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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第8章 始業式 恋愛大戦編
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第344話 宣言はお好きですか?



「この角度がシータになった時に、物体エーが滑り出しました。ここで、静止摩擦係数のミューを答えよ、と。これは鉄板の問題だからお前ら間違えるなよ~。絶対にテスト出るからな~」


 夏休みを数日後に控えた放課後、赤石は空き教室で共通テストのための授業を受けていた。

 理系の赤石は物理を選択し、物理の特別授業を受けていた。

 塾に行ったことがない赤石は学校内の特別授業に出ることが多く、夏休みを前にして、にわかにピリついた空気になっていた。


「はい、今日は以上」


 教師の声とともに特別授業が終わる。

 放課後の特別授業は、号令がない。


 てんでんばらばらに、生徒たちが教室を後にした。


「……」


 赤石は暫く教室に残り、全生徒が教室を出た後に、一人教室を出た。

 空き教室を出て、一組に戻る。


「……」

「あ」


 教室には、八谷が一人いた。

 放課後も授業のために残る、という赤石を平田は置いて帰った。


 赤石は机の上に置いておいた教科書類をカバンに詰め、肩にかけた。


「ア……かいし!」


 八谷が赤石に声をかける。

 唐突な発声に、声が裏返る。


「……」


 赤石は八谷を見た。


「赤石は大学行くのよね?」


 声が時々裏返る。

 八谷の緊張が、赤石にも伝播する。


 赤石は真面目な顔でカバンを置き、八谷と相対した。


「ああ」

「北秀院?」

「ああ」

「今も?」

「ああ」


 八谷はカバンをごそごそと漁った。


「あ、こ、これ、良かったら!」


 八谷は赤石にチョコを渡した。


「……何故?」

「受験生は糖分が大事よ!」


 赤石は八谷からチョコを受け取った。


「あと!」


 八谷は再びカバンの中をあさり、一枚の紙を取り出した。


「これ!」


 八谷は赤石の眼前に紙を突き出した。


「……」


 焦点が定まらない赤石は少し後退する。


「模試……?」


 八谷は模試の結果を両手で持ち、ピン、と張った。


「私も北秀院、行くから!」


 第一志望に、北秀院大学の名前が書いてあった。


「そうか」


 そして、判定はE。厳しい結果だった。


「……」


 八谷は紙を持ったまま、そわそわとする。


「良い!?」

「何が?」


 八谷は上目遣いで尋ねる。


「E判定は良い結果じゃない」

「私が北秀院目指しても!」

「……? いいんじゃないか」


 要領を得ない質問に赤石は淡白に答える。


「駄目だ、って言ったら止めるのか?」

「……止める」


 八谷は伏し目がちに答える。


「意志薄弱なやつだな」

「そんなじゃないから」


 赤石もソワソワとしながら、答える。


「私!」


 八谷は立ち上がった。


「私、頑張ってるから!」


 赤石の前で宣言する。


「今まではずっと遊んでばっかりで駄目な私だったけど、今は頑張ってるから! せっ、成績もすごい上がってるのよ! 前のテストは八十位だった!」


 八谷は前回のテスト結果を赤石に見せる。

 赤石は十五位だった。


「すごいな」

「……そうよ!」


 八谷は落ち着きなく体を動かしながら、テスト結果をしまった。


「だから……だから!」


 八谷は耳まで真っ赤にして、息を止める。


「……」

「……」


 沈黙。


「だから、同じ大学に行ったら、仲直り、してほしいの」


 大声で、そう、言った。


「……仲直り?」


 赤石は胡乱な顔をする。


「なっ、仲直り!」


 八谷は立ったまま答える。


「私、赤石に嫌われてるから……!」

「……別に」


 赤石は八谷から視線を外す。


「でも、全部私が悪かったから」

「……別に」


 答えられない。

 息が詰まる。


 重い沈黙が二人を包む。


「だから、この一年私頑張るから。頑張って勉強して、赤石の隣に立てるように努力するから。頑張るから。間違えないから。だから、私のことを認めて欲しい。その後、私と仲直りしてほしい。もう一度赤石とやり直したいの」

「…………」


 八谷の顔が、見れない。

 赤石はカバンの中を意味もなくごそごそと漁りながら、八谷の声を聞く。


「そうか」


 そう言うと赤石はカバンを肩にかけ、教室を出た。


「良い!?」


 八谷が慌ててカバンに荷物を詰め、赤石の後を追う。


「好きにしてくれ」

「仲直りするのね⁉」

「さあ」


 赤石は口元に手を当てる。


「私、この一年頑張るから! 赤石が嫌そうなことしないから! だから! だから! もう一度だけ、私のことを信用してほしいの!」

「……」


 赤石と八谷は二人、階段を降りる。


「待って赤石、速い」


 赤石は小気味良く階段を降りる。

 八谷は赤石のカバンを掴み、赤石を食い止める。


「今から帰るの?」

「ああ」

「私も一緒に帰って良い?」


 赤石はその場に止まり、八谷が追い付くのを待つ。


「お前はいつから人に意見を求めるようになったんだ?」

「……あなたがヒドいからよ」


 赤石と八谷は昇降口までたどり着いた。


「久しぶりに一緒に帰るわね」

「……そうだな」


 赤石と八谷は二人、帰宅した。







 後日――


「……」


 夏休みを翌日に控えた放課後、八谷は昇降口で赤石を待っていた。

 浮足立ちながら、うきうきとしながら、足をパタパタと動かし、八谷は赤石を待つ。

 

「大丈夫かな」


 近くの全身鏡で、八谷は前髪を整えた。

 前髪を整えたのち、昇降口全体が見渡せる場所に腰を据える。


「勉強しよ」


 八谷は数学の公式集を読みながら、赤石を待った。

 電気のついていない暗い昇降口で、八谷はペラペラと参考書をめくる。


「明日から夏休み超悲しい~」

「え~、私もだよ~」

「でも受験とか超バッド」

「分かる~」

「俺ら受験生だから夏休みでもゲームとか止めといた方が良いのかな~」

「やっぱそうだよな~」


 授業を終えた生徒たちが、次々と帰って行く。

 一人、また一人と、夏休みに向けて学校を出る。


「……」


 そして、一時間が経った。

 階段を降りてくる足音が、聞こえる。


「……」


 八谷は期待を胸に、しかしあくまで興味がない風を装って、参考書に没頭しているように見せかける。

 参考書の内容が、何一つ頭に入ってこない。


「……」


 足音は八谷の隣で止まった。

 足元に黒が見える。

 八谷はニヤつく顔を押さえながら、顔を上げた。


「恭子?」


 櫻井が、いた。


「そう……すけ?」


 三年になってすっかり親交を失ってしまった櫻井との、邂逅。

 三年になってから今までほとんど親交のなかった櫻井と、ばったりと、出会う。


「よ、よお」

「う、うん」


 櫻井が八谷の隣に座った。


「元気か、最近?」

「う、うん」


 胸が張り裂けそうになる。

 緊張と不安で、櫻井の声が届かない。


「嫌なこととかなかったか?」

「うん」

「いじめられたりしてないか?」

「うん」


 櫻井の顔が、見れない。


「俺も色々あってさ。三年になってから大変なこと続きだよ。でも恭子は変わってないみたいで安心したなぁ~」


 櫻井は伸びをする。


「……」


 櫻井は八谷に見とれる。


「綺麗……」


 ぼそ、と櫻井が呟いた。


「え?」

「え、あ、お、俺声に出てたか!?」


 櫻井が手で口をふさぐ。


「綺麗って……?」

「いや、別にそうじゃなくて! 恭子の髪が凄い綺麗だったから、ついというか、自分でも口に出してたと思わなくて……」


 櫻井は頬を赤く染める。


「ま、まぁ……可愛くなったんじゃねぇの?」


 櫻井はそっぽを向いたまま、八谷に言う。


「あ、あはは」


 八谷は苦笑する。

 櫻井に向けていた視線とは逆方向から、音がしていた。


「……」


 振り向くと、赤石が既に昇降口に来ていた。

 いつから昇降口に来ていたのか。いつから見ていたのか。いつから見られていたのか。


 赤石と、目が合う。


「ま、まぁ別にそう思ったとかじゃなくて、髪が綺麗になったから相対的に恭子自身の――」

「え、あ、え」


 櫻井への意識と赤石への意識でまぜこぜになり、話が入って来ない。


「でも……やっぱり、なんつ~か、大人の魅力? みたいなのが出て来たみたいなことが言いたかった、ってわけ!」

「え、あ、う、うん、ありがとう」


 赤石は足早に靴を履き、そのまま昇降口から出た。

 赤石の背中がどんどんと、遠くなっていく。


「ネイル? とかも止めてるみたいだし、恭子も色々考えてんだな~。やっぱ俺たちも受験生だからなぁ、止める所と止めないところとか色々出てくるよなぁ。でもそんな中でも自分を変えられる恭子ッて、やっぱ、すごいよ」

「う、うん……」


 赤石が校門を、出た。

 八谷は櫻井の隣で、話していた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 八谷が北秀院受かって、赤石が落ちる展開だったらかなりえぐいなこれ なんなら着々とフラグが立ち始めている
[良い点] 面白い、が…… [気になる点] そろそろ八谷には櫻井切り捨ててほしい。 何回同じミスする気だこいつ…… [一言] 赤石も八谷もかわいそう
[一言] まあ特に約束していたわけじゃないからな。今は押しが弱く自信もない状態で、今話している人を放って駆けていくのもできないタイプだろうし、櫻井じゃなくても変わらなかった気もする というか櫻井多分狙…
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