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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第8章 始業式 恋愛大戦編
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第345話 綺麗事はお好きですか?



「女子会に突然参加させられてさぁ、マジで参ったよ」

「え、あ、ぅ」


 八谷は櫻井の話を聞く。

 赤石が昇降口を出て五分が経った。


「そういえば由紀なんだけどさ」


 櫻井が次の話を切り出したとき、


「あの!」


 八谷は切り出した。


「ご、ごめん、今日早く帰らないとだから」

「え、あぁ。じゃあ帰るか」


 櫻井は立ち上がる。


「ごめん、一人で帰りたいから!」

「……え?」


 八谷は上履きを適当にカバンの中に入れ、帰りの支度をした。

 大荷物で動きづらい体を無理矢理動かす。


「ごめん、ばいばい」


 そう言うと八谷は走り出した。


「お、おい、ちょっと待て、って恭子」


 まだ靴を履き替えてもいない櫻井を背後に置く。


「ごめん、急いでるから!」


 八谷は櫻井を突き放し、校門を出た。

 走り、走る。


 赤石の姿は見えない。


「はぁ、はぁ……」


 息を切らしながら、走る。

 駅が視界に入って来た時、赤石の背姿を捉えた。


「あっ、あっ、赤石!」


 走りながら八谷は叫ぶ。

 赤石は、止まらない。


「赤石っ!!」


 肺の空気を絞り出すようにして、叫んだ。

 赤石が振り向く。


「や、やった、赤石、赤石……」


 赤石は歩幅を緩め、前を進む。

 大荷物が邪魔をして、上手く走れない。


「待って、待って、って……」


 八谷は赤石に追いつこうと、走った。

 息を切らし、走った。


「あかいし……」


 声が出ない。

 肺が痛い。

 ぜぇぜぇと、奇異な呼吸が漏れ出る。


 勉強ばかりに集中して運動をしてこなかったツケが回って来たことを実感する。


 赤石は駅の中に入った。


「あか……いし……」


 駅も間近に捉えた。

 電車の時間に合わせたのか、踏切が鳴り始めた。


「あっ……!!」


 適当に入れていた上履きがカバンから落ちる。

 落ちた上履きに足を取られ、八谷は前のめりに転倒した。


「痛ったぃ……」


 散らばった上履きを拾う。

 隙間を塞いでいた上履きが落ちたことで、堰が決壊したかのように、財布やスマホが散らばる。


 痛みは、感じなかった。


「あ、あ、あぁ……」


 八谷はスマホや財布、落ちた諸々を拾う。


 電車が来た。


 プルルルルルルルルル、と電車の発進を告げる合図が鳴る。


『ドアが閉まります。ご注意ください』


「待って、待って……赤石……」


 八谷の願いもむなしく、電車は扉を閉めた。


「乗ります、乗ります!!」


 大声で叫ぶも、電車は待ってくれない。

 ゆっくりと、動き始めた。


「赤石、赤石!!」


 数秒もしないうちに、電車は駅から出発した。


「待って、赤石!!」


 軽快な音を鳴らしながら、電車は消えてく。

 徐々に遠くなる音と裏腹に、心臓ががなり立てる。


「…………」


 魂が抜けたかのように、八谷はその場にドサ、と崩れ落ちた。


「…………」


 駅の中には、もう誰もいなかった。


「……なんで」


 八谷は洟をすする。


「なんでこうなるのよ……」


 がっくりとうなだれ、八谷は道路の真ん中で肩を震わせた。


「なんで……」


 じゃりじゃりと、音がした。

 顔を、上げる。


「……」


 赤石が八谷の横に、立っていた。


「なん……で」

「お前が遅いから帰ってきたんだよ」

「でも、ホームにいなかったのに……」

「いや、駅のホームばっか見てるからだろ。横から出て来てたよ」

「……」


 八谷は口を開け、呆けた。


「早く拾えよ」


 赤石は八谷の持ち物を拾い始めた。


「赤石……」


 八谷は目頭を拭う。


「赤石」


 何度も、呼ぶ。


「なに」

「呼んだだけ」

「あぁ、そう」


 赤石は八谷に持ち物を返した。


「早く拾えよ」

「……うん」


 八谷は立ち上がった。


「痛っ……!」


 今さらに、痛みを感じる。

 転倒したことで、八谷の足は血でぐちゃぐちゃになっていた。


「何やってんだよ、お前」


 赤石は八谷の持ち物を八谷のカバンの中に入れていく。


「道の真ん中だぞ」


 車がやって来た。


「た、立てない……」


 八谷は道路を這いずる。

 赤石は八谷に肩を貸し、道の端に連れて行った。


「……だっこ」

「するわけないだろ」


 赤石は八谷が吹き飛ばした持ち物を拾い集めた。


「他は?」

「お金が……」


 八谷の財布から大量の硬貨がこぼれていた。


「多い」


 赤石は道に散らばった硬貨を拾い集めた。


「なんで俺がこんなことを……」


 道に散らばった荷物を全て拾い終えた赤石が、八谷の下に帰って来る。


「他は?」

「多分、もう大丈夫」


 八谷はカバンの中を確認し、指で丸を作った。


「……痛い」


 八谷は足を見る。

 両足が血で汚れ、顔も擦りむいていた。


「何やってんだよ、お前は」

「……ごめん」


 八谷は赤石の靴を見た。


「公園でも行くか」

「公園?」


 赤石は八谷に肩を貸した。


「歩けるか?」

「ちょっとだけ」


 赤石と八谷は公園へと向かった。

 







 赤石と八谷は公園へとたどり着いた。


「ここ……」

「帰りによく時間を潰すところだな」


 八谷が表情を緩める。


「久しぶり……」

「ああ」


 赤石は八谷をベンチに座らせた。

 大樹から伸びる蔓が、自然の天井を作っている。

 葉の隙間から時々零れ落ちる光が八谷の頬を照らす。

 蔓になっている実が、ベンチの近くにたくさん落ちている。


「ここ、自然多いから好きだわ」

「俺もだよ」


 赤石は八谷を置いて、出口に歩き始めた。


「どこ行くのよ!」

「いや、コンビニ」

「嘘、絶対嘘!」


 八谷が這いずりながら赤石を追いかける。


「おい、座ってろ、って」


 赤石は八谷の下に戻り、八谷を座らせた。


「治療する物を持ってない」

「そう言って私置いて帰る気でしょ! 絶対帰る気よ!」

「帰らないって……」


 赤石は呆れた顔をする。


「私わかるもん! 赤石怒ってるもん! 絶対帰る気よ!」

「分かるもん、じゃないんだよ。いや、早くケガ治さないとだろ? 悪化するぞ」

「もういい。絶対私置いて帰るもん。私このまま帰る」


 八谷は足を庇いながら立ち上がった。


「馬鹿なこと言うなって……」


 はぁ、と赤石はため息を吐いた。


「じゃあこれ」


 赤石はカバンを八谷の傍に置いた。


「これで戻って来るから……。これを担保に行かせてくれ」

「嘘よ。全部置いて帰る気よ」

「そんなわけねぇだろ」

「だって赤石怒ってるもん。怒ってるもん」

「もういいから座っとけって」


 八谷をベンチに座らせた。


「絶対帰る気よ!」

「すーわーれ。言うこと聞かないなら帰る」

「……はい」


 八谷はベンチに大人しく座った。

 赤石は財布とスマホだけ持ち、公園を出てコンビニへと向かった。


 そして数分後、公園へと帰って来る。


「靴に続き、コンビニってのは何でも揃ってるな。異世界に行った奴が皆コンビニに行きたがるわけだ」


 赤石は治療用の道具を一式買って、帰ってきた。


「赤石……」

「手当てするぞ」


 血でぐちゃぐちゃになった八谷の足を、赤石が介抱し始めた。


「痛っ……!」

「暴れるなよ」

「痛いのよ!」


 赤石が八谷の足を治療する。


「……」

「……」


 赤石が、八谷の足を流れる血を拭く。


「赤石……」

「ん」

「赤石、ごめんね」

「…………」


 赤石は足を手当てしたまま、顔を上げない。


「ごめんね、赤石」

「何が」

「だって、だって……」


 八谷は唇を噛む。


「だって、昨日の今日だから……」

「何が」

「さっき、だって……」

「何が」

「……怒ってる?」

「何が」

「……」


 八谷は不安に怯える。


「私が、聡助と一緒にいたから……」

「……」


 赤石は無言を貫く。


「ごめんね、赤石」

「別にお前が誰と喋ってようが、俺が何か言える立場じゃないだろ」

「でも! でも……」


 沈黙。


「私、そういうつもりじゃなくて……」

「……」

「私、赤石を道具にするために告白したんじゃなくて、聡助が好きだったわけでもなくて……」

「……」

「でも、今日聡助に話しかけられて、赤石が来たのに聡助の傍を離れられなくて」

「……」

「ごめんね、赤石、ごめんね」

「……」


 八谷は洟をすする。


「ごめんね、赤石、ごめんね。弱い女でごめんね……」

「……」

「本当はすぐに赤石の所に行くつもりだったのよ。聡助から話しかけられてもすぐに離れるつもりだったのよ。でも、でも……」


 八谷が服で目頭を拭った。


「でも、私が弱いから、そんなこと出来なかった……。これじゃ、聡助が好きだって思われても仕方ないわよね」

「事実、そうだろ」

「違う……本当に違うのに……」


 八谷は目頭を何度も拭う。


「一生好きと言いながら不貞する。正義を謳いながら罪を犯す。女を守ると言いながら暴力を振るう。絶対しないと言いながら我欲のために同じ過ちを繰り返す。お前らの誓いなんて、所詮その程度だよ。人間なんて皆そんなもんだよ。自分の発言に責任を持てない。ただ他人からの評価を上げるためだけに嘘を吐いて、騙して、薄っぺらい言葉を吐くんだよ。お前だってそうだよ。自分の思い通りの展開にするために、思ってもないことを言って、嘘を吐いて、結局やってることは正反対。お前だけじゃない、人間は皆そうだよ」

「違う、違うのに……」


 八谷は鼻をすすり、ぽたぽたと涙を流す。


「皆そうなんだよ。あいつもこいつも、お前もお前らも、彼も私も、紳士も淑女も、みんなみんなみーんな嘘吐きだよ。特に人前に出る人間は、な。他人からの評価を気にするお前らは、な。出来もしない大言壮語で尊敬を集めて、出来もしないことを口に出して、そうやって自分を嘘で固めて、自分の都合の良いように他人を利用する。偽りの自分を演じる。騙してる奴も、騙されてる奴も、どっちも同じだよ。綺麗事で身を固めたような人間は一切信用できない」

「違う……」


 八谷はぷるぷると唇を震わせる。


「それに、どうせ俺が何を言う権利もねぇよ。お前とは何の関係もないんだからな。お前は好きに生きろよ」


 赤石は八谷の右足にガーゼを巻き終え、左足の手当てに取り掛かった。

 

「違う、違うわよ赤石……本当に違うの……」


 八谷はそう言うことしか、出来ない。


「どうせ俺の知らないところで櫻井とよろしくやってんだろ、お前も。嘘で塗り固められたお前の発言も、自分をよく見せるためのただのファッションだろ。お前らの口から出る言葉には心底飽き飽きしてるよ」

「違う!」


 八谷は声を張り上げた。


「昨日の今日でこんななってるやつがよくそこまで自信を持てるもんだな」


 赤石は鼻で笑う。


「それは、私が弱かったから……」


 でも。


「もうしない。本当にしないから。聡助としばらく会わなかったからずっと安心してた。だから、赤石にこんな思いさせて……」

「だから、俺が何を言う権利もない、って。好きに生きろよ」

「違うの」


 八谷は赤石の頭を撫でた。

 赤石は少しの硬直の後、再び手当てを続ける。


「私が好きなのは本当に赤石だけなの。聡助じゃないの。聡助が付き合ったって聞いて、つい混乱して、変なことして、赤石にあんなこと言っちゃったけど、あんな告白しちゃったけど、私が赤石を好きなのは本当なの。本当に、本当だから……」

「……」


 八谷は赤石の頭を、撫で続ける。


「じゃあ、もう、何しても良いよ」

「……」

「私、赤石に何されても許すから。何されても許すから、私に何でもして良いよ」

「……」


 八谷は赤石の手を持った。

 そして、自分の胸に、当てた。


「……犯してもいいよ」


 八谷は赤石の目を見て、そう言った。


「……」


 赤石は八谷の手を持ち、膝の上に置いた。


「そうやって今までも自分を犠牲にして色んなやつをたぶらかしてきたのか」

「なんで……そんなわけない! 赤石にしか言ってないのに……。そんなこと、言われたくないよ……」

「自分を大切に出来ない人間は、他人のことも大切に出来ないよ。いつかその優しさを、他人に向けられない時が来る」

「……」

「体は資本だ。自分を切り売りして他人に認めてもらおうとするような奴は、いつか痛い目に遭う」

「じゃあ……じゃあどうしたら信じてくれるのよ……。どうしたらいいのよ……」


 八谷は震える声で、言う。


「行動で示せ」

「さっきのが私の……私なりの最大限の行動なのよ。あんなこと……言ったことないのに……」

「長い時間をかけて信用を積むことだな」


 赤石は八谷の左足にガーゼを巻いた。


「顔」

「……」


 八谷は顔を上げた。

 八谷は頬をすりむいていた。


「女が顔を傷つけるなよ」

「それ女の子に言っちゃいけないセリフよ」

「俺はそうは思わないね。事実を脇に置いて、おためごかしに耳触りの良いことを上から目線で講釈垂れる人間なんて信用できないね。事実から目を逸らして、大事なものを取り違えて発言をする奴の方がよっぽど悪辣だと思うね。誰でも言えるような言葉で相手を貶めて、意見を奪っているような人間の方がよっぽど害悪だな。何歳になっても輝ける、だなんて綺麗事を言っているような人間を信じるなら、今を頑張れない人間が将来輝けるわけがない、と言っている人間の方がはるかに信用できるね。今を頑張った結果が、輝いてる将来になるんだろ。美しい物を見たのなら美しいと言えばいい。大事なものを見つけたなら、その手で守るといい。今ある価値観から目を逸らして、自分は間違っていない、なんて驕り高ぶってたら成長できないだろ。綺麗事で身を固めた人間は、お前のことを守ってはくれないぞ。自分たちが今できる最大限の力で生き抜くべきだと思うね。大事な物から目を逸らすことを強制して、気付いたときに大事なものがなくなってるようじゃ主客転倒すぎるだろ。他人に嫌われる覚悟を持って、真実を言ってくれる人間の方がよっぽど好感だよ」

「本当……ヒネてる」


 八谷は目をつむり、赤石に手当てしてもらった。


「終わり」


 消毒をし、八谷の顔にガーゼを貼った。


「……ありがと」


 八谷は赤石の腹に顔を当て、腰に手を回した。


「私、赤石のことしか好きじゃないから」

「……そう」

「私、赤石に信用してもらうように頑張る」

「……」


 赤石は治療キットを片付けた。


「帰るぞ」

「……うん」


 赤石と八谷は駅へと向かった。

 日は暮れ、空が赤らんでいる。


「…………」

「…………」


 ガタンゴトン、と赤石たちは電車に揺れる。


「夏休みね」

「ああ」

「……」

「…………」

「……」

「…………」


 八谷は赤石のカバンの端を持ち、赤石の背に、体を預けていた。

 

 夏が、始まる。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 八谷、応援してるぞ〜!
[良い点] 矢継ぎ早に短い文章が連続することで八谷の焦りと電車のドアが閉まる情景が伝わってきた
[一言] マジでここからやぞ八谷。最近赤石周り平穏なんやから頼むぞほんま
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