第351話 高校最後の夏祭りはお好きですか? 2
「後輩……?」
暮石、鳥飼、そしてその近くにいる上麦を見て、赤石は言葉を失っていた。
「絶世の美女を見つけたとか?」
「……」
まぁ私可愛いもんねぇ、と未市が片足を跳ねさせ、大仰にポーズを取る。
「あれ」
「ん?」
未市が赤石の視線の先を見る。
「あぁ、上麦ちゃん、鳥飼ちゃん、暮石ちゃん、志藤ちゃんだね。好きなの?」
未市がにやにやとしながら赤石を覗き込む。
「仲良いんですよね、あの四人」
「らしいね」
行列は進まない。
「誰か気になる?」
「上麦が」
「え、珍しい、赤石君が。なんで?」
そして後方から、高梨が出て来た。
「あやや、高梨ちゃんもいるじゃない」
「……」
赤石はより一層顔色を悪くする。
「何かあったの?」
未市は不安そうに赤石を見る。
「……」
そして上麦と高梨は、暮石たちと別れた。
高梨が、上麦に何かを囁いていた。
「仲良しだねぇ」
「そうですね」
上麦たちが進路を変え、こちらにやって来る。
「あ、こっち来たじゃん」
「はい」
五メートルほどまで近づいた時、顔を上げた上麦が赤石に気付き、近づいて来た。
「赤石」
とことこと上麦が走って来る。
「赤石、夏祭り来た?」
「……ああ」
赤石は疑いの目で上麦を見る。
「また死んだ魚みたいな目をして、どうしたの」
後方から髪をかき上げながら、高梨がやって来た。
「ご挨拶だな」
「ご挨拶よ。あなたは返事も出来ないのかしら?」
「奇遇だな」
赤石は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「赤石、あかねいた」
上麦が後方を指さす。
「一緒に遊びに来たのか?」
「ううん」
上麦が首を振る。
「あかね絶交言った。今たまたま会った」
「……そうか」
自分の器の小ささに辟易とする。
赤石は胸の中につっかえていた不安が少し解消され、安堵した。
そして同時に、自分の中に潜む独占欲と嫌悪感に振り回される。
どうして自分はこんなにも他罰的で排斥的なんだろう。
どうして自分はこんなにも愚かで、他者を信じることが出来ないのだろう。
どうして自分は味方と敵を区別したがるんだろう。
祈って、廻って、狂って、裏切って。
どうしたって、愛を、感じたい。
裏切られたくない。
信じたい。
愚かにも。
赤石は自身の中に潜む矮小で薄汚れた感情と、決別することが出来ない。
ああ。
きっと。
この感情がなくなってしまえば。
自分は自分でなくなってしまうのかもしれない。
薄汚れた感情も含めて。
自分は自分を愛してやらないといけないのかもしれない。
例え誰かに、この薄汚れた本心を暴かれ、淘汰され、最終的に棘の道を歩むことになったとしても。
きっと、自分は自分を肯定してしまうんだろう。
上麦は赤石の顔を覗き込む。
「絶交したあかねに止められた。でも白波あかねと一緒に出店回らない」
「……そうか」
上麦の顔を見た赤石は頭を振った。
頭の中のもやを振り払い、上麦の話を聞く。
「あなたは一人で夏祭りなんて来てるのね。可哀想ね」
高梨は赤石の近くを見回す。
「いや、一人じゃない」
「……?」
高梨は目を細めた。
「こんち~」
赤石の背後に隠れていた未市が現れた。
「……誰?」
高梨は眉を顰める。
「嫌だなぁ、高梨君。私のことを忘れたのかい?」
「会ったことなんてないわ」
「新年にあったじゃない」
「信念のない女は嫌いよ」
「自己批判かな?」
「……」
高梨が冷たい目で未市を睨む。
「生徒会長」
赤石が高梨と未市の間に割って入る。
「……そう」
「全く、冷たいなぁ、高梨ちゃんは」
やれやれ、と未市は肩をそびやかした。
「赤石、高梨と仲直りした?」
上麦が赤石を見上げながら言う。
「別に仲違いなんてしてないわ。赤石君が勝手に自滅しただけ」
「高梨、また仲悪くなりそうなこと言わない」
上麦が高梨の口に綿あめを突っ込む。
「赤石、一緒に回る?」
「……」
赤石は未市を見た。
「いや、先輩といるからいい」
「分かった」
上麦は足元を見た。
「赤石、これあげる」
上麦が赤石に焼きそばを渡した。
「仲良し、いいこと。高梨と仲直り、して」
そう言うと上麦は高梨の手を引いてそのままその場を後にした。
「予期せぬ訪問者だったねぇ」
「そうですね」
ようやくにして、りんご飴を買う順番が回って来た。
「一個七百円……」
赤石はりんご飴の値段に震える。
「二個で!」
未市がりんご飴を頼み、赤石は金を払った。
「信じられない値段しますね」
「思ってたよりちょっと高かったね」
未市と赤石はりんご飴を持って開けた場所に来た。
「あ~……」
花火を見るに絶好のポイントは、既に満席になっていた。
「やだ~、花火綺麗に見える所全部レジャーシート敷いてある~」
「人生と同じですね」
「遅きに失するってやつぅ? どうしよ」
「あそこ空いてますよ」
赤石は橋の下を指さした。
「花火見れないじゃん」
「花火の音鳴りだしたら立って見に行けばいいでしょ」
「まぁいっか」
赤石と未市は橋の下へと向かった。
「座りたいんだけど、汚いね」
じめじめと湿気た地面に未市は顔をしかめる。
「後輩、椅子なって」
「いいですよ」
赤石は膝をついた。
「冗談冗談。なんで今日そんなに私の言うこと聞いてくれるの?」
赤石は立ち上がった。
「…………」
赤石は無言でカバンからレジャーシートを出した。
「もしかして私、今日死ぬの?」
未市は小刻みに震えながら赤石を見る。
「いやいや」
「もう一万回くらい私が死ぬのを食い止めようとしたけど出来なくて、諦めて私との一日を楽しんでくれてるみたいなことじゃないよね!?」
「別にタイムリープしてませんから」
「上麦ちゃんを見てビックリしてたのも、今までに見たことない展開だったから!」
「まさかあの伏線は……!? みたいなことないですから」
「死ぬんだ! 私、今日死ぬんだ!」
「ちょっと静かにしてください」
赤石はレジャーシートを敷いた。
「ラッキー」
「情緒不安定すぎる……」
未市はレジャーシートに座った。
「や~ん、座り辛い」
浴衣姿で未市は窮屈に座る。
「びりびりびり、って破れそう」
「そんな馬鹿な」
「いや、笑い事じゃないから。本当にあり得るから」
「どんだけ小っちゃい浴衣着てるんですか」
「お洒落って我慢だから」
「もう三回目ですよ。仏でもキレてますよ」
「モテないよ、こんなちっちゃいことでキレてたら」
「お洒落って我慢ですよね」
「分かりやす~い」
赤石と未市はりんご飴を食べた。
「あ、さっき上麦から貰った焼きそば」
「焼きそばから食べるべきだったね」
「そうですね」
二人は花火が打ちあがるのを待った。
「お待たせ~……」
はぁはぁと息を切らしながら船頭が赤石たちの下へとやって来た。
「こっちこっち~」
未市が立ち上がって船頭を呼ぶ。
「あれ……」
レジャーシートには未市だけが座っていた。
「悠人は?」
船頭はきょろきょろと辺りを見渡す。
「あぁ、今買い出し」
「夏祭りで!?」
暑い暑い、と船頭はパタパタと服をあおぐ。
「来たか」
赤石が後方からやって来た。
「あぁ、うん、おは」
「こんばんは」
赤石はフランクフルトとたこ焼きを持ってやって来た。
「ねね、バーベキューと小籠包は!?」
「よく分からなかったんで買いませんでした」
「も~、買ってよ~! 面白くない~! 冒険心~!」
「帰りに買いましょうか」
「なになに、何の話?」
赤石、船頭、未市はレジャーシートに座った。
「行きしな、そういう出店があって、何の店なんだろうね、って話」
「夏祭り行くなら言ってくれたらよかったのに」
船頭は玉のような汗を拭いながら言う。
「これ」
赤石は船頭にタオルを渡した。
「お、気が利くじゃん。サンキュー」
「今日だけで百回くらい使った奴だけど」
「最悪!」
船頭は汗を拭いた後、赤石に渡した。
「冗談」
「……本当だよね?」
「世の中には知らない方が良いこともある」
「怪しい……」
船頭は眉をひそめながらも、タオルを首元にかけた。
「夏祭り事前に行く、って言ってくれたら私も浴衣着れたのにぃ」
「突然夏祭り行くって言いだしたんだよ、この人が」
赤石が未市を指さす。
「てへぺろ」
「ふる」
赤石は船頭を見た。
船頭はごくごく簡素な服だけで来ていた。
「初期アバターみたいな服だな」
「誰が初期アバターじゃい!」
船頭はその場で一回転してファッションをお披露目する。
「この首元のネックレスが良いアクセントになってですね」
「課金アイテムだろ?」
「誰が課金アイテムじゃい!」
船頭が地団太を踏む。
「悠人はあれでしょ、どうせジャラジャラした鎖つけて、訳わかんない骸骨と読めない英語が書かれた服とか好きなんでしょ?」
船頭は無地の服と無地のパンツ姿の赤石を見て言う。
「俺は無地の服が好きだ。あと、鎖は格好良いだろ」
「いやいやいやいや、あんなの好きな女の子いないからね!? もう見てて恥ずかしいよ。ですよね!?」
「私は結構好きかな」
「…………」
船頭は真顔になる。
「なんか鎖ってエッチじゃない? 拘束道具だし」
「拘束道具ではないですけどね」
ひゅ~、という音のわずか数秒後に、大きな炸裂音がした。
「ハナヴィ!」
「ヴィジュアル系バンドみたい」
未市が立ち上がった。
「船頭ちゃん、私のソーセージいる?」
未市がフランクフルトを持つ。
「あ~んして、一口で食べてね」
未市が船頭にフランクフルトを食べさせようとする。
「も~、嫌なんだけどこの人」
船頭は、未市からフランクフルトを受け取った。
「た~まや~」
花火を見ながら未市が呟く。
「良い夏休みになったね、後輩」
花火に照らされ、未市が笑いかけた。
「先輩、実は夏祭りとか来たことなかったんじゃないですか?」
花火を見ながら、赤石は苦笑した。
「まぁ、大人数で行った時とはまた違う楽しさがあるね、少人数は」
「たまやーー!」
隣で船頭が叫ぶ。
「財布盗られた時のリアクション」
花火は何発も打ちあがる。
「まぁ、私は毎年夏祭りとか来てたけどね」
船頭は髪をかき上げながら自慢げに言う。
「霧島と、か」
「ま、そこらへん」
船頭は赤石から視線を外した。
「また来年も来れると良いね」
「……そうですね」
赤石たちは花火を見た。
「来れたら、良いね。皆で」
船頭はフランクフルトをかじった。




