第360話 早期退職はお好きですか? 5
昼食を食べた後、赤石たちはペットショップに来ていた。
「来ましたわね」
「ああ」
「行きますわよ」
花波がペットショップの扉を開けて、店の中に入る。
「いらっしゃいませ~」
花波はぺこり、とお辞儀をし、ペットたちを見始めた。
「色んなペットがいるんですのね、赤石さん」
「……」
「どの子も可愛いですわね」
「……」
「ペットは要介護者の方とも触れ合うと聞いたことがありますね。やっぱりペットがいることは心の癒しになるのですかね」
「……」
「無視しないでくださいません?」
花波が後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。
「え?」
入り口まで戻ると、赤石は店の前で立ちすくんでいた。
「何をしていますの、赤石さん」
花波がペットショップから出てくる。
「何で来ておりませんの。私一人で喋って変な人になってしまったじゃないですか」
花波がぷんぷんと怒る。
「いや、飼う気がないのに入ったら怒られそうだな、と思ったから」
「何を生娘のようなことを言っておりますの。ここまで来て、こんなところで立ちすくんでるんじゃありませんよ」
「飼う気ないし」
「いいから入ってくださいまし。私の付き添いなのですから。そんなことを言っていてはどこにも入れませんよ?」
「……まぁ、確かに」
赤石は花波とともに再び入場した。
「色んなペットがいますのね」
「犬と猫くらいしか知らなかったけど、結構色々いるんだな」
兎、ハムスター、オカメインコ、犬、猫、様々な種類のペットが、そこにはいた。
「インコ」
「そうですわね」
赤石はインコの前で立ち止まった。
「何か話しかけてみろよ」
赤石は花波を呼んだ。
「話しかけてみろ、と言われましても、会話が出来るわけではありませんよ?」
「アニメとか漫画とかだと普通にインコと会話してるぞ」
「アニメでも漫画でもありませんの」
「良いから話しかけてみろよ」
赤石は花波に前を譲った。
「こんにちは」
「……」
「コンニチハ!」
高い声で返って来る。
「今日は何かペットを探しに来ましたの」
「ソーダ! メロンソーダ!」
「私のお父様の心の癒しになるようなペットを探しておりますの。誰か良い人はいらっしゃいますか?」
「クロコダイル! クロコダイルアリゲーター! ピーチャン! ピーチャン、ネコスキ!」
「何か良いアイデアはありますか?」
「ソーダ。メロンソーダ。メロンソーダモスイカト……ソーダ!」
花波は振り向いた。
「赤石さん、ふざけたことをしていると怒りますわよ」
インコのフリをして高い声を出していた赤石を、花波が睨む。
「インコって言葉真似してくれるから可愛げはありそうだな」
「全く……」
花波は腕を組んで他のペットを見回った。
「犬とかは愛があって可愛いよな。人と犬ってのは原始の時代から共に大事な相棒だったからな。良いパートナーになってくれるんじゃないか」
「可愛いですわね」
猫のゾーンへ赴く。
「猫はシンプルに顔が可愛いよな。何をしても怒れない。いるだけで可愛い」
「赤石さんは猫が好きなんですね?」
「猫が嫌いな人類いないだろ」
「確かに可愛いですわね」
「猫は可愛い」
兎のゾーンへ赴く。
「……」
「言うことはありませんの?」
「可愛いし愛嬌もあるし、基本的にケージの中にいるから育てやすいかもしれないな」
「なるほど……」
ハムスターのゾーンへ赴く。
「ハムスターは可愛いですわね」
「ハムスターってなんでカラカラ回すか知ってるか?」
「カラカラ? 回し車のことですか? 知りませんわね」
「運動不足とかストレスの解消だって」
「知りませんでしたわ」
「カラカラ回した後は、たくさん走ったから違う場所に来たと思ってる、って噂を聞いたことがある」
「なんて愛らしいんですの」
「でも夜に回すからちょっとうるさそうだな」
「ネガティブなことを言わないでくださいまし」
赤石と花波はペットショップの中を一通り見て回った。
雑談を交えながら、数々のペットと花波は顔を合わせた。
「よく分かりましたわ」
「決めたのか?」
「ええ。一度出ましょうか?」
「……?」
赤石と花波はペットショップを出た。
「私決めましたわ」
「はあ」
花波と赤石は駅へと向かっていた。
「保護犬を飼いますわ」
「……そうか」
花波は穏やかな目で赤石を見る。
「もしかして、最初から決めてたのか?」
「ペットを飼おう、と提案されてからはうっすらと」
「それはまた、余計なことをしたな」
「いえ。とんでもないですわ」
花波は近くのベンチに座った。
赤石も花波に続いてベンチに座る。
「これからどうなるかは分かりませんけれども、お父様が良くなってくれればいいですわ」
「……そうだな」
花波はスマホで保護犬を調べ始めた。
「お金とかあるのか? ペットを飼うってなるとそれはそれでお金がかかると思うけど」
「そこまで切羽詰まっているわけではありませんわ。元々暮らしていくには困らない程度にはお金があるはずですの。知らないですけれど。でも、お父様の心が元に戻ることの方を優先するべきことだと思いますわ」
「……そうか」
花波はスマホをしまった。
「今日がありがとうございました、赤石さん」
「いや」
花波が赤石に礼をする。
「おかげで少し方針が固まりましたわ」
「上手くいくと良いな」
「ええ。お母様も見ていられないほど憔悴しておりますの。これで少しでもお母様の負担も減らせれば……」
「ああ」
花波は歩き始めた。
「赤石さんって、結構人情深いんですのね」
赤石を見て、花波はふふ、と笑った。
「人情不愉快で有名だよ、俺は」
「ふふふ」
花波は目を弓なりにして微笑む。
「私がお友達を志願したときはあんなに突っぱねていたのに、情でも湧いたのですか、私に? 随分と態度が変わったものですね」
「……普通だな」
「あらあら、まあまあ。赤石さんは本当に嘘を吐くのが下手くそでいらっしゃいますね」
「あらあら、まあまあじゃないんだよ。お前も人のこと言えないくらい変わってるだろ」
「ふふ。何のことでしょうか」
花波はカバンを後ろ手に持った。
「もっと早く赤石さんと出会っていたら、こういう風にして二人で下校することも増えていたんでしょうか?」
「さあ」
「あと少しで高校が終わるのも、寂しいですわね」
「……そうだな」
花波は上機嫌に鼻歌を歌いながら回っている。
「お前もかなり明るくなったな」
「そうですか?」
花波はきょとん、とする。
「でも、誰であれ、私は誰かに認めて欲しかったのかもしれませんわね」
手首の傷を撫でながら、言う。
「それが赤石さんでなくても、聡助様でも」
「……」
「私は聡助様に執着していましたけれど、私を認めてくれる人はたくさんいるんですのね」
「人を選ばなきゃ」
「重い女、ですかね」
花波は手で銃を作り、赤石をバン、と打つ。
「好きなように生きろ」
「あと半年、よろしくお願いします」
「ああ」
「もし別々の大学になったとしても、定期的に会いましょうね?」
「そうだな」
赤石と花波の一日が、終わった。




