第368話 新井由紀:Rising 8
翌日――
「……」
「……」
「……」
「……」
赤石、新井、須田、未市の四人は、北秀院大学の食堂に腰かけていた。
「赤石君、君がついていてこんなことになってしまうなんて、私はがっかりだよ」
未市が左隣に座る赤石に軽蔑の目を向ける。
「別についてなかったんで」
赤石は飄々と答える。
「私はこうならないようにして、と頼んだはずだけれど」
「こうならないように頑張った結果こうなったんですよ」
「はぁ……」
未市はため息を吐いた。
「君のせいで新井君がどれだけ傷ついたと思ってるの?」
「いや、結構早い段階でコンタクト取ってるはずですけど」
赤石はまた左隣に座る新井に水を向ける。
「ごめん、連絡してない……」
赤石が新井に未市のアカウントを教えて以降、新井は自発的に未市に連絡を取っていなかった。
「だとしてもだよ、君は知っていたんだから体を張って止めるなり、私に相談するなり、どうとでもやりようはあったはずだよ? 君のせいで新井君がこんな目に遭ってるんだから」
「いや、結構頑張りましたよ。あれ以上粘着したら俺は牢屋行きでしたよ。捕まらないギリギリくらいの範囲で暴れてたはずですよ」
「それならそうと、私に何か言うなり、なんとでも……」
「止めてください」
新井が赤石と未市のやり取りを止める。
「全部……全部私のせいなんで……」
「……」
未市はため息を吐き、押し黙った。
「赤石君はもっと出来る子だと思ってたのにな……」
未市は悲しそうに呟く。
「すいません、私が、私が赤石を遠ざけたんです。赤石は悪くないんです。私が全部……全部私のせいなんです……」
新井は赤石の返答を待たずして答えた。
「君は被害者なんだ。君が謝る必要なんて、何もないよ」
「だったら赤石は、もっと被害者になると思います。赤石に悪いことなんて何もありません。私に良くしてくれたことはあっても、悪かったことなんてありません。赤石のことを責める前に、まずは私のことを責めてください……」
「違うよ。君は間違ってる。赤石君はいずれこうなることが分かっていて、あえて何もしなかったんだ。君がヒドい目に遭うと分かっていて、それでもあえて、赤石君は何もしなかったんだ」
未市は続ける。
「こういうのをなんていうのか知ってるかい、新井君? 未必の故意、って言うんだよ。赤石君は自分に強く当たって来る君に腹を立てて、君がヒドい目に遭うかもしれないと思いながら……ううん、むしろ君がヒドい目に遭えば良い、と思って君のことを放置してたんだ。君は赤石君に怒る権利がある」
「本当に止めてください」
新井が赤石越しに、未市を睨む。
「こうやって場を設けてくれたことには感謝しています。私のためにここまでしてくれていることにも感謝してます。でも、赤石を悪く言うのは違うと思います。赤石は私に良くしてくれました。赤石に感謝することはあっても、怒ることなんて何もありません。どうして先輩は赤石に感謝できないんですか? どうして私のことを思っているふりをして……私をダシにして赤石を怒るんですか? 私が感謝してるのに、どうして私の意志を無視して赤石を叱り続けるんですか? おかしいですよ、先輩」
「……」
気まずい空気が流れる。
「元々、私が自発的に赤石を遠ざけてたんです。赤石が……嫌いだったから。私が赤石の言うことも聞かずに自分で行動して、赤石を馬鹿にして楽しんで、そして何かあったら全部赤石のせいにするんですか? おかしいですよ、先輩、本当に」
「……」
「一体何が先輩をそうさせるんですか? なんで感謝をしてる私を押しのけて、先輩が赤石を怒ってるんですか? 当事者でもないくせに……あ」
新井が口元を押さえる。
助けてもらっているのにも関わらず、当事者でもないのに、などと自分はなんて愚かなことを口走ってしまったのか、と自責の念に駆られる。
「元々、私も赤石も他人同士なんで、他人に期待するのが、おかしかったんですよ……全部、私の責任です」
新井がきゅっ、と口を結んだ。
「……すまないね、赤石君、新井君。私もかっとなってしまって」
未市が赤石の肩をポン、と叩く。
「いえ……」
新井が視線を落としたまま答える。
「ところでだけど、統貴はどうしてここに?」
新井の左隣に座る須田に、右端の未市が話しかける。
「ボディーガードとして雇われてくれ、って言われて」
須田は赤石と目配せをした。
「何かあった時に俺じゃ対応できないので」
「男の子なんだから、頼むよ」
「一般成人男性くらいの力しかないんで、何かあっても逃げることしか出来ないんですよね。だから、強力な助っ人を用意しました」
須田は力こぶを作る。
「何があったか分かってる?」
「すみませんが、全く」
須田は何も知らないまま、その場に座っていた。
「ごめんね、須田君、私のせいで」
「いやいや」
須田は眼前で手をひらひらとさせる。
「赤石もごめんね、私のせいで……」
「ああ」
赤石はそっぽを向いた。
「先輩も、すみません、私のせいで」
「いや、これは私が事前に調査してたことだから。止められなかった私が悪かったんだよ……」
未市は肩を落とした。
「……はは」
食堂の隅に席を陣取っていた赤石たちの下に、乾いた笑い声を作りながら、男がやって来た。
「なに、これ」
山田裕也その人が、一人その場に、やって来た。
未市たちの空気が、変わる。
「君が、山田君かな」
未市は新井たちの顔色を察し、声音を変えた。
「ま」
未市が立ち上がった。
「え、てか何年? 年下じゃね?」
「一年目だけれど」
「じゃあ敬語使ってくんない? 何、山田君、って? 俺先輩なんだけど。まずはそういう当たり前のところからちゃんとしましょうや」
「……それは失礼しました、山田さん」
未市は再び椅子に腰かけた。
「え、てか何? この大人数? 俺そいつから連絡来たから来ただけなんですけど。たった一人の男に四人も並んじゃって。何? リンチでもする気?」
「リンチではなく、理性的な話し合いをしに来ただけです」
未市は落ち着いた態度で話す。
「いやいや、どう考えてもそいつリンチ要因じゃん。こんな背が高いマッチョ、人殺す時にしかいないでしょ」
「……」
須田は静かに前を向いている。
「私たちがあなたに危害を加えることはありません。私があなたに危害を加えられることを恐れて、こちらはボディーガードを用意したまでです」
「え、何、危害って? 危害くわえられるようなことをした自覚はあるんだ?」
「話を逸らさないでもらっていいですか?」
「話を逸らしてるのはそっちだよね? 危害をくわえられる自覚をしたやつがよくそんなこと言えるね。……ま、別にどうでもいいけど」
山田はおもむろにスマホをいじり始めた。
「で、何?」
スマホを横に持ち、ゲームをし始めた。
ゲームに注意を割きながら話を聞く。
「用件だけ伝えます。この子から手を引いてください」
未市は手を組んだまま、山田にそう言った。
「いやいや、手を引くって……あ」
そこで山田は赤石を見る。
「あ、あぁ~あぁ~あぁ~」
そこで何かを納得したかのように、赤石の顔をじっくりと見た。
「お前、俺らに粘着してたやつじゃん」
ははは、と山田は手を叩いて笑った。
「何、なんでお前そっち側いるわけ? お前はこっち側じゃん」
ははは、と腹から笑い、山田は赤石を涙目で見る。
「あぁ、そういこと」
なんだ、と山田は何かを分かったかのように呟いた。
「そんな女の味方する価値とかある? マジで。ウケる。馬鹿すぎてウケるわ、こいつ」
山田は新井と赤石とを交互に見る。
「お前、自分がそいつに優しくしたから自分になびいたとか思っちゃてるわけ? 自分がそいつを救おう、とか意気込んじゃってるわけ? 自分がそいつを助けようとしたから、自分がそいつを助けるんだ、とか思っちゃってるわけ? だっさ。だっさぁ!」
山田は赤石を見下す。
新井はいたたまれない表情で、ただうつむく。
「俺がそいつ夜に待たせてた時にお前いたよな。女が足りないから適当に都合良い女探してる時に見たわ、そういえば。なになに? そいつのストーカー君だっけ? 好きな女の子を助けるんだ、とか思っちゃってる痛い系の男? 女に手玉に取られてるのにも関わらず、自分が女の子を助けるんだ、とか息巻いちゃってる痛い系の男? 自分が女に操られてることにも気付かずにヒーロー面してる痛い系の男? 本当、真実を知らないって滑稽だよねぇ~」
山田は半笑いで言う。
新井はただただ、うつむいていた。
「由紀ちゃんもそんなのに乗り換えちゃったんだぁ~。あぁ~、残念」
山田はパチパチと拍手する。
「お前が夜にそいつストーカーしてた時、なんて言われてたか知ってる?」
山田は囁くように言った。
「気持ちの悪いクソストーカー野郎って言ってたよ」
あははははははははは、と山田は腹を抱えて笑った。




