第341話 京極明日香はお好きですか? 3
「付き合うって何?」
平田がイライラとした声音で京極に尋ねる。
「あぁ、ごめんごめん。そんな長い時間付き合わせるつもりじゃないんだ。ちょ……っと僕の服の替えを買って来てもらえたら、と思って」
「……」
平田が、泥と水でびしょ濡れになった京極の服を見る。
「好きにしたら」
そう言うと平田はぷい、と視線を外した。
「ありがとう」
京極は赤石たちに帯同した。
駅に向けて歩き始める。
「ところで平田さん、平田さんはどうして赤石君と一緒に帰ってるのかな?」
平田は面倒くさそうに京極を見る。
「別に」
「別に?」
「ストーカーされてるから」
「ストーカー⁉」
京極が白い目で赤石を見る。
京極は赤石を背にし、平田を守る形で壁を作った。
「大丈夫だよ、平田さん! 僕に任せてよ! 僕が赤石君を止めておくから、平田さんは今のうちに早く!」
「……?」
平田は片眉を吊り上げる。
「え、いや、そいつじゃなくて」
平田は赤石を指さす。
「話も聞かず人をストーカー呼ばわりとは、ナチュラルに失礼な奴だな」
赤石はしっし、と京極を手で追い払う。
「え、あ、ご、ごめん。ストーカーに悩まされてるって言うからてっきり赤石君が平田さんにストーカーしてるのかと……」
「こんな近距離で迷惑かけられてたら普通に突き飛ばすから」
平田はツン、とした声音で言う。
「え、じゃあどういうこと?」
「何人目か忘れたけど、何人目かの元カレがストーカーになったから今そいつにボディーガードしてもらってるわけ」
「何人目か分からない元カレ……?」
京極は疑問符を浮かべる。
「赤石君も良い所があるんだね」
苦し紛れにそう言った。
「前元カレが襲ってきた時はそいつ逃げようとしたけどな」
平田が恨めしそうに言う。
「カッターナイフ持って危なかった。もう少し俺の身体能力が高ければこいつを犠牲に逃げられたはずだったのに」
「えぇ⁉」
京極が声を上げる。
「ストーカーに襲われそうになってる女の子を置いて逃げようとしたの⁉」
京極が赤石を問い詰める。
「はい」
赤石は自白する。
「なんでそんなことするの⁉ 平田さんにもしものことがあったらどうするつもりだったの⁉ ストーカー君なんだよね⁉ 逆上して平田さんが刺されでもしたらどうするつもりだったの⁉」
「俺が刺される分には良いのかよ」
「赤石君は男の子なんだから、身を挺して女の子を守るべきだよ! 男の子と女の子じゃ、体つきが全然違うんだから! 抵抗すればストーカー君だって少しはひるんだはずだよ!」
「大丈夫。最悪土下座したら許してくれる、って言ってたし、俺がいなくなっても追いつかれた平田が土下座すればなんとか難を逃れれたはずだ」
「ちっ」
平田が赤石を睨む。
「あり得ない……」
京極が青ざめた顔で赤石を見る。
「君は自分が恥ずかしくないのかい?」
「全く」
「平田さんが土下座させられても、自分を恥じることはないの?」
「だって俺関係ないし」
「それでも平田さんの友達なの!?」
「断じて友達ではない」
「えぇ……」
京極が後ずさりをする。
「平田さんからも何とか言ってよ!」
「別に。私もこんなクソブス友達とか思ってないから。は~ウザ。マジ死ねばいいのに」
「お前が死ね」
「お前がな」
「えぇ……」
京極は赤石と平田の歪んだ関係性に理解できない、といった面持ちをする。
「二人はどういう関係なの?」
「……」
「……」
「さぁ?」
平田は肩をそびやかした。
「歪んでるよ、君たち……」
京極は首を振る。
「でも、友達じゃなくても、赤石君はやっぱり平田さんを守るべきなんじゃないかな」
「嫌だ」
「自分のせいで平田さんが傷を負っても?」
「……」
嫌な質問だな、と赤石は京極に言い放つ。
「所詮人間関係なんて個人の損得勘定で成り立ってるもんだろ」
「そんなことないよ! 僕だってさっきの女の子は何も知らなかったけど、何の損得勘定に基づいて財布を取ったわけでもないよ」
「い~や、損得勘定だね。じゃあお前は高校を卒業して全ての同級生と全く同じ回数会うのか?」
「それは違うよ、赤石君。自分と気が合う子とたくさん会うのは普通じゃないか」
「それこそ損得勘定だね。自分が一緒にいて楽しいと思う、つまり自分の得になっている人間との交友関係しか維持してないんだから、立派な損得勘定だよ。人間同士の交流を損得勘定だと言えない人間は信用できないな」
赤石は人差し指でバツを作る。
「あ~あ、可哀想に。京極と一緒に楽しく遊びたい同級生を何十人も放っておいて、自分が楽しいと思わない人としか交友関係を維持しないなんて、京極はなんて自分勝手な人間なんだ~。あ~あ、俺も京極と一緒にたくさん楽しみたかったのにな~。高校を卒業したら自分が嫌いな人間はポイ、か。損得勘定で交友関係を選んでる奴は本当にヒドいな~」
赤石は大仰に、演技がかった声で言う。
「君は……」
京極が虫を見る目で赤石を見る。
「なんでそんなに、嫌なことしか言えないの?」
本当に悲しい、といった感情を瞳に宿して。
「お前が平田を守れとか言うからだろ」
「おかしくないよ。仲良しなら守ってあげなよ。男の子なら守ってあげなよ。そっちの方が、ずっと綺麗で美しいよ」
「だから仲良しじゃないんだ、って。そこまで言うならお前が平田を守ってやれよ」
赤石はパン、と手を叩き、三歩後ろに下がった。
「やっぱり男は女の三歩後ろを歩く方が素敵だよな」
赤石は常日頃から最後尾を歩くようにしていた。
集団の中では、常に最後方にいるようにしていた。
「……」
不承不承、といった風体で京極が前を歩く。
「彼はいつもこんななの?」
「いつも後ろの方いるけど。友達いないんでしょ。いじめられてるし」
「お前もな」
赤石が後方からヤジを飛ばす。
京極は苦笑する。
「平田さんはいつも彼と帰ってるの?」
「その彼って言うの止めてくんない?」
平田が舌打ちする。
「何か気持ち悪いからさ。彼じゃないから、あいつ。ゴミとかクズとか適当なこと言ってくんない?」
「駄目だよ、そんなこと僕は言えないよ」
「なんで私の言うこと聞いてくれないわけ? あんたもあいつ嫌いなんでしょ? じゃあいいじゃん」
「嫌いだからって、人を貶めて良い理由にはならないよ」
「なんで反論するわけ?」
「いや、反論してるわけじゃなくて……」
「私が悪いって言いたいわけ?」
「いや、そうじゃなくて……」
京極はちら、と後方を見る。
赤石は京極と平田のやり取りを見ていた。
「君も何とか言ってよ」
「……」
赤石は喋らずに、どうぞ、と京極に先を促す。
京極は苦笑しながらも、額に青筋を立てる。
「平田さんって何が好きなの?」
「男」
「あ、あはは……」
京極は苦笑いをする。
「ど、どこら辺が?」
「浅ましいところ。あいつらといると自分が上に立った気がするんだよね。男と付き合ったことある? マジキモいよあいつら。あいつらと一緒にいると、相対的に自分が上に立った気がするんだよね。恋人募集中です、とかネットで呟いたことある? あの時、非モテ男どもがウジみたいに湧いて来てさ、本当みっともなかった。安心するんだよね、自分より下がこんなにいたんだ、って。マジキモいよ。それに、いたらいたでいっぱい貢いでくれるし。貢がせといて、飽きたら捨てたら良いだけだから」
平田は饒舌に話し始める。
「駄目だよ平田さん、自分の体を大事にしなきゃ」
平田の言葉を途中で遮る。
「え、なんで? てか、お前付き合ったことないの?」
「それは……」
京極が顔を赤くする。
「だっさ~。それで自分の体がとか言ってるわけ? ちょっとは自分で経験したことから他人にアドバイスしたら? いるんだよね、こういう男。自分が経験したわけでもないのに、私にマウント取りたいからってペラペラペラペラ、ネットで聞きかじったような豆知識披露してくる奴。本当嫌になる。なに聞いてもないのにマメ知識とか披露しちゃってるわけ? そんなに私に尊敬されたいわけ? いや、本当気持ち悪いんだよね、あいつら見てたら。あぁ、所詮男か、って思っちゃうよね。昔の武勇伝だとか、俺はこんなにすごかったんだ、だとか、いや、聞いてないから。なに得意げに喋っちゃってるわけ? お前あいつらと本当似てるわ。自分で出来もしないことを相手に押し付けて、自分が相手より偉いみたいな態度取って、なんか嫌われる要素満載だよね。そういう所、自分で自覚したことないんだろね」
平田は京極をせせら笑う。
「自分では何の経験もないのに上から目線で人にアドバイスばっかして、本当ウザいよ、そういうの。勝手な自分の良心で他人にアドバイスするの止めてくんない?」
平田はふ、と京極を鼻で笑った。
「やっぱあいつらも自分が見えてないんだよね。自分が見えてないから自分がどれだけみっともないことしてるのかも――」
「…………」
京極は急に立ち止まる。
そして、
「…………っ」
ポロポロとその場で涙を流し始めた。
「嘘……」
平田は京極の異様に後ずさりをした。
「なんでそんなにヒドいことばっかり言うの……?」
京極は大粒の涙を流した。




