第350話 高校最後の夏祭りはお好きですか? 1
「後輩、花火行こ~」
八月上旬、赤石家に未市がいた。
「今勉強中です」
「花火花火花火花火花火―!!」
「うるさい」
未市が赤石の背後で暴れる。
「…………」
「……」
「…………」
「突然静かになるのも止めてくださいよ」
未市はベッドの上で制止していた。
「浴衣着てくる」
「いや、行かないですって。落ちたらどうするんですか、俺が」
「スマホ見てる時間削って」
「高校生にスマホなしはきついですよ」
「いいじゃん、友達もいないんだから」
「失礼ですね」
未市は赤石の部屋を出た。
「本当に出た……」
赤石は勉強を再開した。
数時間が経ち、ピンポン、とインターホンが鳴らされる。
「来ちゃった」
赤石が扉を開けると、扉の向こうには未市がいた。
「来ちゃったなのか、着ちゃったなのか分からないですけれど」
「入るね」
未市が赤石の家に上がる。
「夏休みも中盤、夏祭りなんて高校生のメインイベント逃してどうするのよ」
「はあ」
赤石と未市は部屋で対峙する。
「高校生の間に夏祭り行ったことは?」
「……」
少し考えこむ。
「ある……? いや、ない……?」
過去二年間で何があったか思い出せない。
「いや、ありますね。去年も統とすうと行きました」
思い出した。
「あぁ、統貴?」
「はい」
「すう……?」
未市は考え込む。
「会ったことなかった……ですか? ポニーテールの」
「覚えてない……」
「幼馴染ビーですよ」
「幼馴染を記号であらわすんじゃないよ」
赤石は外を見る。
「今年は一緒に行かないのかい?」
「あいつらも勉強してるんでしょ」
そういえば、と思い出す。
二人は今、何をしているだろうか。
「まぁそういうことですよ」
「いやいや、行こうよお祭り」
未市が顔の前でブンブンと手を振る。
「要お姉さん浴衣着て来たのに、行かないつもり?」
「勉強しようと思って」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ! 先っちょだけだから!」
「何の先っちょですか」
未市が赤石を引っ張る。
「まぁ……良いか」
諦めた赤石は用意をし始めた。
「やったー!」
未市が軽く跳ねる。
「二階でジャンプしないでください。底が抜ける」
「そんなにボロいの?」
「あばら家ですから」
赤石は軽く用意をして部屋を出た。
「最近、後輩のフットワークがどんどん軽くなってきてお姉さんはやりやすいよ」
「勉強ばっかりしてるのも嫌なんですよ。言い訳……かもしれないですね」
「お姉さんと一緒に行きたい言い訳か」
「そういうことにもなりますね」
赤石たちは夏祭りへ向かった。
カランコロン、と音を鳴らしながら未市が歩く。
夏祭り会場のすぐ近くまで来た。
「遅っせぇですねぇ~」
赤石が未市の歩幅に合わせて歩く。
「仕方ないじゃん。浴衣なんだから。全力疾走できないよ」
「どうするんですか、異世界からゴブリンとか出て来たら」
「そんなこと起きません」
「人間が想像できることは必ず起こりうるって言いますよ」
「起こりません~。どんだけ異世界転生したいのよ、君は」
未市が赤石をつつく。
「後輩、どう、浴衣?」
未市が両手を広げて赤石に浴衣を見せる。
「高そうですね」
「そうそう、この浴衣六桁もして……って違わい!」
未市が地面を蹴る。
「可愛い?」
「先輩はいつもお美しいですよ」
「ん~~~~、微妙に欲しいのと違う」
ぽ、と言いながら未市が両手で頬を隠す。
「似合ってますよ」
「赤石君も随分とキザなことを言うようになったね」
「そうなんですか?」
「やっぱり一年前と比べて、丸くなったんじゃないかな」
「ちょっと太ったんですよね……」
赤石は腹をさする。
「確かに、食べごろだね」
「そこまでじゃないと思ってるんですけど」
「からからから」
「なんですかその笑い方」
「カラカラしたの履いてるから」
「はあ」
未市はカラカラと鳴らしながら歩く。
「ところで後輩、浴衣の下には下着とか着てないって噂、どう思う?」
未市が胸元をトントンと叩く。
「どうなんですか?」
「……ふ、それはいつか君に彼女が出来たら聞いてみると良いよ」
「イライラしますね」
赤石たちは階上に着いた。
「たーまやーーー!」
「何も打ちあがってないですよ」
十八時――
まだ花火には少し時間があった。
「嫌いなんですよね、人混みも暑いのも。もうべちゃべちゃ」
赤石はタオルで汗を拭く。
「よくこんな暑いのにそんな暑苦しいの着てられますね」
半袖にシンプルなパンツ姿の赤石が未市を見る。
「お洒落って我慢だから」
「びちょびちょなりますよ」
「止めてよ、女の子にそんな可愛くない言葉。盛り下がる」
「川上がる」
「反対言葉止めて」
ノー、と未市は赤石の前に手を突き出した。
「後輩、何か食べに行かない?」
「あぁ、フードコード行きますか」
「ここまで来て!?」
未市は手を出した。
「エスコートして」
「嫌です。手びちょびちょなんで」
「うふふふふ、可愛いなぁ、後輩は。そんなに気にしなくても良いのに」
「いや、先輩の手が」
「……」
未市は頬を膨らませた。
「おらっ!」
未市が赤石の手首を握る。
「うわ、きたな!」
「殺すぞーーーー!!」
「こわ……」
赤石は手首をタオルで拭いた。
「やっぱりびちょびちょじゃないですか」
「お洒落って我慢だから」
「しりとりだったら負けてますよ、先輩」
「人生はしりとりみたいなもんだから」
「適当に会話しないでください」
未市は出店を眺める。
「どれ食べたい?」
「ラーメン」
「そんな物売ってないよ、出店には」
未市は見える範囲で読み上げる。
「串焼き、焼きそば、かき氷、ポテト、小籠包……小籠包!?」
未市が二度見する。
「ミイチクサ、続き」
「誰がミイチクサだよ」
悪態をつきながら。
「焼き鳥、フランクフルト、バーベキュー……バーベキュー!?」
「いちいち止まらないでくださいよ」
「いや、バーベキューって! バーベキューって何よ!?」
「ミイチクサ、続き」
「くっそー!」
未市は続ける。
「たこ焼き、りんご飴、カステラ、骨付き地鶏、焼きトウモロコシ。このくらい」
未市は赤石を見た。
「もちろん奢ってくれるのよね、赤石くん」
未市は赤石に上目遣いする。
「良いですよ」
「良いの!? 私が誘ったのに!?」
未市が目を丸くする。
「そんな五万も十万もするわけじゃないんですから」
「お金持ちなのね。私が奢ろうと思ってたんだけど」
「これを動画にしてネットに上げたらすぐに取り返せますよ」
「君は一体いつから配信者になったのかな」
「実は」
「わ~」
気のない拍手をする。
未市はりんご飴に向かって歩いて行った。
「あれ食べよ?」
「良いですよ」
未市はりんご飴の列に並んだ。
「人多すぎでこれ今何の列かよく分からないんですけど」
「すごい多いね」
「夏祭りって本当に混雑してますね」
赤石はスマホを見た。
スマホに一件の連絡が来ていた。
「……?」
開いてみると、船頭から夏祭りのお誘いだった。
「うわ、ヤバ」
「何?」
未市が赤石のスマホを覗き見る。
「覗き見ないでくださいよ、変態」
「変態だから覗いていい?」
「この文脈ってそんな解釈できるんですか?」
未市が赤石のスマホを覗いた。
「船頭ちゃん?」
「勉強大丈夫だったら夏祭り行かないかって来てました」
「ねぇねぇ、写真撮っちゃお。ツーショット写真撮って送ろ?」
「嫌ですよ、そんな漫画じゃないんですから」
「人生ってそんなエロ漫画みたいなもんだから」
未市は赤石のスマホでツーショット写真を撮った。
「まぁ、撮ったから送るのは勘弁したげる。何か返したら?」
「今先輩といる、って返しときます」
赤石は船頭に連絡を返した。
「じゃあ行く、って」
船頭から返信が来た。
「断りましょうか」
「いや、いいんじゃない。楽しそうだし」
未市は快諾した。
「まあでも、この状況で会えるかどうか微妙なところですけどね」
「そうだねぇ」
りんご飴の列は、中々進まない。
「あいつが来た時のために、どこか開けたところに――」
赤石は人混みの中で、一人の少女を見つけた。
小柄で両手に大量の食べ物を持った、少女を。
そして、
「……」
その近くにいる、暮石と鳥飼を。




