第340話 京極明日香はお好きですか? 2
放課後――
「どうしよう……」
校門の前で複数人の女子生徒が集まっていた。
「どうしたのかな……?」
スクールバッグを肩にかけて下校しようとしていた京極が、女子生徒の集まりにやって来た。
「一年生?」
「は、はい」
リボンの色から、女子生徒たちが何年生かを察する。
「何があったの?」
「ちょっと財布落としちゃって……」
見れば、校門近くを流れる川に財布が落ちていた。
運良く水中には落下せず、盛り上がった土の上に財布が落ちていた。
「ふむ……」
京極は少し考えた。
「もう良くない?」
集団の先頭にいた女子生徒がそう声をかける。
「別に財布なんかどうでもいいじゃん? お金もそんなに入ってないんでしょ? 取る方法もないんだから、新しい財布買ったら良くない?」
女子生徒は若干の苛立ちを内包した声でそう言う。
「…………」
財布を落とした当人は顔を伏せ、うん、と小さく呟く。
「てか、家帰ってから何か取れるようなの持って来てもう一回帰ってきたら良いじゃん? ねぇ、早く帰ろ」
女子生徒が急かす。
京極が女子生徒に歩み寄った。
「でも見てないうちに財布が水の中に入ったりしたら、なくなっちゃうかもしれないよ?」
「そんなこと言ってもどうしようもないし……」
女子生徒はまごつく。
「よし、じゃあ僕が取りに行ってあげるよ」
京極は女子生徒たちに、はにかんだ。
「ちょっと持っててくれるかな?」
「え、あ……」
カバンを女子生徒に預け、京極は袖をまくった。
「よっし!」
「あ!」
京極は高く跳躍し、川辺のガードレールを乗り越えた。
ばしゃん、という音とともに川の中に着水する。
「取れたよ~」
「え、あ、その」
京極は女子生徒に財布を渡した。
女子生徒はガードレールの下から、財布を受け取った。
「さて、どうしよう」
降りたまでは良かったが、上がれない。
思ったよりも深い川だったな、と京極は思案する。
「あ」
「……」
ちょうどその時、赤石と平田が校門を出た。
「お~い」
京極が赤石たちに手を振る。
「……」
赤石は京極を瞥見し、何をすることもなくその場を後にした。
「お~い、赤石君!」
京極は再び赤石の名を呼ぶ。
「……」
バツの悪そうな顔をして赤石は戻って来た。
赤石と共に平田も戻って来る。
「ヒドいじゃないか、無視をするなんて」
「名前を呼んでないんだから分からないだろ」
「分からなくても、こんな変な状況に陥ってるんだからちょっとは興味を示すじゃないか、普通は」
「残念ながら俺に野次馬根性はない。数メートル先で超人気女優がドラマを撮影してようと、俺は帰ってたね」
「本当にスレてるね、君は……」
「皆がやってることと同じようなことやるなんてダサいだろ。そもそも、どうせ近寄ったら来るなとか何しに来たの、とか言ってんだろ。誰が行くか。」
「言わないよ、そんなこと」
京極は素っ頓狂な顔をする。
「ところで、手を貸してくれないかな?」
京極は赤石に手を差し出した。
「どういう状況?」
「そこの子たちの財布が落ちたみたいだから取りに、ね」
「じゃあそこの子たちに助けを求めれば良いのでは?」
「女の子の力じゃ僕を持ち上げるのはちょっと難しいと思ってね」
「俺も女の子くらいの力しかないぞ」
「ははは」
京極は一笑に付す。
「一人が引っ張って、その一人を誰かが引っ張って、その一人をさらに誰かが引っ張って行けば、なんとかなるんじゃないか? きっとそのうち犬とか猫とかも協力してくれるぞ」
「道路にはみ出て危ないでしょ? 良いから早く引っ張っておくれよ」
「分かったよ」
赤石は一応手を差し出す。京極は赤石の手を掴んだ。
「引っ張る分には良いが、落ちたら危ないぞ。手が滑って頭から落ちようものなら目も当てられない。あと、俺が罪に問われる。それに、ここの壁も湿ってるから滑って危ないぞ。頭から落ちなくても、顔に傷がつく可能性がある。諦めろ」
「そうは言っても、僕も上がらないといけないからね……」
京極は体重をかけようとする。
「あっちの方に階段があるから、あっちから出たらどうだ?」
「え?」
京極は左右を見渡した。
左右には何も見当たらない。
「本当かい?」
「さっき水の精霊が呟いてた」
「勇者か何かかい?」
京極は女子生徒たちに視線を合わせた。
「あっちに階段があるみたいだから、あっちから出るよ」
水でずぶ濡れになり、泥だらけになった京極は女子生徒たちに、にこ、と微笑んだ。
「君たちは逆方向に帰るんだよね? 気を付けてね。あっ、あとカバンをそこの人に渡しといてくれるかな?」
京極はそう言うと、階段のある方へ歩き出した。
「あ、あの、ありがとうございます!!」
財布を拾ってもらった女子生徒は深く頭を下げた。
京極は振り返らずに、手をひらひらと振った。
「ねぇ、早く帰りたいんだけど」
「俺も早く帰りたいよ」
赤石と平田は川の中にいる京極を見下ろしながら、歩道を歩いていた。
京極はじゃぶじゃぶと水を切りながら、ゆっくりと歩く。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
京極は赤石に手を合わせ謝る。
「てか、誰?」
平田が京極を見下ろしながら言う。
「年末だけ会う、よく喋る親戚のおじさん」
「そこはせめてお姉さんにしてよ」
おいおい、と京極は突っ込みを入れる。
「というか、前喋ってただろ」
「……知らね」
平田は興味を失ったように、京極から視線を外した。
「それにしても赤石君、出口があるなら最初から教えてくれても良かったのに」
京極は頬を膨らます。
「危機的状況に陥った時に、追い込まれた人間が一体どういう行動を取るのか観察したかった」
「君は一体僕のことを何だと思ってるんだい?」
京極は苦笑する。
「でも、結構歩いてるけど出口なんて見えないよ?」
「…………」
赤石は黙り込む。
「……」
「赤石君?」
「多分あるはず」
「あとどれくらい先かな?」
「県境くらいまで行けば多分ある」
「一体どこまで僕を歩かせるつもりだい?」
京極は眉を顰める。
「あのヘアピンカーブを曲がれば先にあるはず」
「こんな川辺にヘアピンカーブなんてあっても困るんだけれど」
なだらかに曲がる箇所は、あった。
「ちなみにお前からは見えてないと思うが、俺からは見えてる」
「見えてるなら早く言ってよ!」
「高い場所にいる人間は低い場所にいる人間より多くの物が見えるんだな。現代の風刺として残しておきたい一場面だ」
「僕を風刺の対象にしないでおくれよ」
「もうすぐそこに階段があるのが地上の人間からは見えてるのに、川辺の人間は肩を落として引き返してるみたいな」
「本格的に風刺画を考えなくても良いよ!」
なだらかな曲がり角を曲がると、京極の目にも階段が見えた。
「本当にあったね」
「ない方がエンタメ性があって良かった」
「なかったらそこそこ恨んでたよ?」
「怖い」
京極はあはは、と笑う。
「足元石だらけだから滑らないように気をつけろよ」
「今まで何もなかったんだから大丈夫だよ」
「大丈夫だと思ったあたりが一番気を抜いて危ない、って昔の偉い人が言ってたぞ。ヒルとか出たら足出てるから吸われるぞ」
「へ~。そんなことよく知ってるね」
「教養があるんだろうな」
「地味に自分が高い位置にいることを強調しなくて良いよ」
京極は階段を上がった。
京極は泥と水にまみれた状態で地上に上がって来た。
「ありがとう、赤石君、平田さん。おかげで何とかなったよ」
京極は赤石からカバンを受け取った。
「ずぶ濡れだな」
「水に入ってたからね」
「おい平田、体操服貸してやれ」
「はぁ? なんで私が自分の体操服貸さないといけないわけ? あんたも持ってるんだからあんたの貸せばいいじゃん」
「サイズ合わないだろ。そもそも、こんなところで体操服貸しても着替える場所がないだろ」
「一体どういう話の展開?」
平田は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「赤石君たちは電車?」
京極は通学路を聞いた。
「まあ」
「ん~」
京極は少し考える。
「もし良かったらだけど、もうちょっと付き合ってくれないかな?」
「……」
赤石は平田を見た。




