第361話 新井由紀:Rising 1
夏の夜――
「「「かんぱ~い!」」」
とある居酒屋の個室に、新井はいた。
そして同じく、山田、安藤、倉田、がそこにいた。
「いや~、日雇いのバイト楽で超最高~」
「最高~!」
いぇ~い、と新井は山田とジョッキを合わせる。
「てか、由紀ちゃんもこの夏で滅茶苦茶バイト慣れしたんじゃね?」
「いや、本当それ。日雇いのバイトマジ神すぎ」
あざます、と新井は両手の平を合わせる。
「それもバイトで買ったんっしょ~?」
山田は新井の耳を触り、ピアスを撫でた。
「ちょ~、本当無理ぃ~」
ゲラゲラと笑いながら、新井は山田の手を退けた。
「バイトとかやって良い訳~?」
「良い訳~~!」
いぇ~い、と新井はジョッキをあおり、空にする。
「服とかも新調しちゃって~」
山田が新井の太ももに手を乗せた。
「裕也君がこれ買え、って言ったんじゃ~ん」
稼いだバイト代で、新井は露出度の高い服を数着購入していた。
はだけた新井の地肌を、山田が優しく撫でる。
「も~、エロい~。キモい~」
新井は笑いながら山田の手を退ける。
「でも裕也君のおかげって言うか~」
「あ~ね」
「日雇いのバイトって結構探したらあるんだね」
「大学って人足りないから簡単な日雇いアルバイトいっぱいあんだなぁ、これが」
新井は山田とともに、大学の掲示板に張り出してある日雇いのバイトをこなしていた。
「棚卸とか超楽じゃなかった?」
「楽っていうか、頭使わなくて良かったから何も考えてなかった」
「人生ってちょろくね?」
「っていうか、日雇いバイトだけで生きていけるって感じ?」
べ、と新井が舌を出す。
「またまた、日雇いのバイト代を一日で使い切るようなカツカツな生活してるくせにさぁ~」
「バレちゃった!」
「「あははははははははは」」
新井がふぅ~、とその場で小躍りする。
「お、俺も俺も」
山田も新井のリズムに合わせて小躍りする。
「あははははははは」
新井は大口を開けて笑い、山田の肩に体を預ける。
「ひぃ~、お腹痛い」
新井は涙を拭い、腹を押さえた。
「由紀ちゃんはまだ高校生だから、大学に入ってからまだ四年あんじゃん」
「こんな生活まだ四年も出来るの最高すぎ」
「俺は上杉!」
「ちょっと~、山田じゃん~!」
お茶らけた山田の肩を叩き、新井は再び大笑いする。
「山だから杉って、本当ウケる」
手を叩きながら、大口を開けて。
「花粉、出しちゃうぞ~~」
山田は頭を振り、花粉を出しているかのように髪を揺らした。
「あははははははははははは、ひぃ~~~~」
息も出来ないほどに、新井が大笑いする。
「はぁ~、本当裕也君ギャグセン高すぎ」
「高杉、上杉!」
「あははははははははははは!」
山田の一挙手一投足を面白がり、新井はひたすら笑った。
母の下を離れてから、新井は家には帰っていなかった。
山田に紹介してもらった日雇いバイトや、見知らぬ大学生との飲み会に参加することで金銭を受け取り、ネットカフェで暮らしていた。
見知らぬ大人から大金をせしめた時にのみ、少し高いホテルに入り浸るという生活を続けていた。
家から出る際にいくらか抜いておいた金を少しずつ消費しながら、新井は家に帰らない日々を過ごしていた。
新井自身がその生活に、慣れて来ていた。
そして、日雇いバイトを行い、毎日のように山田と飲み会を開いていた。
飲み会代は山田が負担するため、こと飲み会の代金にいたっては、新井は一銭も出していない。
「はぁ~……本当お腹痛い」
新井は席を立った。
「え、どこ行くの?」
「ちょっとトイレ」
「お、じゃあ俺もついて行こ」
「も~、駄目だって~」
新井はしなだれかかるようにして山田を押し込め、トイレへと向かった。
「もう高校とか行かなくていいかも」
夏休みの課題など、やっているわけがなかった。
新井は用を足し、席に戻る。
「どうだった?」
「もう~。感想とかありません~!」
「あ~、お姫様が怒っちゃった~」
「お姫様がぷんぷんだぞ~!」
新井は席に戻り、山田たちの下へとダイブした。
「あはははははははははは」
そして自席に戻る。
「お客様、ラストオーダーよろしいでしょうか?」
さんざ飲みつくした山田たちの下に、店員がやって来た。
「あ~、もう終わりか」
山田は腕時計を見た。
「この店終わるの早くない~?」
新井は枝豆を食べながらつまらなさそうな顔で、言う。
「なんか適当に持って来て」
「適当に、と言うと」
「今まで頼んだ奴でもなんでもいいから」
「今まで頼んだものと言いますと……?」
「いや、だから何でもいいって言ってんじゃん」
「……かしこまりました」
店員は厨房へと戻って行った。
「じゃあここ終わったらカラオケでも行かね?」
「賛成~~~!」
「カラオケでも飲みますかぁ~!」
「「賛成~~~!!」
山田たちは頼んだ食事もほどほどに、居酒屋を後にした。
「いぇ~~~い!!」
新井はカラオケで流行りの音楽を歌っていた。
「由紀ちゃん歌上手~!」
「ふぅ~~~~~!」
新井が小躍りをしながら歌う。
山田は新井の歌に合わせて、タンバリンを叩いていた。
「はぁ~……」
「お疲れ様~」
山田が拍手をして新井を迎えた。
「やっぱ歌うたったらストレス解消される~」
「日雇いバイトのストレスがこんなところで解消されてるんだ」
「そそ。バイトも色々種類あるから、しんどいのに当たると本当最悪」
「ほとんど歩いてるだけみたいなバイトもあったよね?」
「あれ最高。神バイトだった~。一回しかなかったからもっとああいうの増やしてほしい~」
「国はああいうバイトを増やすべきだ!」
「本当それ~」
新井は机の上のポテトをつまむ。
「なんかぁ~、社会人とか大人? とかって、もっと大変なんだと思ってたけど、バイトするだけで生きていけるならもう超楽って言うか、むしろ高校の方が大変って言うか~」
「そうよそうよ、実は大人って、結構楽な生活してるんだよ」
山田が親指を立てる。
「バイトするだけで生きていけるなら、もうずっとこれで良くない? っていうか」
「分かる」
山田が頷く。
「うちの高校本当最悪で~、校則とかあるし、宿題とか課題とか面倒くさいし、同級生の男はガキっぽくてキモいし、何て言うか余裕がない? って言うか、女子は女子でハブならないように気を遣わないといけないし、もうなんていうか、何が楽しいの、って言うか」
「あぁ~、俺も分かるわその気持ち。大学来てからもう本当羽伸ばしまくり。高校がいかにつまらないものだったか分かったなぁ」
「だよね~」
安藤が歌を歌う。
山田はポテトを取った。
「由紀ちゃん、あ~ん」
「あ~ん」
山田がポテトをつまみ、新井の口に入れた。
「美味しい~」
新井は目を弓なりにしてポテトを噛み締める。
「もう逆に高校とか行かなくていいんじゃね?」
山田が新井を誘惑する。
「あ~、夏休みの宿題とかやってないし、もう行かなくてもいいかなぁ、とか思ったりしてるかも」
「そろそろ夏休みも終わるころかな?」
「ん~、まぁ、そうかなぁ。どうしよ~、もう高校とか辞めようかな」
「ありよりのあり」
山田が親指を立てる。
「まぁ行かなくてもいいから、ここらの適当な大学に行って、俺らとまだまだ遊ぶってのはどう?」
山田は地元の大学をスマホで調べ始めた。
「そうしようかな~」
ふらふらと体を揺らしながら、新井はへへへ、と笑った。
「由紀ちゃんおねむ?」
「おねみゅ~~~」
新井はカラオケのソファにダイブし、腹をかいた。
「あ、じゃあ俺ん家来ない?」
「裕也君の家~?」
「そうそう」
「あ、言われてみれば行ったことなかったかも~」
山田は腕時計を見た。
「よし、じゃあ俺ん家行くか!」
「行く~~~!」
山田たち四人は、山田の家へと向かった。
山田は新井に肩を貸しながら、夜の街を歩いていた。
「裕也君、夏休みは?」
「あと半月くらいかな?」
「えぇ~、大学生なのにそんなにあるの~?」
「大学生の夏休みって四カ月あるんだよな~」
「せこいせこいせこいせこい~~~~~!」
新井は山田をぽかぽかと叩く。
「っていうか、夏休みじゃなくても週五で休みなんだなぁ~」
「大学生最高すぎない?」
「しかも週二の講義も出るだけで課題とかなし」
「えぇ~、大学生楽しみ~」
「あ、俺適当な大学探しとくから由紀ちゃんも近くの大学来なよ?」
「あと四年間もこんな感じかぁ~。最高~」
「「最高~~~!!」」
山田の家へと到着した。
「わぁ~」
新井は山田の家を捜索する。
「すごい綺麗~」
「だしょ?」
山田は服を脱ぎ、ハンガーにかけた。
「一人暮らし?」
「当たり前っしょ」
「じゃあ飲み直しますか!」
「「賛成~~!!」」
山田たちは家で再び飲み直し始めた。
「ってか、今日飲んでばっかじゃね?」
「こういう日があってもいい!」
新井はキリ、と言う。
山田たちはスマホで動画を見ながら酒を飲んでいた。
「こいつマジウケね?」
「ウケる~~~~~~」
ぎゃははは、と笑いながら配信者を見ていた。
「由紀ちゃんも顔可愛いからこういうのやったらすごいチャンネル登録者増えるんじゃない?」
「えぇ~、私なんて無理だよぉ~。どうせブスだし~」
「いやいや、可愛い可愛い。なぁ、お前ら」
「マジそれ」
「謙遜しすぎ」
「えぇ~、そうかなぁ~」
新井は両手で頬を挟みながら、上目遣いで山田を見た。
「「「可愛い~~~」」」
「えぇ~、全然そんなことないしぃ~。私ブスだし~」
「いや、絶対やった方が良いと思うわ~」
「もう~、ちょっと~」
山田たちはスマホで動画を見ながら、飲み直した。
二時――
「ん~……」
いつの間にか眠ってしまった新井は、ベッドの上で目を覚ました。
「うん~?」
記憶の整理が追い付かない。
今どこで何をしているのか、寝起きの頭で考えがまとまらない。
「何時……?」
新井は手元のスマホを見た。
深夜の二時。
「あれ……?」
新井は布団を被っていた。
「あぁ、起きたんだ」
「裕也君?」
そうだ。
思い出してきた。
居酒屋からカラオケ、そして山田の家に来たんだ、と思い出す。
が。
山田は、下着一枚だった。
「……なんで?」
スマホをいじりながら、山田は歯を磨いていた。
「由紀ちゃんって意外に、処女だったんだね。もう経験済みかと思ってたよ」
「……え?」
山田の言葉が、飲み込めない。
「……え?」
新井の下着が、床に散らばっている。
一糸まとわぬ、下着も何もかも脱ぎ捨てた自分が、そこにいた。




