいはい。分かりました分かりました。もうウンチクはたくさん」

「うんちくん!?」

「違います」


 赤石は部屋を出た。新井と未市も赤石に続き、部屋を出る。


「よし」


 赤石は自転車を押し、三人は駅へと向かった。


「今日はありがとう、赤石君」

「はあ」

「夏休みが終わるまでの辛抱だからね」

「本当に大学受かるんですかね」

「私の見立てだと、赤石君はもうかなり良い所まで来てるよ。あとは普通のテスト勉強くらいのペースでも受かるんじゃないかな、北秀院」

「だといいですね」


 とりとめもない話をしながら、駅へと行く。


「じゃあ今日はありがとう、赤石君。また明日」


 駅へ着いた未市は、ぴょん、とジャンプした。


「はい」

「新井君も何かあったら赤石君を壁にして逃げても良いからね」

「ありがとうございます」


 新井は未市に一礼をする。

 未市は大きく手を振り、駅の中へと消えていった。


「……」

「……」


 未市を見送り、二人は無言になる。


「じゃ」

「じゃあ」


 新井は自宅へと歩き出し、赤石もまた、自宅へと歩き出した。


「ちょっと」


 新井が赤石の自転車を掴む。


「?」

「送ってくれないわけ?」

「いや、先輩もいないし送ったことにすればいいかな、と」


 新井は眉を顰める。


「本当あんたって最っ低」

「よく言われる」

「先輩に言いつけるから」

「これ聞くの小学生ぶりだな」

「何かあったら赤石のせいだからね」

「キレるなよ」


 赤石は方向転換をし、新井の横についた。


「あっちだから」

「そうか」

「……」

「……」


 新井、赤石は二人並び、無言で歩く。


「ごめん、今日は」

「?」


 新井がぽつり、と呟く。


「家入れてもらってるのに怒っちゃって」

「ああ……」

「……」

「……」


 赤石は何も言わない。


「イライラする日だから、つい……」

「そうですか」

「……」


 話がぷつり、と切れる。


「でも、赤石も常識ないよ」

「知らないことを責められても困る」


 新井は赤石の前かごを片手で掴みながら、歩く。


「毎晩大学生の男に連れられてる奴もそこそこ常識ないと思うけどな」

「話すり替えないで」

「は~い」


 自転車を挟み、赤石たちはゆっくりと歩いている。


「なんで赤石ってそんなに常識ないの?」

「常識とは十八までに身に着けた偏見のコレクションだ、って昔の偉い人も言ってたぞ」

「そんなの関係ないから。絶対知らないのっておかしいよ。何してたの、保健の授業で?」

「いや、だから聞けば思い出すが聞かないと思い出さない、ってだけの話だろ」

「興味ないの、女の子に? 女の子がどういう生活してるのか考えたこともないの? 女の子がどれだけ大変な日を過ごしてるのか考えたこともないの? だから私の裸見ても何も言わなかったんだ」

「ないこともない」

「じゃあなんで知らないの?」

「他人のことなんてどうでもいいから」


 新井が赤石に近づく。

 赤石はつんけんと、新井から視線を外す。


「そんなことないよね? なんで知らないの? なんで考えないの? なんで知ろうともしないの? 結婚した人にもそうやって自分の無知を押し付けて、無理矢理自分に隷属させるつもりなの?」

「結婚するような奴は他人じゃないだろ。起こってもない未来を勝手に妄想して勝手に人を追い詰めようとするなよ。どう生きてきたら隷属されるような結婚生活になるんだよ。戦国時代か、今は。契約結婚じゃあるまいし」

「赤石みたいな男がいるから女の子は皆苦労してる、って言ってるんだよ。赤石みたいな人がいるから、私たちは結婚した後も搾取され続けるんだよ」

「じゃあ結婚するなよ。ずっと一人で生きろ」

「結婚しないと生活も出来ないんだよ!? 赤石はいいよね、男に生まれたんだから」

「そんなことを言われても困る。この人生ってゲームのトランプカードを配ったやつに言ってくれ」

「でも、結婚した後に豹変するケースだってあるでしょ!?」

「結婚したことないから知らない」

「ずるいよ、男って……」

「…………」


 きゅるきゅると、自転車のタイヤが回る音だけがする。

 夏。

 九月が近く、蝉の鳴き声も、聞こえなくなってきた。


「……赤石も、もうちょっと人に思いやりとか持っても良くない?」


 数分の沈黙の後に、新井が地面を見ながら、ぽつり、と言う。


「無理」


 赤石は即答する。


「なんで、なんで赤石ってそうなの!?」

「思いやりを持たれたいなら、まずはお前が思いやりを持つべきだろ」

「私だって、私だって……」


 新井は自転車の前かごをぎゅっと掴む。


「俺はお前に今まで良くしてもらった記憶がない。お前に嫌なことを言われたことは覚えてても、よくしてもらった覚えがない。自分が他人に思いやりを持ってないのに、他人に思いやりを求めるのはずるいだろ」

「私じゃなくたって、誰かに良くされたはずだよ、赤石だって」

「そんなことはない。自分が良くしてなくても、誰かが良くしてるはず。全員そう思ってるんだよ」

「そんなことない」

「そんなことある。俺は誰にもよくされたことがない。よくされた記憶もない。だから俺も誰にもよくしない」

「そんなこと言ってたら、負の連鎖じゃん……! 赤石がちょっとでも人に思いやりを持ったら、その分この社会は良くなるんだよ……!」

「その言葉、全くそのままお前に返すよ。お前がもうちょっとでも俺に思いやりを持ってくれたなら、社会ももうちょっと良くなっただろうな」

「……」


 新井は歯ぎしりをする。


「世界は俺を愛さない。世界は俺を救わない。世界は俺を助けない。俺は誰にも助けられてない。だから俺も、世界を愛さない。愛されないものを愛す必要なんてない。人間はみんな、等しく愚かで醜く、救いようがない。だから俺も、誰のことも愛さないし興味もない。誰のプライベートがどうなろうが関心を持たない」

「自分が愛さないと、愛って返ってこないんだよ」

「与えられるのが鞭じゃなければ、俺もちょっとはそういう考えになれたかもな」

「なんで……なんで赤石はそうなの……」


 新井は地面を向いたまま、呟く。


「愛されないから愛さない。実にシンプルな図式だ。被害を受けることはあっても、愛されたことはない。この世界で起きるプラスマイナスは最終的にはゼロになる、だなんて詭弁だね。そんなシステムが正しく機能してると思えない。俺の人生は今までもずっとマイナスだった。誰かを愛そうなんて気にもならないし、誰がどうなろうと俺には関係ない。興味がないから、お前の言うことも分からない」

「…………」


 新井は無言で歩く。


「他人が嫌いだから、他人の事情を知りたいと思わないし興味もない。だから常識もない。それだけだよ」

「……」


 新井は赤石を可哀想な目で見る。


「悲劇の主人公にでもなったつもりでいるだけだよ、赤石は。誰も赤石のことなんて愛さないよ、そんなのじゃ」

「結構だ。俺の言った通りじゃないか」

「……」


 新井はとぼとぼと歩く。


「赤石には、何を言っても無駄なんだね」

「ああ」

「今ここで私が襲われても、赤石は何もしないんだ」

「出来る限りのことはするが、それは自分の後顧を憂いてのことだ。自分の保身のためにそうするだけ。見捨てたらどう考えてもマイナスだから出来る限りのことをしようとするだけ。三件隣の住人が苦しんでようが、俺は気にしないね」

「最低だよ、赤石は……」

「三件隣の見知らぬ住人を毎日見守ってあげれるなら、お前は本物だよ」

「無理だよ、そんなの」

「……」


 新井の足取りが、重くなる。


「嫌いなの、私のことが?」

「お前が嫌いなんじゃない。人間が嫌いなんだ」

「なんで?」

「なんで? 理由なんてたくさんあるだろ」


 新井は悲しげな目で赤石を見た。


「なんで?」

「人間は嘘を吐くから。人を陥れて自分の良いようにするような人間が嫌いだ」

「人間は命を弄ぶから。命を弄んで、金のために死者を冒涜するような人間が嫌いだ」

「人間は人間を愛さないから。一生の愛を誓っておきながら、数年も経てば毎日のように死を願うようになる。愛せないなら、最初から愛するなんて誓わなければいい。愛し合ったはずなのに、死を願うようになるなんてあんまりだ」

「人間は金のために友愛を捨てるから。数十年来の親友ですら、金のために捨てようとする」

「人間は人を使い捨てるから。友情だなんて薄っぺらい言葉を声高に叫んで、自分の地位と名誉を高めるためだけに友を使い捨てるから」

「人間は正義を騙るから。騙った正義で無関係の誰かを叩いて追い詰めようとするから」

「人間は他者をこき下ろすから。表では友達を気取っておいて、裏で相手をこき下ろし、嗤っているから」

「人間は意志を持たないから。人を殴りながら人に優しくしよう、と平気で言うような人間がまかり通っているから。自分の地位と名誉のために意志と理念すら捨て去るような人間が嫌いだ」

「人間は人を疑わないから。嘘を吐き、高潔な言葉で他者を汚すような人間の言葉ばかり信じ、真実を語る者を排斥するから。本当の悪人が誰かもわからず、薄っぺらい、行動も伴わない正義感ぶった言葉ばかり信用して、人を疑わないから」

「人間は他者の考えを潰そうとするから。自分と意見の合わないことなら徹底的に排斥して、潰して燃やして消し去っても良いと思ってるような傲慢な人間が大嫌いだ」

「人間は被害者ぶるから。自分が得をするためだけに誰かを悪者に仕立て上げて、利益をむさぼろうとするから」

「人間は言葉に責任を持たないから。自分の理念を騙っておいて、金と地位のために平気な顔をして理念を破るから」

「人間は命を尊ばないから。生きとし生ける自分が他の全ての命のおかげで生きていることに感謝せず、踏みつけにしてるから」

「だから、人間が嫌いだ」


 赤石は思いつくままに、新井に語った。


「人間はみんな、等しく愚かで醜い。友愛なんてこの世界には存在しない。金と名誉を友愛と引き換えにして、誓ったはずの愛を壊して相手の死を願って、近くで辛い人がいれば蹴落として、近くで苦しんでいる人の手を取らずにけたけたと笑って、大切な人が苦しめば、自分は苦しみたくない、と離れていく」


 赤石はぎゅっとハンドルを握る。


「愛ってなんだ? 友情ってなんだ? 大切な人が苦しんでる時に、なんでお前たちは離れていくんだ? 手を取って、傍で支えればいいだろ。なんで伸ばされた手を振り払って、離れていくんだ。苦しんでるんだろ? 悲しんでるんだろ? なんで寄り添ってやれないんだよ。大切な人じゃなかったのか?」


 赤石は苦しむように、言う。


「人間はみんなお互いに憎しみあう。愛なんてこの世には存在しない。友情なんてこの世には存在しない。だから俺は、人間が嫌いだ。他人が嫌いだ。興味もない。正義を、友情を、愛を、信念を、理念を、思想を、理想を、目標を、騙る人間が大嫌いだ」

「……」


 新井は赤石の目を見たまま、話を聞く。


「赤石自身は、ちゃんと出来てるつもりなの?」


 ゆっくりと、聞く。


「努めてはいるが全ては出来ていないんだろうな。俺も所詮、人間だから」

「……」


 一度地面に視線を落として、新井は再び赤石の目を見た。


「悲しい」

「……」

「悲しいよ、赤石は」

「……」


 それだけを言い、自転車の前かごから手を離した。


「人って、赤石が思ってるよりも、もっとずっと良い人なんだよ」

「良い環境で育って、良い人に出会ってきたんだな」

「ううん、赤石が他人のことを信じ切れてないだけ」


 新井は赤石の前に立った。


「友達っていうのが何なのか、もっと分かるべきだと思う。分かろうとするべきだと思う。他人を嫌うんじゃなくて、他人を敬うようにしようよ」

「手に持ってる鈍器をおろしてから言ってほしいね。自分勝手な正義感で他者を断罪する、その鈍器を手放してから言ってほしいね。手に残った感触は気持ちいいか? 人を殴るのは楽しいか? 他人が苦しんでいるのを見て満足か? 他人に講釈たれる前に、手を伸ばしてから言ってくれよ。差し出した手をキックして嗤われるくらいなら、俺は自分から落ちていくことを選ぶ。崖の上の誰かを恨みながら、俺は落ちていく」


 新井は赤石に対峙する。


「そんなことないよ、私は。少なくとも私と赤石にはそんなのないはずだよ」

「だといいな」

「赤石が想像するような悪いことなんてならないから」

「同情なんて長くは続かない。人を助けた気になって、気持ち良くなってるだけだ。俺が苦しめば、殺して逃げるだけだ」

「おかしいよ、赤石は。絶対に、おかしい」


 新井は前を向いた。


「うち、ここだから」

「そうか」


 新井は階段を上った。


「今日はありがとう。また明日」

「……ああ」


 きぃ、と古びた音を出して扉が閉まる。


「病気だよ、赤石は。頭おかしいよ」

「……」


 去り際に言った新井の声が、耳に残る。


「……」


 赤石はきこきこと音を鳴らしながら、家へ帰った。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 一気見してしまいました!めちゃくちゃ好きです(´ω`)
[一言] とりあえずこの場は新井が嫌い。それだけだろ。人間嫌いを語るのは結構だけど、須田みたいな例外もいる。新井は例外にならんかっただけじゃね? だって新井自分の正義押し付け過ぎててキショいもん。良…
[一言] 言語化してないだけでこれわかる点あるんだよな..共通の趣味でめちゃくちゃ仲良くなったはずなのに自分がその趣味やらなくなったら一切話さなくなったり、自分から接する環境、理由がないと関わりが消え…
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